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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十三章 軍神対決編
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第三百五十五話 非情の決断?

ヘイズを討ち取ったと、念話でおひいさまに報告を入れた。彼女曰く、ヘイズのことに関しては、全ては自分たちで始末をつけるので、俺は関わらなくていいとのことだった。そしてその直後に、ゴンが転移してきた。彼は、人化を解除して白狐の状態のまま、あとは任せるでありますーと、いつになく真剣な眼差しで言っていた。ヘイズの亡骸をおひいさまの屋敷まで運ぶのだと言う。


彼は恐る恐るヘイズの体を調べていたが、やがて俺に向き直ると、ペコリと頭を下げた。


「この度のこと、主人に成り代わりまして、厚く御礼申し上げるでありますー」


そこには、リコたちにお仕置きされているエロ狐の姿は、どこにもなかった。


眠らせているエルフの姫が気がかりだったが、それもおひいさまのところですべて対応するのだと言う。最後に彼女から、この礼は必ずさせてもらうとの念話があった。何となくだが、彼女は彼女なりに、自分の責任を痛感しているようだ。


俺はヘイズの隠れ家から戦場に転移する。一旦帝都の屋敷に帰って、リコたちの様子を見たかったが、この戦いに敗北するとかなり厳しい状況に陥ってしまうため、俺は敢えて戦場に戻ることにした。


「すまない、遅くなった。戦況は?」


戦場は転移する前の状況と、ほぼ変わらなかった。俺の姿を見つけた兵士の一人が、機敏な動きで俺の許にやって来て片膝をつき、戦況を報告してくれた。どうやら敵は一旦、スワンプに退き上げたようだ。ラマロン軍もヴィエイユの軍も、スワンプの一歩手前まで追撃したらしいが、敵は組織的に撤退していたため、なかなかその堅陣を崩すことはできなかったのだと言う。俺は彼にねぎらいの言葉をかけて下がらせる。


「あの……私はどうすれば……」


情けない声が俺の耳に入る。見ると、イリモに跨っている影武者君が、戸惑った様子で俺を見ていた。俺は笑顔を浮かべながら、彼に近づく。


「いいよ。降りてもらって構わない。ありがとう、助かったよ」


そう言って彼が降りるのを手伝ってやる。彼は申し訳なさそうな表情を浮かべながら兜を脱ぎ、俺に渡す。そして、脱兎の如くその場から走り去ってしまった。


その様子を見つめながら兜をかぶり直した俺は、再びイリモの背に跨る。


……目前に広がるカコナ川が、累々たる死体で埋まっていた。戦っている最中は全く気が付かなかったが、こうして改めて見てみると、今日の戦いがいかに激戦であったかがわかる。血の臭いと死臭が入り混じった、何とも言えない悪臭が鼻を突いてくる。


思わずため息を漏らしそうになったそのとき、目の前にサダキチが現れた。驚きながらも俺は、左腕を差し出して彼をその上に止まらせた。


『どうした、サダキチ』


『タナ軍の全軍が街に入りました』


『そうか。見張りを怠るな。何かあればすぐに知らせてくれ』


『承知しました』


サダキチが消えると、俺は再び周囲を見廻す。


「イッカク、イッカクはいないか」


「御前に」


相変わらず全く気配を感じさせずに現れる彼は、隠密として超一流の腕を持っていることを改めて認識する。正直、彼らオワラ衆がいなければヤバイ状況に陥っていた場面もあった。帝様はいい援軍を付けてくれたと、心の中で感謝する。


「俺がいない間に、何も問題は起こらなかったか?」


「……」


「どうした?」


「負傷者、多し」


「何?」


「魔法使うこと能わず」


イッカクの話では、アガルタ軍をはじめとして、全体的に負傷兵が多く、しかも魔法が使えない状態であるために、治癒魔法で兵士の傷を治すことができないのだと言う。最低限の応急処置は行っているらしいが、このままでは多くの死者が出ることが予想される。


「……わかった。ちょっと待っていてくれ」


俺はイリモから降りて、傍に居たポーセハイを呼び、彼の肩に手を置いて再び転移結界を張った。


向かった先は、アガルタの都だった。医療研究所の、メイの部屋に向かったのだ。


そこでは、メイを筆頭に数人のスタッフと共に会議の真っ最中だった。転移するや否や、全員の視線が注がれて、ちょっと気恥ずかしくなる。メイは俺の姿を見つけると立ち上がって、うれしさとも驚きともつかない表情を浮かべながら口を開いた。


「ご主人様!」


「メイ、みんな、会議中にすまない。頼みがあるんだ」


彼女は一瞬、戸惑った表情を見せたが、すぐに承知しましたと言ってくれる。俺はその言葉に頷きながら、そこに居た全員に視線を向ける。


「すまないが、できるだけ多くの医師を戦場に派遣してもらえないだろうか。魔法が使えない状態で、傷ついた兵士たちの治療ができないんだ。負傷者が大量に出ていて、このままでは多くの兵士が死んでしまう。頼む、助けてやってくれ」


俺はスッと頭を下げる。何とも言えない静寂が部屋の中を包んだ。


恐る恐る目を開けて見ると、会議に参加していたポーセハイ全員が目を閉じている。何をしているのかと思っていると、チワンが立ち上がって、俺に視線を向けた。


「最低限の者だけを残して、ポーセハイ全員を戦場に転移させます。医療研究所のスタッフの中で、転移できない者もおります。その者たちを恐れ入りますがリノス様、戦場まで転移していただけますか? おい、ルーティン。戦場の場所を皆に念話してくれ」


俺と共に戦場から転移してきたポーセハイが返事もせずに目を閉じる。その直後に、会議室にいたポーセハイが一人、また一人と消えていき、あっという間に部屋にはチワンとローニ、メイと俺の四人だけになった。


「ローニ、お前何をしているんだ? 早く行かないか」


「待ってください、チワンさん。ドーキが行くと言って聞かないのです」


「何?」


「彼は医師の知識はほとんどありません。血を見るのが嫌いな人が行って役に立つものですかと言っているのですが、聞かなくて……。ああ、うるさい」


ローニは頭をブンブンと振っている。どうやらドーキは料理の腕を活かして、戦場で傷ついた兵士の食事を作ると言っているのだと言う。俺はメイと顔を見合わせながら、口を開いた。


「いい、ドーキも連れて行け」


「でも……」


「いいから」


「わかりました」


ローニはしばらく目を閉じていたが、やがて彼女も戦場に向かいますと言って、部屋を後にしていった。そして、それが合図であったかのように、部屋がノックされ、若い研究者が準備ができましたと言ってきた。何という準備の良さだろうか。


メイとチワンに促される形で、俺は部屋を出て、別の一室に案内される。廊下を歩きながらメイが、都がドラゴンに襲われたこと。さらに、アンデッドが都を襲おうとしたこと。それらをフェリスとルアラが魔法で、さらには、マトカルが兵を指揮して討伐したことを手短に教えてくれた。そして、マトカルは戦いの後で倒れ、医療研究所で入院していること、お腹の赤ん坊が危ない状況だということも教えてくれた。


俺は一瞬、足を止める。今からマトの様子を見に行きたいと話すが、メイはゆっくりと首を振った。彼女の知性を湛えた真っすぐな眼差しが、マトカルの状態が重いことを物語っており、彼女のことは任せて欲しいという思いが伝わってくる。俺は、絞り出すようにマトのことを頼むというのが精いっぱいだった。その言葉に、メイはお任せください、といって俺の手を優しく握った。


案内された部屋には、百名を超えるスタッフが控えていた。人間もいれば獣人もいる。実に多種多様だ。それに、その後ろには大量の箱が山と積まれていた。どうやらあれに薬品が詰まっているらしい。そんなことを考えていると、メイの声が部屋の中に響き渡る。


「皆さん、お疲れのところ申し訳ありませんが、カコナ川で戦闘があり、多くの兵士が傷ついているようです。回復魔法が使えない状態にあると言います。我々は薬などを持って、そこで医療活動を行います。戦場ですから、くれぐれも身の安全には注意してください。一応、全員オージンを携帯してください。使えるようならば、それを使って治癒します。まず皆さんにお願いすることは……」


メイはそこで言葉を切り、一瞬、悔しそうな表情を浮かべたが、やがて、毅然とした表情で口を開いた。


「負傷された人々の傷の状態を5つの段階に分けます。皆さんは、傷が浅い人から治癒していっていただきます。戦場に着いたら、すぐに兵士の傷の状態を見て、その状況を判断してください。一番傷が浅い人を1、重い人を5とします。それぞれ、兵士の体によく見えるように書き込んでください。そして、その人々を番号ごとに集めます。皆さんは、1番と2番の人々を中心に治癒してください。よろしくお願いします」


彼女の言葉に全員が頷く。そしてメイは俺に向き直り、転移を促すかのように頭を下げた。


俺はメイのあまりにもシステム化された話に驚きつつも、転移結界を張って、そこに居た全員を戦場に転移させた。


メイが発案した、一見、血も涙もないように見えるこの方法は後に、人々をしてメイが聖女と呼ばれるきっかけとなるのだが、そのことをリノスはもちろん、メイ自身も、知る由もなかった……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] オージンという単語を見る度に、あの光景が再現され吹きます。
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