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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十三章 軍神対決編
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第三百五十六話 戦場の聖女

ポーセハイを中心とする、アガルタ医師団の動きは実に迅速だった。彼らは戦場に到着するとすぐに、簡易な救護所を設置し、そこで軽症の兵士たちの治療に当たった。彼らはそれだけでなく、動ける兵士たちにも協力を仰いで、アガルタから持ち込んだ大量の組み立て式のベッドを組み上げ、いくつものテントを張った。驚いたことにそこには、組み立て式の風呂までもが用意されていて、その行き届いた準備に俺は驚きを隠すことができなかった。


彼らが到着して1時間後には、何もなかった河原の中に、大規模な医療用のテントが出現していた。医師団の者たちは大人数の兵士たちに実に効率よく指示を出していた。彼らが持ってきた、おそらくドワーフが造ったと思われる組み立て式のベッドや医療器具が実に簡易にできていたことも大きいが、医師団の者たちの無駄のない動きがやはり大きかった。あとで聞いてみると、メイの医療研究所では、こうした大量の負傷者が出ることを想定して、どんな状況下でも迅速に医療活動が行えるように常に訓練をしていたのだと言う。幸か不幸か、今回の戦いは一方で、メイの周到な準備力の高さを証明する結果ともなったのだった。


実際に兵士たちを治療してみてわかったことだが、この魔法が使えないと思われていた戦場ではLV1の魔法であれば、使用は可能であることがわかった。


ただし、その効果は大きく制限される。通常ならば、LV1の回復魔法は切り傷くらいであれば一瞬で治癒してしまうが、この戦場では、三度ほどかけてようやく治癒するのだ。つまりは、使用できる魔法はLV1のみ、しかも、その効果は通常の三分の一になるという結論に至った。どうやら敵は、魔法のLVが高ければ高いほどその効力を奪う効果を俺たちに仕掛けているようだ。それがわかってからの医師団の動きは素早かった。


まず、自力歩行ができる軽症者については、アガルタから運んできた薬を使って消毒し、包帯を巻くなどして治療していった。数が多いためにこれは、まるで流れ作業のような段取りで治療が行われていた。


その隣ではドーキが炊き出しを行っていた。一見すると何の変哲もないスープだが、そこには滋養強壮に効く食材がふんだんに使われているらしく、疲労回復に効果があるのだと言う。兵士たちからの評判はかなり良く、お代わりを求める者も多くいたようだ。


幸いにして、ドーキをはじめ、転移をしてきた者たちは、クリーンやウォーターなどの魔法は使えたために、水や火に関しては、大きな問題が起こることはなかった。


次に、深手を負った者たち、つまり、担架で運ばれてくるような者たちの治療については、医師団の中でも経験の浅い者たちが担当していた。つまり、LV1の回復魔法が使える彼ら、彼女らは、少量の魔力を瞬時に回復させることができる石、オージンを持って、ひたすらに回復魔法をかけ続けるという役割を担った。先輩医師が指示された患部に向かって無言で回復魔法をかけ続けるその姿は、ある種の異様な雰囲気を醸し出していた。


そして、最も重い重傷者が運び込まれたテントでは、チワンとローニを筆頭とした、もっとも腕のあるポーセハイたちが奮闘していた。まさに一刻を争う重傷患者を前にして、彼らは見事な手際で治療を施していく。驚いたことに、野戦病院であるにもかかわらず、外科手術が行われていたのだ。あそこのテントの中では無菌状態なのだろうか……。そんなことを心配をしたが、こうした医療行為については俺の範囲外のことであるために、黙って彼らに任せることにしたのだった。


俺はその様子を見ながら、タナ軍の撤退に取り残され、捕虜となった兵士たちを引見していた。その数は数百名に及び、全員が何らかの傷を負っていた。俺は一言、彼らに食事を与え、医療テントで治療を受けるように命令した。


「恐れながら申し上げる」


「何だい?」


「私は、タナ軍第七部隊の中隊長、オルフルト・ヘイメンと申します。アガルタ王のご命令の意味がわかりかねます」


「意味が分かりかねる……とは、どういう意味だい?」


「死を迎える我々に、そのようなことをなさらずとも、今ここで首を刎ねていただきたい」


「死にたきゃ勝手に死ねばいい」


俺は吐き捨てるようにヘイメン以下、捕虜全員に向けて告げる。


「お前たちが死に値するかどうかの罪を犯しているのかどうかは、俺は知らん。ただ、メイ……。この医療団を率いている責任者が、お前たちタナ軍の負傷者も治療すると言っているから、そう伝えたに過ぎない。ちなみにメイは、抜群にかわいいから、惚れないように気を付けろ。さすがに恋煩いは治せないからな。それに……お前たちはタナの王様の命令に従って戦ったのだと俺は信じる。別に戦いたくて戦ったのではないだろう? まあ、そんな戦闘狂がいるのなら話は別だが、見たところそんな変態はいないようだからな。まずは傷を治療するといい。とりあえず、お前たちのことは一応は調べるが、問題のない者は、この戦いが終わったら国に帰るなり旅に出るなり、好きにするといい。あ、今、死にたいと言う者は、それも勝手にするといい。俺は止めない」


「そんな……あり得ない……」


ヘイメンは絶句しているが、俺はそれを無視してさらに言葉を続ける。


「見ろ、対岸を。アガルタの兵士もさることながら、お前たちタナ軍の兵士たちもたくさん死んでいる。……動いている者も結構いるな。あれはタナ軍の兵士たちか? お前たちの仲間もいるんじゃないのか。だったら、こちらに連れてきて、医療テントに運んで治療してもらうといい。俺の方から話は通しておいてやる」


「我らがこのまま逃げる……そうは思われないのですか!?」


「ヘイメン、お前、さっきからよく喋るな? お前たちに興味はない。別に逃げようが国に帰ろうが、好きにすればいい。お前たちは捕虜になったが、俺はお前たちに興味はない。だが、この陣中にいるのだ。ケガをしている者は治療して、残りの人生を全うすればいいと俺は考えている。それだけだ」


兵士たちは一言の言葉も発しない。そんな彼らを眺めながら、俺はゆっくりと対岸に目を向ける。そこには累々たる亡骸が広がっていた。


「これ以上人を殺めれば、鬼が哭く……」


誰に言うともなく、俺は小さな声で呟いた。



一方、アガルタ医療団の団長であるメイは、数人の女性と兵士を伴って、医療キャンプとは少し離れた場所にいた。そこは、兵士の亡骸が並べられている場所だった。


夥しい亡骸が並べられているそのすぐ近くに、布で仕切られた場所があり、メイたちはそこに居た。そこではまだ息はあるが、瀕死の重傷を負い、死を待つだけの者たちが運ばれてきていた。彼女はそんな兵士たちの死を看取っていたのだ。


メイは運ばれてくる重傷者、一人一人の手を握りながら、その傷を負ったところに手を当てて、優しい笑みを浮かべるのだった。すると、苦しんでいた兵士たちは、安心したような表情を浮かべながら、ゆっくりと目を閉じる。そんなことを彼女は休むことなく、ぶっ続けで行っていたのだった。


息も絶え絶えに痛みや苦しみを訴える者には、やさしく声をかけ、その部分にやさしく触れる。まさに手当てと呼ぶにふさわしい医療行為が行われていた。家族や友人に遺言を残そうとする者には、できる限り聞き取って、傍に控えている女性たちにメモを取らせた。それをアガルタ軍の兵士だけでなく、果てはタナ軍の兵士たちにも行ったのだった。その分け隔てのない対応は、アガルタ軍の兵士はもちろん、タナ軍の兵士たちも涙を流して感謝したのだった。


報告を聞いたリノスがその現場に駆け付けたとき、メイは彼にちょっと微笑んだだけで、すぐに重傷者の手当てを再開した。その様子を見たリノスは、兵士たちを丁重に葬るように命じ、しばらくはメイの様子を無言のまま見つめ続けたのだった。


さらに彼女は、その作業がひと段落すると、休むことなく、昼夜に渡って重傷者を一人一人見回るなど、手厚い看護を続けたのだった。


いつしか兵士たちの間では、メイのことを「聖女」と呼ぶようになったのだった……。

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[気になる点] 何故魔法が使える地域に転移して魔法で治療しないんでしょうね?
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