第三十二話 分かれ道
ルノアの森を抜けると、見えてきたのは緩やかな丘だった。秋も深まっており、すでに辺りは暗くなってきている。おそらく、クルルカンの住む群れまでは、約1日の登山が必要になる。さすがに夜間の登山は難しい。どうせ急ぐ旅ではないので、本日はここで野営をすることにする。
無限収納からジャガイモと玉ねぎ、カースシャロレーの肉、調味料を取り出す。今日は腕によりをかけた肉じゃがだ。森の中で採取したキノコを入れてみる。毒はないのでいけるはずだ。醤油がないが、塩で何とかしよう。日本酒ではないが、何か甘い酒があったのでそれをみりん代わりに使う。砂糖と酒を加えて最後に塩で味を調える。
その間、パンとサラダを用意する。卵が残り少なくなった。今日食べてしまおう。卵焼きをちゃっちゃと作る。
「グググァーグググァー」
「肉もー肉も―、と言っているでありますー」
肉好きのラースのために、昼に余った焼き肉を出してやる。塩で食べてるだけなのだが、本当においしい。魔力が肉を美味くするのか?機会があれば調べてみたい。
俺、ゴン、ラースで食卓を囲む。ラースの喰いっぷりは見ていて気持ちがいいくらいだ。嫌いなものはなく、なんでも食べる。おそらくこいつの味覚は、「大好き」か「好き」しかないのだろう。肉じゃがをペロリと食べ、お代わり。確かにおいしかったのだが、俺たちの分を食いつくす勢いで食べている。フライドポテトなどは皿にてんこ盛りに出したのを一口で食べてしまった。ゴンが恨めしそうな顔をしている。そんな顔しない。お兄ちゃんなんだから。
・・・またゴンに、フライドポテトをつくってあげよう。
食後のデザートは大学芋だ。こいつはゴンにもラースにも大好評で、ここ数日のデザートはいつもこれだ。焼き芋のようなものも作ってみたのだが、二人のリクエストはいつも大学芋だ。特にラースはカリッカリのものが大好きのようで、いつもそれをリクエストされる。
俺はぜんざいだ。やっぱりあんこはいい。小豆は動物の餌に使われているため、この世界ではとても安価で手に入る。もし、もち米が手に入るのであれば是非、おはぎを作ってみたい。
他人が食べているものは美味しく見えるらしい。ラースが寄ってきた。仕方なく少し上げると嬉しそうに食べている。一体こいつの胃袋はどうなっているんだ?
満腹になり、あとは寝るだけだ。イリモを傍に呼んで結界を張る。ドラゴンの生息地なので、ちょっといつもより厚めにしておく。
ラースはイリモの上に乗って遊んでいる。この旅の間に、この二人は随分仲良くなった。最初はちょっとビビっていたイリモだが、そこは姉の風格だろうか?見事にラースを操っている。ラースが手綱をもってイリモを走らせているが、イリモがラースを落ちないように気をつけて走っているのだ。小さいドラゴンがユニコーンペガサスに乗って疾駆している。シュールな光景である。見る人が見たら卒倒する光景なのだろう。カメラなどの映像を記録する装置がないのが悔やまれる。
さて、そろそろ寝ようかとなった時、俺のマップに反応があった。とんでもないスピードで山を下ってきている。その数5。おそらくドラゴンだろう。俺とゴンの間に緊張が走る。
マップにはこのドラゴンは黄色で表示されている。俺たちに危機感を持っている証拠だ。おそらくドラゴンの斥候部隊だろう。そう考えているとすぐに、ドラゴンは姿を現した。
・・・でかい。本当にでかいドラゴンだった。15メートルはあるだろうか。結界から漏れる薄明りに真っ赤な鱗が映える。おそらく、ククルカンだろう。
俺は立ち上がり、生活魔法のライトを出す。辺りが照らし出される。ドラゴンたちは丘の中腹に降り立っている。俺はラースの姿が見えるよう、ラースを抱っこする。
一匹のドラゴンが動いた。その瞬間、ものすごい咆哮が上がった。大地を揺るがす咆哮。耳がキーンとなる。
「ラース!といっているでありますー!!!!!!」
こんな状況でも通訳してくれるゴンが頼もしい。
おそらくラースの母龍で間違いないだろう。直ぐに俺たちの至近距離にやってきた。首の後ろに二枚の羽と背中に二枚の羽を持つドラゴン。ちょっと鑑定してみる。
ナキテス(ククルカン・304歳) LV54
HP:100024
MP:9654
風魔法 LV5
結界魔法 LV3
MP回復 LV3
気配探知 LV3
魔力探知 LV3
肉体強化 LV4
竜魔法 LV4
回避 LV4
教養 LV4
麻痺耐性 LV3
毒耐性 LV3
飛翔 LV4
天候支配
・・・さすがドラゴン、強い。全てのステータスが高いレベルになっている。ドラゴンは1000年生きると言われているが、このドラゴンはまだ、若い方なのだろう。人間で言うと30代か。
俺たちの至近距離にナキテスと表示されているドラゴンは降りてきた。
「ギャギャギャギャギャーー」
ラースが俺の腕を飛び出して、母龍のところに飛んで行った。母龍の顔の周りを飛び回るラース。本当にうれしそうだ。
「ゴウゴウゴウーグルルルル―」
雷鳴のような音が鳴る。母龍もラースとの再会を喜んでいるのだろう。
しばらくすると母龍は、クルリと尻尾を巻き付け、とぐろを巻くような形を作った。その真ん中に空いた穴にラースはすっぽり収まった。母親の背中にグリグリ、スリスリと顔を押し付けている。
「ゴウゥゥゥゥ。グゴゲガガガガー」
「子供を助けていただき、連れ帰ってくれたことに感謝する、と言っているでありますー」
よかった。本当によかった。
「このお礼は、後日改めてとも言っているでありますなー」
「ああ、それには及ばないと伝えてくれ。」
「これからどこに行くのだと聞いているでありますー」
「できるなら・・・この山を抜けて、ヒーデータ帝国のクシャナに向かいたい」
この山を突っ切るとクシャナなのだ。ここから一番近い町になる。
「ゴゴゴゴグォー」
「承知した。この辺りは我らが領域。他の領域の種にも、そなたらには手を出さぬよう言っておこう、と言っているでありますー」
「十分です。感謝します」
そんな母龍と会話していると、ラースがパタパタと俺のところに飛んできた。そして俺の胸にしがみついた。
「グルァ、グルァ」
「離れたくない、と言っているでありますー」
ラースの爪が食い込むほどの、強い力で俺の腕をつかんでいる。俺はラースを抱っこする。母龍が、すみません、と謝ってくる。
「いや、いいんですよ。小さいころはみんなこんなもんですから。ええ、ラースは確かに寂しがり屋で泣き虫ですが、結構強いところもあるんですよー」
そんな会話を母龍としていると、ラースが静かに寝息を立て始める。いつもこうすると、すぐに寝るのだ。
しかし、気が張っているせいか、ふっと目を開けて俺を見る。俺の姿を確認するとまた、ラースは俺の腕にしがみつく。
「ああ、大丈夫ですよ。ラースはすごかったんですよ?捕らわれても一切敵の言いなりにならなかったんです。そう、1週間も水も食料も与えられない中で。それどころか、その捕らわれている場所から全力で逃げようとしたんですよ」
再びラースの瞼が落ちていく。そして、寝息を立て始める。しばらくするとまた、ピクッと体が動き、再びラースが顔を上げる。俺の顔を確認して、また俺の腕にしがみつく。俺はラースをぎゅっと抱きしめる。
「ええ、私が見つけたとき、ラースは大怪我をしていました。・・・怪我は完全に治療しました。その後、一人で群れに帰ると言っていたのですが、さすがにそれでは危険なので・・・。いいえ、とんでもない。私たちこそ、とっても勉強になりました。途中、自分で大ネズミなんかを狩っていたんですよー」
ラースが安心したような顔をする。徐々に瞼が落ち、そしてまた寝息を立て始める。しばらくするとラースの体が重くなった。熟睡したのだ。
俺はラースを再び母龍のとぐろの中に返した。とても幸せそうな顔をしている。俺は知っていた。寝ているときに、何度も「ママ、ママ」と寝言を言うラースを。やっと、やっと、大好きなママに会えたのだ。よかったな、ラース。
幸せな顔をしているラースの顔をイリモがチラリと舐めた。これまでいい遊び相手であり、いいお姉さんだったものな。イリモも喜んでいるみたいだ。
「では、そろそろ。と言っているでありますー」
ラースを抱えたまま母龍はゆっくりと空に浮き上がった。そしてそのまま遠くの空に消え、その他のドラゴンも、その後を追うように飛んでいった。
ラース、よかったな。きっとお前は立派なドラゴンになる。できるだけ長生きをして、ラースの雄姿を見たいなと思いながら俺は、ゴンを背中に乗せ、イリモの上に跨った。
今宵一晩をかけて、この山を突っ切る。目指すはヒーデータ帝国だ。




