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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十三章 軍神対決編
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第三百六十話  バーベキュー

結局メイは、控室でしばらく休むことになった。こちらに転移してきてからほぼ48時間、休みなく働いていたのだ。しかも、食事もとらなければ、水も飲んでいないのだと言う。誰もがメイに休息をとるように勧めたのだが、彼女は大丈夫ですの一言で、頑として休もうとはしなかったのだそうだ。メイを控室に案内する際は、ポーセハイたちから礼を言われたほどだ。


俺としては、メイには帝都の屋敷に帰ってゆっくりと休んで欲しかった。きっと、リコや子供たちも心配しているはずなのだ。だが、彼女は自分だけ家に帰るわけはいかないと言って、この戦場で休むことを譲らなかった。結局、他のスタッフが休んでいる控室であればということで、彼女をそこに連れて行った。そこは、単にベッドが置いてあるだけの場所で、テントの端には地面の上に毛布が敷かれていて、どうやらそこで休息をしている者もいるようだった。メイは最初、そこに座ろうとしたので、慌ててベッドで横になるように勧め、ほぼ無理やりにそこに寝かせた。そして、水分を補給すること、食事を摂ること、最低数時間は寝ることを厳しく言い渡した。そして、その見張りにはローニを充てた。彼女には、この戦いが片付いたら、屋敷で腹いっぱい飯を食わせてやるという条件を付けたところ、無表情で頷いていた。彼女の耳がピンと伸びたので、喜んでいると解釈することにした。


そして俺は再び本陣に戻り、夕方の食事の準備を始めるのだった。



「……ありがとう。助かったよ」


俺の労いの言葉と、伝令が本陣に入ってくるのがほぼ同時だった。俺の言葉に促されるような形で、兵士たちが本陣を後にする。伝令の兵士は一体何をやっているのかと訝しそうにしていたが、やがて、皆さまが自陣を出られてこちらに向かっていると報告してくれた。俺は彼に礼を言って下がらせる。


「さてと……準備は万端だな」


俺は満足そうに頷いた。


しばらくすると、カリエス将軍がやってきた。その後ろには、精悍な顔つきをした男が控えていて、俺を鋭い目で睨んでいた。


「紹介しよう。我が軍の軍団長を勤めているアーモンドだ」


「アーモンド・ジャリクスです。以後お見知りおきを」


彼は俺から一切視線を外さぬまま、スッと腰を折った。


「バーサーム・ダーケ・リノスです。初めまして」


「……アガルタ王とお会いしたのは、初めてではございません」


「え? あ、そうでしたか。それは失礼しました。あの……どちらでお会いしましたか?」


「イルベジ川で、帝国軍と我が軍がにらみ合っているときに……。確か、冒険者風の衣服を着て、白い馬に乗っておられたと記憶しています」


「ああ……あのとき。もしかして、決死隊……殿を勤めておいでだった……?」


「左様です」


「確かに、お見掛けしましたね」


「アーモンド」


カリエス将軍が呆れたような表情を浮かべている。


「お前の場合は、ただお見かけしただけだ。こうして顔を突き合わせてお会いするのは初めてだろう? アガルタ王様、ご無礼の段、お許しください」


「いいえ。俺のことを覚えていてくれて、嬉しいです」


アーモンドはぶ然とした表情を浮かべていたが、俺が差し出した手を、彼は力強く握った。


「お待たせした」


俺とアーモンドが握手をしていると、サンダンジ国のニケ王がやってきた。彼も男性を一人、連れてきていた。彼は確か、ニケの息子だ。


「やあ、君は……」


声をかけた俺に、ニケの息子は紋切り型の挨拶を述べる。それに苦笑いをしながらニケは俺とカリエスに挨拶をする。


「皆さん、どなたかをお連れになっていますね」


俺が何の気なしに話したことだが、彼らはそれが意外だったらしい。カリエスがキョトンとした表情をしている。


「軍議を開くとありましたから……。己が信頼する副官を伴って参加するものと思っておりましたが……。もしかすると、内密の相談でしたか?」


そんなことを言いながら、カリエスはニケと顔を見合わせている。あとで聞くと、一人で参加した場合、作戦内容に解釈の違いが出る可能性がある。それを避けるために、他国と共同戦線を張る場合は、最低でも二名以上で軍議に参加することが通例なのだそうだ。一つ、勉強になった。


そんなことをしているうちに、ヴィエイユがやってきた。彼女は誰も伴わず、一人だった。そのことを聞くと、いつものように満面の笑みを浮かべた。


「お気遣いありがとうございます。全く問題ございません」


俺はその言葉に苦笑しながら人を呼び、クノゲンを呼んでくれと命じた。アガルタ軍をざっと見廻した中で、最も軍事的なことに精通しているのはラファイエンスだが、彼は今のところ死んだことになっていて、すでにその身はアガルタに転移させていた。となれば、その次ということになると、それはクノゲンを置いて他にはなかった。彼ならば、俺のことを上手にフォローしてくれるだろうという思惑もあって、俺は彼を呼んだのだ。


「ではまず先に、食事の準備をしましょうか」


「準備?」


ニケの息子が思わず声を上げる。俺は彼に視線を向けながら笑顔で声をかける。


「そうだ。今日は皆でバーベキューでもやろうと思いましてね。バーベキューって……ご存じないですか? 各々で食材を焼くのです。あちらに炭を入れたバーベキュー台を準備しました。肉と野菜はこちらに用意しています。好きなものを、好きなだけご自分で焼いて下さい。焼き加減もお任せします。調味料は塩と醤油があります。これもお好みでどうぞ」


このために俺は、無限収納に納めている肉と野菜を取り出し、食べやすい大きさにカットしたのだ。野菜は問題なかったが、肉を切ると俺の持っているナイフはすぐにボロボロになってしまった。そのために、ホーリーソードで肉を切ったが、こいつは全く刃こぼれしなかった。さすがはメイの作った逸品だけある。あ、ちなみに、この剣で肉を切ったのは、内緒にしていて欲しい。


初めてのバーベキューということで、皆戸惑っている。俺がまず手本を見せて肉と野菜を焼く。そして、食べごろを見計らって皿に取り、塩をかけて食べる。……美味い。肉がいいのか、炭で焼いているのがいいのか。ともあれ、なかなかのお味だ。


「面白そうですね」


そう言ってヴィエイユが肉を焼き始める。彼女の様子を見ながら、カリエスやニケたちも肉や野菜を焼き始めた。その様子を見ながら俺は酒を出していく。


そのとき、クノゲンがやってきた。何と後ろにルファナ王女を伴っていた。意外にこの二人は、いい仲なのか?


「遅くなりました。ルファナ様がおいでですが……構いませんか? リノス様に命じられたと言って、ずっと私に付いて来るのです」


クノゲンは辟易とした表情を浮かべながら、王女に視線を向ける。


「アガルタ王様が、クノゲン殿に付けと言われたのです。ですから……」


彼女も渋々ながらという表情を浮かべている。俺は二人に入るように促し、カリエスたちに目で二人を参加させたいと訴えた。ニケもカリエスも問題ないと小さく頷き、ニケの息子のシンは俺とは目を合わせなかった。対照的にヴィエイユはニコリと笑みを浮かべ、俺の許に近づいてきた。


「全く問題ございませんわ。人数が多い方が、よい作戦が思いつきやすいかと存じます」


そう言って彼女は二人を招き入れた。そして、小さな声で呟く。


「あの女性かた、なかなか強かですね。この大戦の軍議に出るという価値を知っておいでなのです」


「そうかな?」


そう言って俺は、淡々と酒の準備を始めた。


「さて、肉も焼けました。野菜も焼けました。取りあえず皆で乾杯しましょうか。その後で、軍議を行いましょうか」


俺の声に、皆がグラスを取る。その中で、何とも言えない表情を浮かべている男がいた。ニケの息子だ。彼からは、無理やりこの軍議に参加させられた感がありありと感じ取られる。


「まあ、なぜこんなことをと思われるかもしれませんが、皆で難しい顔を突き合わせて議論するのもいいですが、今回の戦いはかなり大変なものになると思います。きっと、これまでの作戦では通用しないでしょう。そこで、皆で酒を飲み、食事を摂りながら、ちょっと肩の力を抜いて議論してみてはどうかと思った次第です。ダメな場合はまた考えますが、一度、この方法を試してみましょう。何かいい案が出れば、儲けものです」


俺の言葉を聞きながら、皆、頷いている。何故かクノゲンは半笑いだ。ニケの息子は……あきらめたように、俺に向き直った。どうやら彼も、この場に参加することを決めたようだ。


「では、まずは、我々の出会いに、乾杯!」


こうして、軍議を兼ねたバーベキュー大会は幕を開けた。

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