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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十二章 軍神編
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第三百三十九話 涙の別れ

ニケとの会談の三日後の深夜、俺は帝都の屋敷でメイたちが作ってくれた鎧を身に付けていた。俺はこの日、サンダンジに向けて出陣することにしたのだ。すでにアガルタ軍の出陣準備も整っていて、さらには、ラマロン皇国でも準備は万全に整っている。あとは俺の命令を待つばかりになっていた。また、ヴィエイユも既に事前に示し合わせた場所に軍を待機させていて、いつでも出撃可能な状態となっていた。


これに遡ること一日前、俺は密かにサンダンジに向かい、タナ軍が占領しているスワンプの近くまで足を延ばし、そこに転移結界を張っておいた。まさに川を隔ててタナ軍が見えるすぐそこまで行き、結界を張ってきたのだ。合わせて、ラマロンとヴィエイユのところにもスワンプへの転移結界を張っておいた。作戦では、アガルタ、ラマロン、ヴィエイユの三軍が同時にこの場所に転移することになっていて、それに呼応する形でサンダンジ軍も合流する手はずとなっていた。当然、転移結界は秘匿しているために、ラマロンとヴィエイユのところには、数名のポーセハイが詰めていたのだった。


幸いなことに、このスワンプという場所はこの時期、明け方になると霧が立ち込める。それに紛れて大軍を集結させ、一気にタナ軍を襲うという作戦だ。そのため、出陣は夜が明ける前の、深夜にすることになっていた。


深夜にもかかわらず、メイとシディーは俺にテキパキと鎧を着せてくれている。別に俺の執務室で身に付けてもよかったのだが、この鎧は俺の体に合わせて作られていると同時に、身に付ける順番があるらしく、それらがかなり複雑らしいのだ。一見すると単純な作りに見える鎧だが、実は何枚もの薄いプレートが組み合わさってできている。そのためその作りは精巧を極めていて、ちょっとでもおかしな部分があると全体的におかしくなる。そのため、何か問題が発生したときは素早く対応できるように、帝都の屋敷でこの鎧を着ることになったのだ。相変わらず、メイとシディーは休むことなく丁寧に鎧を着せていく。俺はその様子に感心しながら、俎板の鯉の如く、二人にその身を委ねていた。


「……出来上がりました」


メイの声で我に帰る。本当に鎧を着ているとは思えない程軽い。手足を動かしてみるが、違和感が全くない。


「すごいなこの鎧……。身に付けているとは思えないくらいだ」


俺の声に、メイとシディーは顔を見合わせながら頷いている。


「ご主人様、剣を……」


そういえば剣を差していなかった。鏡に映る自分の姿が、どうも何だかしっくりこないと思っていたが、剣がなかった。俺は思わず苦笑いを浮かべる。


無限収納には、「鬼切」、「ホーリーソード」、「黒刀」が入っている。他にもドワーフ公王からシディーを妻に迎えたときに贈られた剣があるが、それはアガルタの迎賓館で保管してある。あまりにも豪華であるために、パーティーなどで着飾る必要があるときに身に付けているので、どちらかと言えば実戦向きではないのだ。


俺はそれぞれの剣を頭に思い浮かべる。そして、すぐにそれは決まった。


「ホーリーソードだ」


俺は無限収納からそれを取り出してメイに渡す。彼女はそれを受け取り、小さな声で失礼しますと呟き、恭しくそれを掲げると、ゆっくり剣を鞘から引き抜いた。


メイはじっと刀身に目を凝らす。柄から切っ先まで何度も丁寧に剣を眺めていく。


「きれい……」


ドアの向こうで声が聞こえた。シディーが扉を開けると、そこにはエリルとアリリアの姿があった。


「こらっ、二人とも覗いちゃダメでしょ。早く寝なさい」


「う……ごめんなさい……」


二人は揃ってペコリと頭を下げる。その姿が可愛らしい。


「エリル、アリリア、入っておいで」


二人は互いに顔を見合わせていたが、やがてパタパタと小走りで俺の側に近づいてきた。俺はメイから剣を受け取り、片膝をついて娘たちの頭をナデナデしてやる。


「エリル。アリリア。とうたんはしばらく帰ってこられないかもしれない。とうたんが留守の間、弟たちの面倒を頼むぞ」


「いつ帰ってくるの?」


アリリアが心配そうな表情で尋ねてくる。俺はニッコリ笑いながら彼女に語りかける。


「すぐだよ。すぐに終わらせて帰ってくるからね」


「早く帰って来てね」


「ああ、わかった」


ふと目をやると、エリルが俺の左手に握られているホーリーソードをじっと見つめている。


「エリル、どうした?」


彼女は俺の言葉にビクッと体を震わせたが、やがてとても言いにくそうな表情を浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。


「その剣……もう一回……見たい」


「エリルちゃん……」


メイが諭すような表情のまま、首を振っている。俺はメイを右手で制して、再びエリルに向き直る。


「そうか、この剣が見たいか。よし」


俺は立ち上がって柄に手をかけ、ゆっくりと刀身を引き抜く。そして再び片膝をつき、彼女に剣を見せた。


「きれい……」


目を丸くして驚くエリル。俺はその様子を眺めながら、ゆっくりと口を開く。


「これはね、お母さんととうたんが一緒に作った剣なんだよ」


エリルが驚いた表情のまま俺に視線を向けた。え? アンタ剣を作れるの? といった表情だ。まあ厳密に言えば、この剣を作ったのはメイで、俺は単にコイツに魔力を流し込んだだけなのだが。


「それで、合っているよね?」


メイは俺の言葉に優しい笑みを浮かべながら頷く。その様子を見ながら俺は剣を鞘にしまう。


「エリル、頼んだよ」


彼女は口を真一文字に結びながら、力強く頷いた。


部屋を出ると、マトカルがパジャマ姿のままで廊下に立っていた。エリルとアリリアを連れてきたのは、どうやらマトカルだったようだ。


「マト、寝ていてくれ」


「そうもいかない。本来ならば私が……」


申し訳なさそうな表情でマトカルは俺から視線を逸らせた。彼女は妊娠が分かってからすぐに流産の兆候が見られるなどしたために、最近では安静にしていることが多くなっていたのだ。実際、彼女が考えた戦略は多く、兵士たちも彼女によって精鋭に鍛えられていた。俺としてはマトを攻撃部隊の指揮官と考えていただけに、その計算は完全にくるってしまっていた。


「いや、マトが鍛えた兵士たちは将軍が見てくれる。それに、クノゲンも連れて行くから、何とかなるよ」


「頼む……。あと、ルファナ王女も……」


「ああ、クノゲンの側に付けて、無茶なことはしないように見張らせるよ」


俺は苦笑いを浮かべながら答える。彼女はサルファーテ国民の敵を討ちたいと従軍を強く希望していたのだ。その思いに俺は根負けする形で従軍を許したのだが、彼女の戦力はマトやクノゲンに比べるとかなり低いと言わざるを得ず、まずは、クノゲンの側に付けて様子を見ることにしたのだった。


「マトちゃん、体が冷えますから……」


メイが心配そうに話しかける。マトカルは申し訳ないという表情のままコクリと頷いた。


「子供たちのことは任せてくれ。エリル、アリリア、部屋に戻ろう」


「頼んだぞ、マト。メイもシディーも、ご苦労だった。部屋に帰って休んでくれ」


「でも……」


「メイちゃん、リノス様は大丈夫よ。私が言うんだから間違いないわ」


「シディーにそう言ってもらえると心強いな。いや、気持ちはうれしいんだ。でも、見送られると、何か縁起が悪い心持がするんだ。だから……」


「わかりました。では……行ってらっしゃいませ」


「行ってらっしゃいませ」


メイとシディーが恭しく頭を下げた。マトカルはエリルとアリリアの手を握りながら、俺に小さく頷き、俺も彼女に向けて大きく頷いた。


「では、行ってくる」


俺は踵を返して、階段を下りていった。


離れを出て、転移結界のある場所に向かおうとすると、ふと母屋の建物が目に入った。もしかすると、負けるかもしれない。負けたらここには二度と戻っては来られないだろう……。そんな思いが胸に突きあげてくる。俺は頭を振ってそんな縁起でもない考えを打ち消そうとする。そのとき、母屋の勝手口が音もなく開いた。


「リコ……」


そこには、リコが立っていた。彼女はニコリと笑いながら俺に近づいて来る。


「ついに、行かれるのですね」


「ああ、行ってくる。必ず帰ってくる」


そのとき、リコが俺に抱きついてきた。俺は彼女の背中をやさしく抱きしめる。


「許してくださいませ」


「どうした?」


「行ってらっしゃいませと見送らねばならないのです。妻として、夫の出陣を毅然と見送らねばならないのです。でも……でも……行かせたくない……できることなら……このまま……」


「リコ……」


リコの体がゆっくりと俺から離れた。彼女は手で涙を拭きながら、精一杯の笑顔を作りながら、口を開く。


「行って……らっしゃいませ。ご武運を……」


俺は無言でリコを抱きしめた。そして、必ず彼女の許に帰ってこようと強く心に誓ったのだった。

長くなりますので、一旦「軍神編」を終了します。次章は7/20(金)から再開です。もしかしたら、7/18か7/19に間話を挟むかもしれません。書く内容としては、あまり本筋には関係のない話になろうかと思いますので、気に入らなければ読み飛ばしてください・・・。

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