第三百四十二話 開戦
幕僚たちが居並ぶ中、銀の鎧に身を包んだヴィルが姿を現す。彼は一段高いところに置かれた椅子にどっかりと座り、周囲を見廻した。
「首尾はどうじゃ」
幕僚の一人が、スッと頭を下げ、早口で報告をする。
「ハッ、サンダンジの国中に展開しておりました砦から、続々と兵士たちがカコナ川に向かって出撃しております」
「それはいつのことだ?」
「ハッ、一時間ほど前になります」
報告を聞いてヴィルは目を閉じて腕を組み、じっと何かを考えている。そして、ニヤリと笑みを漏らすと、小さな声で呟く。
「勝った……な」
彼は目を開けて、スッと立ち上がると、大声で家来を呼んだ。
「外の様子はどうじゃ!」
「ハッ、霧に包まれております」
「霧が晴れるのはいつ頃じゃ!」
「もう間もなくのことと思われます」
「我らは勝ったぞ! サンダンジの兵たちは間に合わぬ。奴らが我らに勝つのは夜襲しかない。だが、もう間もなく夜が明ける。明るくなってしまっては、奴らは我らには勝てぬ」
「ですが陛下、アガルタの援軍が……」
「ジェラニウス、それは愚問じゃ」
「ハハッ」
「全軍、戦闘準備に入れ!」
ヴィルの言葉に、幕僚たち全員が頭を下げた。
◆◆◆◆◆
「……何も見えんな」
転移したところは、真っ白の世界だった。イリモから降りて目を凝らしてみるが、やはり何も見えない。素早く気配探知を発動させてみると、俺たちのすぐ西側に数万単位の人が集まっているのが分かった。おそらくこれはヴィエイユたちだろう。俺は傍に居るチワンに、彼女の許にいるポーセハイと連絡を取り、俺たちが到着したことを伝えるように指示を出す。そしてすぐさまこの周囲一帯に結界を張る。まずは、俺たちの気配を消す効果を付与した結界を張ることにした。
その直後、今度は東側に気配探知が反応する。この数の様子では、おそらくラマロン軍だろう。俺はもう一人のポーセハイに命じて、ラマロン側にも連絡を取る。そして、その周辺にも結界が張られているかを確認して、俺は再び霧を睨む。
「しかし深い霧だな……。こりゃ晴れるまで時間がかかりそうだな」
そんなことを呟きながら、俺は再び気配探知を発動させる。すると、北西の方向に、夥しい人間の気配を感じた。この方角にはスワンプがあり、ここにいるのは間違いなくタナ軍だ。今のところ動きはない。この霧を風魔法で晴らすこともできるのだが、まだ準備が整っていない。まずは全軍に配置に着くように指示を出そうとしたそのとき、ヴィエイユがポーセハイを伴って転移してきた。そしてすぐに、ラマロン側からカリエス将軍もポーセハイと共に転移してきた。
「まずは着陣されて祝着です」
カリエス将軍がニコリと笑顔を見せる。その様子に俺も愛想笑いを浮かべる。
「さて……この霧が晴れたら、我々はすぐに川を越えてスワンプを攻めます」
ヴィエイユがよく通る声で話しかけてくる。俺は彼女に攻めるにあたっての細かい指示を与える。そのとき、俺たちの周りの霧が少しずつ晴れていくことに気が付いた。その瞬間、対岸に夥しい人間の気配を感じる。目を凝らして見てみると、対岸に大軍勢が集結しているのが見えた。そのとき、対岸から何か黒い塊が空に向けて放たれた。
「くっ!」
俺は反射的に張っている結界を強化する。いつしか、霧が完全に晴れ渡り、美しい朝の景色が現れていた。
「なっ!?」
「あれは……」
カリエスとヴィエイユが目を見開いて驚いている。空に放たれた黒い物体は、ゆっくりと放物線を描き、まるで雨のように俺たちの頭上に落ちて来た。
「離れて……あれ?」
俺の背後で大声が上がる。よく見るとそれはルファナ王女だった。黒い物体は、俺たちから十数メートル上空で止まっている。よく見るとそれは、ものすごい数の矢だった。
「アガルタ王様、離れてください! この矢はMPを吸い取ります。魔法使いの方々は、速やかに後方に避難してください!」
ルファナ王女が周囲の者たちに後方に下がるよう、大声で指示を出している。
「第一隊、後方へ下がり後詰せよ! その他は戦闘用意!」
王女の声よりもさらに大きな声が響き渡る。その声の主はラファイエンスだった。彼は俺に目で後方に下がるよう促す。俺はそれに従う形で、再びイリモに跨る。それと時を同じくして、すぐさま俺たちの前に兵士が配置につき、厚い壁を作っていく。ラファイエンスは、彼は周囲の兵士たちに指示を出しながら前進していく。
「剣や槍での肉弾戦は我らに任せてもらおう。さあ、戦闘だ! 腕が鳴るなぁ」
満面の笑みを浮かべながら老将軍は馬を走らせる。その後ろをクノゲンが苦笑いしながら付いて行った。さらにその後ろを、ルファナ王女が兵士たちと共に緊張した面持ちで追いかけていった。俺はゆっくりと後方に下がりながら、ヴィエイユとカリエスに指示を与える。
「敵はおそらく、俺たちアガルタの軍勢に殺到するだろう。カリエス将軍。あなたのラマロン軍は、俺の指示があるまで動かないでください。ヴィエイユ、お前は……」
「アガルタ王様のお側にいますわ」
「何?」
「殺到するタナ軍を見たいのです。どうせ、私たちも、ラマロンの皆様と同じでございましょう? 待機ならば、私がいなくても問題ございませんわ」
「勝手にしろ」
俺はそう言い捨ててイリモをさらに走らせる。カリエス将軍は苦笑いをしながら、ポーセハイと共に自陣に転移していった。
アガルタ軍は見る間に布陣を完了していった。その様子を、対岸の丘の上から睨みつけている男がいた。タナ王国国王のヴィルだ。
「敵ながら見事なものよ」
「よく訓練されている兵士たちですね。なかなかああはいきませんよ」
ヴィルの隣で口を開いているのは、オクタこと、妖狐・ヘイズだった。彼は余裕たっぷりの笑顔を浮かべながら、さらに言葉を続ける。
「やはり予想通り、アガルタ軍……いや、あちらにいる軍勢のすべてに強力な結界が張られていますね。我々の魔吸石の粉をかけた矢が貫通せずに、上空でとどまっています。あの結界の強度をどこまで減らせるか……少しの間、様子を見ましょう」
「さもありなん。やはり、噂以上の結界じゃな」
その言葉を受けてヴィルが満足そうな表情で頷く。彼は立ち上がると、目の前に展開する敵陣の様子に目を凝らす。
「……正面にアガルタ軍、左翼にラマロン。右翼が主神様を裏切った賊軍か。我らの前面にいる軍は、誰だ?」
「アガルタ軍最高司令官のラファイエンスであろうかと思われます」
ヴィルの側に控えていた幕僚の一人が声を上げる。それを聞いて、ヴィルの目が見開かれる。
「名将・ラファイエンスか! それに……大魔王殺しの英雄・カリエス! そしてアガルタ王・リノス! 相手にとって不足なし。今宵は、この三人の首を並べて、祝杯をあげようぞ!」
その言葉に、周囲の幕僚たちから歓声が上がる。
「誠に恐れながら申し上げます!」
「何だ、ジーギス!」
「陛下におかせられては、主神様を裏切りし賊軍の将、ヴィエイユ殿をどのようになさるおつもりでしょうか?」
「これ、ジーギス! 今は戦闘中だ。そんなさ中に女の話とは!」
「よい、よい、ジェラニウス。ヴィエイユ殿については、なるべく生け捕りにして、アフロディーテに護送せよと教皇聖下の命令じゃ。おそらく、アフロディーテにおいて公開処刑としたいのだろうな」
その言葉を聞いて、男の表情に下卑た笑みが浮かび上がる。彼は舌で唇をペロリと舐めていたが、やがて、ヴィルの機嫌を伺うかのように、申し訳なさそうな声で彼に尋ねた。
「ヴィエイユを生け捕りにしましたらば、その褒美に、その身柄を私にお預けいただけませんでしょうか?」
その言葉にヴィルは大爆笑している。
「ふあっはっはっは! ジーギスは相変わらずじゃな。アフロディーテに届けるまで、その体を存分に賞味しようとてか! 相変わらず女が好きじゃな。よいよい、どうせ死を賜るお方じゃ。好きにするがよいぞ」
「畏まりました! それでは、参ります!」
ジーギスは兜を小脇に抱えると、足早に本陣を後にしていった。
「さて、そろそろ次の段階に移るべきかと」
オクタの声が静かに響き渡る。その声を受けて、ヴィルは無言のまま顎をしゃくった。タナ軍の奥の手が使われようとしていた……。




