第三十六話 そんなご無体な!
昼食をとっていると、来客があった。帝国騎士団のセオーノだ。宰相閣下が明日の夜に個別に食事に招待したいとのことである。断る理由はないので、承諾しておいた。ちなみに、昼に食べたのはビーフシチューである。肉がほろほろと崩れ、実に上品な味わいだった。ヒーデータ帝国にはカレーやデミグラスソースもあるのだろうか。俺はこの後、ほぼ毎日このビーフシチューを食べることになる。
「暇でありますなー。」
ゴンがあくびをしながらつぶやく。確かに暇だ。せっかくなので帝都観光をしてみたいのだが、相変わらず俺は監視下にある。勝手に外出してもいいものかどうか迷う。まあ、物は試しに
「それにしても、すばらしい都だなー。是非一度、この素晴らしい帝都をみてまわりたいものだー」
完全に棒読みだったが、とりあえず監視に聞こえるくらいの声で言ってみる。あっ、隣の監視の一人が動いた。しばらくすると、セオーノがやってきて
「これから何かご予定はございますか?なければ帝都をご案内しますが・・・」
早っ!何かご予定もクソも知っているだろうと思いつつ、その申し出をありがたく受けておいた。
帝都の繁栄ぶりは想像以上だった。ジュカ王国の王都は、商人街、住宅地などと明確に区分が分かれていたが、帝都はその辺はあまり頓着しないらしい。商店街のような店が密集する場所があるかと思えば、その裏が住宅地といった感じだ。いい意味で機能的な街並みなのだろう。王都は石造りの家々が圧倒的に多かったが、帝都は、特に一般市民の住宅は木造建築である。何となく前世の日本と同じ雰囲気がする。
うれしい発見もあった。何と、コメが売っていたのだ!当然もち米もあるだろう。帝都でもコメや小豆などの豆類の大半は家畜のエサになっているので、値段がべら棒に安かった。久しぶりに米の飯が食べられるかもしれない。王都で流通していた金貨は、帝都でも使えるとのことであったので、暇を見つけたら買いに行こう。
あと、シャワーの秘密もわかった。魔力結晶という、魔力が石化したものを使用しているのだという。火・水・風・土・雷などの属性を持ち、それぞれを組み合わせて作っているのだとか。さすがにセオーノは職人ではないため、詳しい構造は聞けなかったが、これもいい収穫だった。
護衛という名の監視付きなので、あまり物は買えなかったが、日常着るシャツとズボン、下着類、あとは食事会用に着ていく礼服と靴を購入した。礼服はさすがにオーダーメイドだったが、明日の昼までに作るという。その心意気がうれしかったので、その店でワイシャツやネクタイなども購入しておいた。
次の日も帝都観光だ。劇場や大学、帝国軍本部などを見せてもらった。軍事に力を入れつつも、文化的、教育的レベルもかなり高い国であるようだ。
昨日注文した礼服を受け取り、宰相閣下の屋敷に向かう。ゴンはいつものようにお留守番である。
「今宵は私的な食事会だったのだ。何もそのように畏まる必要はない」
そう言って笑う宰相閣下だが、本人はきちんと正装している。無理に礼服を作ってよかった。
閣下の隣には、美しく着飾った夫人が同席している。イサラ、というそうだ。年齢は・・・さすがにレディーに聴くのは憚られた。年は取っているが、気品のある貴婦人、といったところだろう。
自己紹介もそこそこに、なりゆきのままに晩餐会が始まる。宰相閣下は、俺がバーサーム家の養子になる予定だったとか、皇帝陛下に拝謁したのだとかを夫人に説明している。俺は苦笑いを浮かべながら料理を堪能する。
「遅れて申し訳ない」
そう言って、一人の青年が入ってきた。かなりいい服を着ている。剣もかなりのものを持っていると見た。早速鑑定してみる。
ヒーデータ・シュア・ヴァイラス(皇族・21歳) LV19
HP:109
MP:57
剣術 LV2
肉体強化 LV1
回避 LV1
行儀作法 LV3
回復魔法 LV1
皇族が来やがった。一体こいつは何者だ?何しに来たんだ?厄介ごとのニオイがする。まあ、宰相閣下の屋敷に呼ばれた段階で、ある程度の覚悟はしてきたのだが。
「こちらのお方は、ヴァイラス殿下だ。皇帝陛下のご次男にして、皇位継承権第二位の方であらせられる」
俺は立ち上がり、膝をつこうとする。
「よしてくれよしてくれ。そんな固っ苦しいことはよそう。ちょっと君と話をしたかっただけなんだ。楽にしておくれ」
見たところ、聡明さが顔に出ている。ジュカ王国の摂政殿下のごとく、目は笑っていない、という雰囲気ではない。鷹揚なお方のようだ。しかし、なぜ皇帝の次男がここに来ているのだろう。宰相との関係は・・・?と訝る俺に
「実のところこの、ヴァイラス殿下は我々の孫でもあるのだ。なに、娘のシェリエが後宮にお仕えしておってな。そこで陛下と・・・な。まあ、こちらの殿下は身内みたいなものだ」
孫!ははぁ、だから今の宰相閣下の地位があると。
「貴殿には一つ、頼みがあるのだ。嫌なら断ってもらって構わない。頼みというのは他でもない。実は貴殿に皇族の警護を頼みたいのだ」
聞けば、皇太子は現在、健在ではあるが病弱であり、引っ込み思案で穏やかな性格であるとのこと。これ自体には問題ないのだが、問題はその妹、ヴァイラス殿下の姉に当たるリコレット第一皇女なのだという。この皇女様は気が強く野心家であり、どうやら兄宮の即位に合わせて自身もその後ろ盾になり、帝政を牛耳ろうという動きがあるらしい。
当然第一皇女一人では何もできないが、そこは貴族社会である。こうした軽い神輿を担ぎたい者も意外に多く、特に貴族の次男、三男のいわゆる冷や飯食いの人々から、秘かに支持を集めているという。
そんな第一皇女が最近、裏で行動を起こそうとしているらしい。要は、自分の弟宮や妹宮などを襲撃しようとする動きがあるのだという。おそらくそうした脅しを仕掛けて、じわじわと皇族を自分の派閥に組み込んでいこうとの算段なのだろうが・・・何とも浅はかである。
ただし、そうしたバカどもは何をしでかすか分からない。また、身分が皇族なだけにタチが悪い。皇帝にはすでに老境に達し、往年の覇気はない。自分の子供の粛清は望まれておらず、穏便な解決を望んでいるのだという。
「本来は僕が臣籍になってこのグレモント公爵家を継ぐのが一番なんだけど、兄上があの様子ではね。いつ倒れるか分かったものではない。せめて兄上に男子ができてからじゃないと、僕も身動きが取れないんだよ」
実際、このヴァイラス殿下にも周囲の者が襲われるといった被害が出ているそうだ。
「貴殿にお願いしたいのは、このヴァイラス殿下と以下、三名の皇女様の警護だ」
うん?俺をルノアの森で襲ってきたバカがいたが、確かそいつもヒーデータの皇族だったはずだが??やはり森の中で死んだのか。
「たしか、皇族にはもう一方、殿下がおいでではなかったですか?」
「・・・さすがバーサーム家に仕えていただけあるな。隠しても仕方がないようだ。三男のセアリアス殿下は現在、幽閉中だ」
ほう、あのルノアの森を切り抜けたと。
「ジュカ王国の異変を聞きつけてすぐに、自身の配下と家庭教師を伴い、皇帝陛下の馬に乗って魔王討伐に向かったのだ。はっきり言って暴挙だ。こう言っては何だが、夜陰に紛れて庶民を殺傷しているという噂まである、少々問題のある殿下だったのだ」
確かに、「呪い」のスキルが付いていましたよね。
「八方手を尽くして捜索したところ、ルノアの森で錯乱状態で発見されてな。現在は治癒魔術師が毎日回復魔法をかけておるが、いつ回復されるのやら。殿下の配下は直接魔王と闘い傷を負っているが、命に別状はない。この者も幽閉中だ。家庭教師については行方が分からない」
おお!やはりイリモは皇帝陛下の馬だったか。角と翼を隠す結界を張ってよかった。あの殺人狂どもはまだ生きているのか。まあ、俺以外治癒はできないだろうし、幽閉が解かれることはないだろう。
「話を元に戻す。そういうことで、貴殿には皇族の警護を請け負ってもらいたい。少なくとも、皇太子殿下に男子が生まれ、ヴァイラス殿下が臣籍になるまでの間は、お願いしたいのだ」
「しかし、私は結界LV2ですが」
「警護は皇族が外出する時でいいのだ。宮城内は宮廷結界師がお守りする。バーサーム家では、一日中屋敷の結界を張っていたのだろう?お陰で屋敷に遣わした帝国の使者が結界に阻まれてしまい、大いに恥をかいた。それはさておき、私は、貴殿のその腕を見込んで頼みたいのだ」
「わかりました。事が事ですので、ちょっと考えさせてください」
「難しく考える必要はない。結界を張る商会か何かを作ればいいのだ。皇族の警護は受けてもらわねば困るが、それ以外の仕事は、貴殿の気に入ったものを受ければいい。もちろん、金は払う。そうでなければ、軍が貴殿を勧誘に来るのだ。何せ、結界スキルを持つものは貴重なのでな。軍に帯同し、各地の戦場を転戦する生活がしたければ、それもいいだろう」
絶対いやだそんな生活。俺は平和に平穏に生きていきたいだけなのだ。結局その日は返事を保留して帰路についた。屋敷を出る際、ヴァイラス殿下と二人きりになった時、
「お爺様は、本当は君をグレモントで雇いたいのだよ。それはそうだろう。お爺様とて敵は多いからね。お爺様があそこまで執心する結界師だ。僕も傍にいてくれるとうれしいな」
宰相と殿下、二人してやんわりと俺にご無体な話をしてくる。またしても俺は、疲れた体を引きずるようにて、自分の部屋に帰った。




