第三十三話 いいわけ
ジュカ山を駆け抜けること数時間、山の遥か下に街が見えた。間違いない。あれがクシャナだ。
ラースの母龍が言った通り、ドラゴンの襲撃は一切なかった。1匹だけ俺たちの上空を飛ぶドラゴンを見かけたが、おそらくあれは偵察のドラゴンだろう。大きな問題もなく、スムーズに山を越えられた。
ゆっくりと山の崖を下っていく。イリモの翼があれば、落ちることがない。スルスルと落下し、俺たちはなだらかな丘の上に降り立った。よく見ると、クシャナの町の門は閉じられている。門番もいない。おそらく夜中は町全体を締め切るのだろう。仕方がないので、朝を待つことにした。
大きな木があったので、その下に結界を張り、体を休める。
ジュカ王国ではなく、ヒーデータ帝国に来たのには訳がある。ジュカ王国内にはバーサーム家の政敵が多くいるのだ。王都の周辺の領土はほとんどが、反バーサーム派である。バーサーム領は王都から馬で2日の場所にある。王都とバーサーム領の間にあるのが、エリルに欲情していたヒーラー公爵領である。さすがにそこを抜けていくのは、殺されはしなくても、厄介ごとに巻き込まれそうな気がしたのだ。逆に、ヒーデータ帝国は、割合バーサーム家とは懇意であったらしい。帝国の宰相とバーサーム侯爵は意外と話が合うのだとエルザ様から聞いたことがある。そう言うこともあって、俺は帝国への道を選んだのだ。
実はこのヒーデータ帝国に抜けるルートは最初、イリモが嫌がった。何しろ角と翼が生えているのだ。それはもう、当然目立つ。今までは人の目に触れないこともあって、比較的自由にのびのびと動いていたが、ここから先は嫌でも人の目に触れる。もともとヒーデータで生まれて育ったイリモだったが、かなりの虐待をされてきたこともあり、この国にいい思い出はない。あんな帝国王宮に戻るのは真っ平ごめん、と強く思っていたのだ。
そこで、俺の結界の出番である。結界LV5はさらに機能性が充実している。何と、結界内の人物の姿・形が変えられるのだ。俺にはユニコーンペガサスに見えるが、他の人には、ただの馬に見えているというわけだ。さすがに体格を変えることはできないが、翼と角を隠せば、ただの小柄な馬である。その条件を出して、ようやく了承されたのだ。
ちなみに、この結界魔法はバーサーム家の屋敷にもかけてある。外見は大きな木。樹齢何千年かと思われる太い幹を持った木である。さすがにこれを切り倒そうとするバカはいないだろう。たぶん。
朝日のまぶしさに目が覚める。もう少し寝ていたかったが、この状況では難しい。俺は起き上がり、結界を解除する。当然、俺たちにかけてある結界はそのままだ。俺もゴンも、攻撃を受けない硬い結界を纏っている。
門番が出てきた。眠そうな目をして立っている。俺はイリモを引き馬にしつつ門に近づく。俺たちの姿を見た兵士は一瞬、ビクッとなった。
「おっ、お前たち、どっから来た?まさか山を越えてきたのか?ジュカからきたのか?」
「はい、ジュカ山を越えてきました。大変でしたー」
「え?山を越えてきた?ちょっ、ちょっと待ってろ!!」
一目散に門の中に戻っていく兵隊。早くしてくれよー。こちとら忙しいんだよ。
しばらくすると、50代と思われるイカつい顔をしたおっさんを連れて出てきた。おっさんは俺を一瞥して
「まだガキじゃねぇか?いくつだ?14?何しにここに来た?それより、お前の名前は?」
「私はジュカ王国、バーサーム侯爵家にて執事代理を務めております、リノスと申します」
「ジュ、ジュカ王国??バーサーム??お前嘘言ってるんじゃないだろうな!?」
「いいえ、嘘ではありません。バーサーム侯爵家、エルザ様にお仕え致します者でございます。ジュカ王国が崩壊し、ルノアの森を抜け、ジュカ山を越えて、命からがらやってまいりました。もし、この街に入ることが叶わないのであれば、別の道を進みます。どうぞ遠慮なく仰ってくださいませ」
「まさか、そんな、こんなガキが・・・。いや、失礼。ここでは何だ。中で話を聞かせてくれ」
こうして俺は、クシャナの町に入った。
通されたのは、兵士の詰め所であった。その中の司令官室。どうやらこのオッサンは街の防御隊の司令官のようだ。
「ジュカ王国は本当に崩壊したのか?いろいろと手を尽くして調べているんだが、情報が錯綜しているんだ。お前さんの知っていることを話してほしい」
「おそらく、そちらが得られた情報とそう変わらないと思いますよ?」
「では、大魔王が降臨し、巨大竜を使役して王都を攻撃し、魔王自ら王宮を崩壊させて、国王以下全ての人間を全滅させた、というので間違いはないのか?」
あー首長龍を使役したのは俺ではないのだけれど。まあ、概ね話は合っているかな?
「大魔王かどうかはわかりませんが、王国軍の将軍であるカルギ元帥が反乱を起こして王宮を占領したのは事実です。その後、首長龍が現れて街を破壊したのも事実です。私は王都を逃れ、森に入ったところで冒険者と出会い、彼らと行動を共にしてひたすらルノアの森を逃げました。道に迷って彷徨っていたら森を抜け、気が付けば山の中に入っていました。その時に冒険者とはぐれ、ここまで何とか来た、というわけです」
「ふむ。ジュカ王国であれば高ランクの冒険者は多くいるな。そんな奴らと出会えたのは幸運だったな。しかも、ジュカ山ではぐれたのか。あそこはドラゴンの巣窟だ。よく怪我一つなしで山を越えられたな」
「冒険者の方がドラゴンと対峙しているときに、私を馬に乗せて逃がしてくれたのです。馬に任せて夢中で駆けたので、どこをどう走ったのかは覚えていません」
「まあ、そうだろうな。おそらくその冒険者たちはドラゴンの餌食になっている。わかった。お前のことは一応帝国の王城に報告せねばならん。すまないが、王城から指示があるまでこの街に逗留してもらうことになるが、それでもいいか?」
「そうですね。それならば致し方ありません。ただし、馬を連れていますので、あれが休める場所でないと・・・」
「それなら兵舎の馬小屋を使うといい。餌もあるから、自由に与えていいぞ。お前はこの本部の空き部屋を使ってくれ。将校用の部屋だから、そこいらの宿屋よりもいい部屋だぞ」
案内された部屋は、狭くはあったが、きちんとベッドもあり、机、トイレや洗面台まであった。確かに、宿屋に比べるといい部屋なのだろう。
「この建物の敷地内は自由に歩いてもらって構わないが、敷地内からは出ないでくれ。食事はきちんと提供するし、用事があれば外の兵に言ってくれ。一応お前は客人だが、停戦国の人間、しかも高名な貴族の家臣なのだ。俺が言いたいことは、わかるな?」
「もちろんです。寧ろ、手厚いもてなしをいただき、感謝しております」
「手厚い・・・か。まあ、ゆっくりしていってくれ。なぁに、三日もすれば王城から返事が来るだろう」
俺は司令官に許可を得て、イリモを厩舎に入れ、その後、与えられている部屋に入り、ベッドの上に倒れ込む。かなり言い訳がましくなったが、特に疑問を持たれなかったのでホッとしている。ゴンも疲れているようだ。
さて、この帝国ではどんなことが起こるのか?不安がないと言えばうそになる。ただ俺は、平和で平穏な暮らしがしたいだけなのだ。願わくば、どこかの街で家を持ち、ゴンやイリモと共に静かに暮らしたい。そう思いつつ、俺は寝不足のせいもあり、まどろみの中に落ちていくのであった。




