第三百二十三話 密談
メイがアガルタ医療研究所のスタッフを連れて、フラディメ国に出張して数日が経った。今、俺の目の前には、山と積まれた料理を片っ端から食べまくるローニの姿があった。
今は朝だ。朝食からこんなにガッツリ食べるなど、まるで部活をやっている男子高校生並みだ。見ていてこちらが気持ち悪くなるくらいの食べっぷりだ。どうやら彼女は、ストレスを食事で解消するタイプらしい。
メイたちが船で到着すると、何とそこにはリボーン大上王が迎えに来ていた。彼はメイたちを超が付くほどのVIP待遇でもてなしてくれたのだという。万事行き届いた細やかな配慮で、陸路での移動中や宿泊先のアリスン城では、不便を感じることは全くと言っていい程ないそうだ。ではなぜ、ローニがストレスを溜めているのか。その理由は、やはりリボーン大上王なのだ。
彼は、メイたちと会うなり、これまで自身が研究において感じた疑問点をぶつけてきたらしい。メイやローニはそれに対して丁寧に答えていったのだが、彼の知的好奇心は留まるところを知らず、陸路での道中の二日間は、馬車の中でひたすら質問攻めにあっていた。
アリスン城に到着して、フラディメ国の研究者との合同研究とその発表に向けての準備は滞りなく始めることができたのだが、大上王はその研究者と必ず夕食を共にし、研究の進捗を確認しつつ、そこから再び彼の質問タイムに移るのだという。
ローニに言わせると、フラディメ国の料理は、大上王の好みだろうか、基本的に薄味で、まるで薬膳料理のようなメニューなのだという。研究と発表準備で忙しいところにきて、大上王の質問攻め、それに加えて、料理もあまり口に合わないときては、さすがのローニも爆発寸前のストレスを溜めるに至っていたのだ。メイはそんな不満は全く出さないが、ローニ曰く、メイもかなりストレスが溜まっているのだという。その指摘を受けて、メイのことを観察してみたが、そんな素振りは全く見られなかった。だが、その夜のメイは俺に抱き付いて離れず、恥ずかしそうに、ポソリポソリと呟きながら振舞う姿は、何とも言えずエロく、これはこれで俺はうれしいものだった。
だが、さすがに負担が大きいと判断した俺は早速、メインティア王に連絡を取り、大上王の食事会を回避してもらうよう依頼した。彼はそれを見越していたかの如くすぐに手を打ち、その日から大上王の食事会は無くなったのだった。
数日後、転移してきたメインティア王に俺は礼を言いながら、どんな方法を使ったのかを聞いてみた。彼はいつものように笑みを浮かべながら飄々と口を開いた。
「ああ、簡単だよ。父に息子のオンサールを会わせたのだ」
「え? それだけですか?」
「フフフ、私の睨んだとおりだったよ。父はオンサールを気に入ってね。今は彼と遊ぶのに夢中だ」
聞けば大上王は、オンサールと対面した際、その顔を見てニヤリと微笑んだのだという。アバタ面の厳めしい顔つきをした男が笑うのだ。それはそれは恐ろしい表情だったのだそうだ。だが、オンサールはそれに全くひるまず、泣くことはなかったのだという。さらに大上王は彼の近くまでやって来て、その顔をマジマジと観察したそうだが、そのときもオンサールは一切表情を変えることはなかったのだそうだ。
「……こう言っては失礼ですが、あの大上王に至近距離に近づかれたら、さすがの俺も泣いてしまうかもしれません。……オンサールは、偉いですね」
「そうだろう? 私は、父の側には5秒と一緒に居られないからね」
そう言って俺たちは笑いあった。聞けばその後、大上王は、何とオンサールの体にペタペタと触り、その後、さらに恐ろしげな笑顔を見せたというのだ。さすがにそのときばかりはメインティア王も背筋が凍える思いがしたらしい。
「あんな顔をした父は、初めて見たよ。よほどうれしかったんだろうね。それはそうさ。私の子供たちの中で、2歳の時の体は誰よりも大きかったからね。きっと将来、大きくなると思ったのだろう。父はその後、自分が護身用に身に付けていた短剣をオンサールに与えたのだからね。そこで、オンサールはどうしたと思う?」
「……わかりませんね」
「何と、その短剣を抜いたのだ」
「危ないじゃないですか!」
「彼はその刀身を見て不思議そうな顔をしていたよ。さすがに父も驚いて刀を取り上げて鞘にしまっていたがね。危ない、危ない、何て言いながら。あの怒鳴りつける父はどこにいったのやら」
そう言ってメインティア王はクックックと笑う。
「あ、それで、父はオンサールに家庭教師をつけることにしたんだ。だから、アガルタには三名の家庭教師を兼ねた家来が派遣される。おそらく君が来たときに、父から話があるはずだ。もちろん、彼らの費用は我が国で負担するから、心配しないでくれ。父は……三人を前にして、一人前に育てろ、ヘマをするなと命じたんだ。フッフッフおかしいじゃないか」
メインティア王は思い出し笑いをしながら、体を震わせている。俺はそんな様子を見ながら、三名もの人間が来るのであれば、今、オンサールとその母親のノレーンが住んでいる部屋では手狭になるために、もう一部屋空けなければならないかなと、そんなことに思いを馳せていた。
同じ頃、クリミアーナ教国の首都、アフロディーテでは、教皇たちの密談が行われていた。
教皇であるジュヴァンセル・セインを中心に、その隣にカッセルが座り、彼らの向かい側にはタナ王国国王のタナ・カーシ・ヴィルが座り、その両脇をタナ王国軍の幹部とみられる男たちが固めていた。
「なるほど。ヴィル殿らしいですね」
相変わらずニコニコと笑みを絶やさぬまま、優しい口調で話しかけているのは、教皇であるジュヴァンセルだ。彼はゆっくりと、自身の前に座る人たち一人一人に視線を向けながら、鷹揚に頷いている。
「タナ国王様の作戦、誠に見事かと思います。これで天道に従う者、背く者がはっきりとわかります」
カッセルが目を見開きながら、教皇に進言している。彼は視線をタナ国王に向け直し、さらに言葉を続ける。
「おそらく、隣国のサンダンジ国は、天道に背くでしょう。そうなれば、あなた方が侵攻して併呑する。そうなれば、フラディメ国も自ずと手に入る。タナ王国の悲願であった、ルルイエ大陸の統一が果たされることになりますね」
「いや、コトはそんなに簡単には運ばないでしょう」
「……そう仰りながら、既にサンダンジとフラディメの侵攻計画を立てているのではありませんか?」
カッセルのその言葉に、タナ国王たちがフフフと含み笑いを漏らす。
「とはいえ……」
ゆっくりと教皇が口を開く。全員が姿勢を正して、彼の言葉の続きを待つ。
「フラディメ国はお気の毒ですね。リボーン王……現在は大上王でしょうか? あのお方は、非常に学問を好まれるお方で、名君と呼んで差支えないお方です。そのお方のおわす国を亡ぼす算段を立てるとは……いささか気が引けますね」
その言葉に、カッセルが素早く反応する。
「確かに、リボーン大上王は名君と呼んで差支えない方と思います。ですが、現王のメインティア様は、暗愚以外の何物でもありません。我がクリミアーナには使い一つ寄こさず、信仰を怠り、日々、房事に励んでいるだけのお方ではありませんか。王のお子様方も、どうやら国をまとめていくだけの才覚を持ったお方はおいでにならぬ様子……。で、あれば、国の行く末は見えております。悪しき心を持った者に国を乗っ取られる前に、我らクリミアーナが救うのです。これも、主神様のお導きかと存じます」
「そうですね。カッセルの言う通りです。いけませんね、私も最近、耄碌したようです」
教皇はそう言いながら笑みを漏らす。それにつられる形で、部屋にいた全員の顔に笑みが浮かんでいた。
リノスの許に、フラディメ国での学会開催を差し止める教皇からの命令書が届いたのは、それから数日後のことだった。




