表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十三章 軍神対決編
359/1097

第三百五十九話 休憩

「小癪なマネを……」


小さな、しかし、怒りを抑えるかのような声でヴィルは呟く。彼は、アガルタ軍において、大規模な兵士の埋葬式が行われているとの報告を受けて、表情を強張らせていた。


「……小賢しいことをやりおるわ」


ヴィルは吐き捨てるように呟く。彼はアガルタ軍の行為を、単なるパフォーマンスと解釈していた。大損害を受けたアガルタ軍は、兵士の士気が下がっている。それを補うために、敢えて敵前で埋葬を行うことで、兵士たち、ひいてはラマロン軍など周囲の軍勢の士気を上げようとしていると考えた。リノスとしては、全くそのような狙いはなかったのだが、豈はからんや、このことによってアガルタ側の軍勢の士気は上がり、強固な連帯意識が生まれることになった。皮肉にも、ヴィルの解釈は、現実のものとなったのだった。


加えて、アガルタ軍には、これまでになかったテントがいくつも建てられ、そこで様々な医療行為が行われているらしいという報告も、ヴィルの許には寄せられていた。その上、そこには聖女と呼ばれる者もいるらしいという報告もあり、彼は何とも言えぬ笑顔を浮かべながら、大きなため息をついた。


「フッ、アガルタ軍も必死じゃな。魔法が使えぬによって、傷ついた兵士たちの治療はできぬ。今の奴らには、精々応急手当てをすることが限界であろうがな。じゃが、兵力に乏しい奴らじゃ。一兵でも失いたくはないのであろう。それに聖女とは……。すでに教皇聖下より我が妻が聖女とお認めいただいておるにもかかわらず、敢えてそれを持ち出すとはな。そこまでせねばならぬアガルタが、哀れじゃ。……ああなっては最早、奴らに先は見えておる」


彼にはこの戦いには絶対の自信を持っていた。必ず敵は先に退却する。その機を捉えれば、確実に勝つ自信があった。彼は斥候を放ってアガルタ軍の動きを注視しながら、自らは、兵士たちと共にこのスワンプで英気を養うつもりでいた。


だが、彼は知らない。彼らはサダキチ達フェアリードラゴンに、上空から常に監視されていることを。そして、ドラゴンたちは、監視を続けながらリノスの命令をじっと待っているということを……。



一方のリノスは、サダキチ達フェアリードラゴンたちの報告を聞きながら、一人、何かを考え続けていた。そのとき、オワラ衆の筆頭であるイッカクが彼の許に姿を現して、その場に畏まった。彼の後ろには、一人の男が控えていた。


「おお、どうだった?」


「朗報にて候」


「何?」


イッカクは後ろに控えている男に促す。すると彼は懐から一枚の紙を取り出し、それをリノスの前に広げた。


「……」


男は無言で地図を指さす。それをリノスは苦笑いを浮かべながら口を開く。


「そこまで行けば、魔法が使える……そういうわけかな?」


その言葉に男はゆっくりと頷く。


「そこまで行くには……どのくらいかかる?」


「約、一日に候」


「一日か……。わかった」


そのとき、リノスの前にサダキチが姿を現した。彼はフワリとリノスの肩の上に下り立った。


「……何? ……うん、……うん。どのあたりだ?」


リノスは自分の懐から地図を取り出し、それをサダキチに見せている。彼は地図の場所を指さしながら、ここか? ここか? と質問していく。そして、しばらくすると、肩に乗っていたサダキチの姿が消えた。


「イッカク」


「……」


「すまないが、ひとつ、調べてもらいたいことがある。ここなんだけれどな……」


リノスは地図のある部分を指さしている。イッカクともう一人のオワラ衆の男は、その部分を無言で眺め続けている。


「お前たちオワラ衆は足が速いが、ここに行くまでにどのくらいになる?」


イッカクはしばらく考えていたが、やがて、重々しく口を開く。


「我の足にては二日。然れども、我が配下、ジュウニの足にては一日にて可能」


「ここで調べてもらいたいことがある。そして……」


リノスはイッカクにゴニョゴニョと耳打ちをする。彼は大きく頷き、「御免」と言って立ち上がり、空に向かって柏手を二回打った。そして、体と腕をペタペタと触り、さらに柏手を二回打った。


「何のブロックサインなんだ?」


「ブロック……?」


「あ、野球分らんよね。いや、忘れてくれ……」


「……」


「ところで、今のは?」


「ジョウニに命じて候」


「え? 今ので伝わったの?」


リノスの声にイッカクは無言で頷く。


「スゲェな、オワラ衆……。帝様に、今度お礼をしなきゃいけないな……」


そう言ってリノスは、タナ軍のいるスワンプの方角に視線を向けた。そして、その態勢のまま伝令を呼ぶ。


「全軍に伝えてくれ。今日から三日間はここを動くことはない。おそらく敵からの襲撃もないだろうが、一応は警戒を怠るな。各々三日間、十分に体を休めるように」


その言葉に、伝令の兵士はハッと畏まる。


「あ、それと、今夜軍議を開こうと思う。ご苦労だが、ニケさんとカリエス将軍、そして……ヴィエイユに俺のところに来るように伝えてくれ。そうだな……せっかくだから、夕食を共にしようか。夜7時に集合……そう伝えてくれ」


兵士は一礼をして足早にリノスの許を去っていった。


「さて、メイの様子を見てこようか」


そう言って彼は、医療テントに向かって歩き出した。



「あ、いらっしゃいませ! ってリノス様! すみません、ちょっと手が離せなくて……」


リノスの姿を見て驚いているのは、ポーセハイのドーキだ。彼は手許を忙しく動かしながら照れくさそうに話かけている。それもそのはずで、彼の前には長い行列ができていた。


「ああいや、そのままでいい。すまんな、ちょっと様子を見に来ただけなんだ」


「ありがとうございます。僕の方は、全く問題ないです」


「忙しそうだな」


「いいえ! みなさん、僕の料理を美味しいと言って食べてくれます。こんなにうれしいことはありません」


そう言って彼はニコニコとしながら野菜を刻んでいる。その周囲では、料理番の兵士たちが忙しそうに働いている。


「まあ、無理だけはしないでくれな」


俺の言葉に、ドーキは笑顔で答えてくれる。本当は彼に今夜の夕食を差し入れてもらおうと思っていたのだが、この様子ではさすがに負担が大きそうだ。俺は今夜のカリエス将軍たちに出す夕食をどうしようかと考えながら、メイたちがいるであろうテントに向かう。だが、そこにメイの姿はなかった。


居場所を聞くと、彼女は数千人に及ぶ傷病兵たちをずっと見回っているのだと言う。おそらく、ベッドが並んでいるテントにいるだろうとのことで、そこに移動してみると、メイは患者一人一人に今の気分を聞き、あるいは脈を取るなどしていた。そして、ポーセハイたちから彼らの病状を聞きながら、的確に指示を出していく。聞けば、メイはそれを不休不眠で続けているのだと言う。


「ご主人様……」


俺の姿に気が付いたメイが傍にやってきた。一見すると普段と変わらない様子だが、やはり体全体に何やらどんよりとした気配が漂っている。


「メイ、大丈夫か?」


「大丈夫です。こちらへは……?」


「ああ、メイの様子を見に来たのと、俺たちは最低、三日間はここに逗留することにした。それを伝えに来たんだ」


メイはちょっと考える素振りをしながら、三日あれば、軽傷の人であれば問題なく治療できますと答えた。重傷者については、ポーセハイたちがそれぞれアガルタの医療研究所に転移させたらしい。その上で、チワンがアガルタに戻り、重傷者の様子を見ているのだと教えてくれた。そして、勝手な振舞いをしたことを謝った。俺は謝る必要はないと言いながら、彼女によくやってくれたと言って、労をねぎらった。


「三日の間に、治療できそうにない方は、アガルタの研究所に転移してもらおうと思います。よろしいでしょうか?」


「ああ、そうしてくれ。それにメイ……少し休め」


「ありがとうございます。時間を見つけて休みます」


「いや、できることなら、すぐに休んでくれ。何だか、メイから疲れている雰囲気を感じるんだ」


「ご主人様……」


「メイに倒れられたら、アリリアや子供たちが悲しむ。それに、俺も悲しい」


「ううっ……」


メイはちょっと顔を赤らめながら項垂れる。そのとき、ベッドに寝ていた兵士が声をかけてきた。


「メイ様、休んでください! ここに来られてからメイ様はずっと休んでいません! 食事も、水も……摂られていないのではないですか? 休んでください。俺たちは大丈夫ですから!」


「そうですよメイ様! 休んでください!」


「メイ様!」


「メイ様!」


兵士たちが口々にメイに対して感謝の言葉と、休んでくれという言葉を口にしている。その声を聞きながら、メイはオロオロとしていたが、やがて、ゆっくり兵士たちに向けて頭を下げた。その目には、一粒の涙が光っていた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ