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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十一章 釣り狐編
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第三百十一話  試練の道行

「……そうか、わかった。引き続き、監視し続けてくれ」


俺は執務室で、目を閉じながら念話を飛ばす。つい今しがた、サツキとオージンが都に向かってシェトラから出発したと念話があったのだ。それと時を同じくして、ガルビーのルファナ王女からも、都に向けて出発すると連絡があったばかりだった。母親のサルファーテ女王が衰弱しており、途中のミーダイ国の町衆が住む村で一泊した後、都に向かうのだという。


本来ならば、ガルビーで体力の回復を待って都に移動すればいいのだが、それは女王が頑として拒否し、一刻も早く都に向かいたいと、たって希望されたのだ。それならば、ポーセハイたちに頼んで転移してくれれば事は済むのだが、それはそれで女王のプライドが許さないのだそうだ。転移術はポーセハイの専売特許で、人族が習得するのはとても困難だ。どうやら女王は自分よりスキルの高い魔法を見るのがイヤらしい。もう、この段階でかなりややこしい人であることがわかり、俺はまた新たな厄介ごとを引き寄せてしまったのではと、内心ビクビクしているのだ。


俺は気分を替えようと、再び目を閉じながら腕を組んで考える。サツキとオージンの裏には間違いなくヘイズが動いているだろう。だが、ヤツがあの二人の傍に居るとは考えにくい。そこまでバレバレの動きをするとは思えない。だが、確実にヤツは何かを企んでいる。目的は……リコだろう。ヤツはリコを手に入れるために、今回はかなり緻密な作戦を計画したに違いない。もし、俺がヘイズの立場であれば……。俺は天を仰ぎながら、頭の中をフル回転させる。



「……ふあぁぁぁ……ぐふっ!」


口を大きく開けたまま、白目を剥いて悶絶しているのは、ゴンだった。その彼の傍には、ドラム缶のような体格を持ち、まるで白粉を塗ったかのような真っ白い顔をした者が控えていた。


「あくびしながら後をつけたらアカンが!」


そんな言葉と共に、まるで鈍器で殴られたかのような鈍い音が数発鳴り響く。たまらずゴンは飛び跳ねるようにして、数歩後ろに下がる。


「吾輩の急所ばかりを狙って……ぐふっ!」


「声、大きいがっ」


ゴンは脇腹を突かれて、突っ伏すようにして倒れる。彼は歯を食いしばりながら、目の前の巨体を睨みつけている。


正直、あまりの展開の速さに頭が付いていけていない。アガルタの娼館で遊んでいたところに、いきなり踏み込まれた。いや、踏み込まれただけならまだいい。そのとき、気を失うまでブン殴られたのだ。


実に納得いかない仕打ちだ。別に悪いことをしているわけではない。しかもこの日は仕事で来ている。ミーダイ国の帝様を連れ、そのエスコートとして来ていたのだ。彼が人と会っている間、さすがにそこに同席するわけにはいかない。仕方がないので、この娼館の女将に勧められるままに別室で待機していただけなのだ。


確かに、そこには10人の娼婦がいた。だがそれは、この娼館に居れば、必ずついて来るものなのだ。まさか、彼女らと無言でいる訳にもいかない。せっかくなので、皆で遊ぼうという話になり、部屋に豆腐を敷き詰めて、そこを水田に見立てて娼婦に田植えをさせていたにすぎない。踏み込んできたフェリスとルアラに、娼婦たちに下着を着けずにそれをさせていたことを咎められたが、それはこの店のルールであり、何もゴン自身が企画・実施したわけではない。確かにアイデアは出した。だが、実際にやったのは娼婦たちの判断だ。自分が命じたわけではない。


そんな楽しい遊びを邪魔され、殴られ、そして、気が付けばおひいさまの屋敷に放り込まれていた。そこでは千枝・左枝という鬼よりも怖い女官が控えており、その二人に、口ではとても言えない恥ずかしいお仕置きを食らわされた。この二人からのお仕置きは数度目になるが、その都度レベルが上がっている。二人は変態だの下衆だのと罵るが、ゴンから言わせると、次から次へと飽きることなく残酷なお仕置きを思いつくこの女官たちこそ、筋金入りの変態だと思う。だが、今回は本当に参った。あと一息で、おひいさまの眷属を辞めると言いそうになった。


しかし、相手もさる者で、そのギリギリのところで手を止めるのだ。そして、この苦しみから逃れたいのであれば、アガルタのシェトラに行き、ある人物を監視せよとの取引を持ち掛けてきた。ゴンも男だ。そんなことをおいそれと受ければ、この変態女官の軍門に下るようなものだ。これでもアガルタ王・リノスの右腕にして、なくてはならない存在であるという自負はある。ええそうですか、助かりましたと受け入れるわけにはいかなかった。


そんなゴンの思いは一瞬で打ち砕かれた。この女官たちは、ゴンがこれまで秘密にしていたプライベートの情報を的確に掴んでいたのだ。これはいけない。これをバラされれば、自分はリノス家には居られなくなる。間違いなく、奥方のリコ殿以下、全ての家族からの信頼を失うだろう。それだけは絶対に避けねばならなかった。


彼は仕方なくその命令に従うことにした。そして、シェトラに向かおうとしたそのとき、監視を付けるという声と共に、ドラム缶のような体躯をした者が目の前に現れた。玉ノ井と名乗る、おひいさま付きの女官だが、実に恐ろしい女官だった。何せ、その体躯の通り、ものすごいパワーの持ち主なのだ。無理やり手を取られて握手をされたのだが、その握力たるや、あまりの痛さにゴンは声を出すことすらできなかった。彼女はその体躯に似ず、気配を完全に消すこともできると同時に、その姿を隠すこともできる、優秀な隠密スキルを身に付けていた。ゴンは無理やり、その女官と共に、シェトラにおいて見張りの任務に就いたのだった。


尾行の対象は、二人の女性であり、そのうちの一人はまだ少女だった。二人はまるで姉妹のようにベッタリと寄り添いながら、行動を共にしていた。基本的に動くのは年上の女性で、少女は基本的に無言、そして、無表情であった。ドーキからの引継ぎでは、オージンという少女はお転婆で、気に入らないことがあると大声で叫ぶから注意せよとあったが、この様子を見る限り、そんな雰囲気は微塵も感じられなかった。一方、サツキという女性は、空間魔法の使い手であり、毒舌で嫌味な人物とのことだったが、その彼女は朗らかに応対しており、それもゴンとしては意外だった。


二人は準備を整えて宿屋を出発し、真っすぐにアガルタの都に向かって歩いていた。シェトラからの道中はいくつかの森を抜けるルートだ。ゴンたちは、彼女らと共に都に向かう旅人たちや、森の木々の間に巧みにその身を隠しつつ、二人の後を追った。何より、この二人には妖狐・ヘイズがついていると言われており、ゴンとしてもかなり神経を使いながらの旅路だった。だが、玉ノ井はそんな彼の緊張をよそに、飄々とした表情で事も無げにこんな言葉を呟いた。


「ヘイズはおらんよって、安心したらええが」


一体何を根拠に……と、ゴンは開いた口が塞がらなかった。しかし、彼女は絶対の自信があるらしい。彼はその言葉を心にとめつつ、それでも、緊張をしながら旅を続けた。


この旅の最も困難だった点は、この玉ノ井だった。少しでも気配を消すことを怠ると、すぐにボディーに凄まじい衝撃が走る。その高速ボディーブローは最後の最後までゴンを苦しめ続けたのだった。


尾行すること丸一日。二人は女性とは思えぬほどの健脚ぶりで、食事を摂らないばかりか、全く休憩を取らずに歩き続け、陽が落ちる頃にはアガルタの都に到着したのだった。道中、二人は全く会話をしている素振りがなく、ただ淡々と歩き続けるという実に不気味な道行だった。そして、都の宿屋に入り、その体を休めたのだった。


ゴンはその顛末を玉ノ井と共にリノスに報告し、その後、スイッチが切れるかの如く、彼の執務室の床に倒れ伏したのだった。

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