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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
間 話 コンシディーの勘違い
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第二百九十六話 「のむう」使う

「う~ん」


天を仰ぎながら唸っているのは、リノスの妻の一人であるコンシディーだ。彼女は愛娘のピアトリスを抱っこしながら、眉間に刻めない皺を刻んでいる。一見すると、何やら子育てのことで悩んでいるように見えるが、実はそうではない。ピアトリスは母親の腕の中でスヤスヤと寝息を立てており、その表情は幸せそのものだ。


シディーは朝からずっと考え続けていた。リノスが言った一言が、どうしても気になっていたのだ。それは今朝、リノスとゴンとが話をしているときに、たまたま小耳にはさんだ、こんな言葉だった。


「やっぱり悪いヤツといえば、のむう使うだろ?」


「のむう」という言葉は初めて聞く言葉だ。普段であれば、わからない言葉があったとしても、直感的に言葉の意味を思いつくことができていたが、今回はそれが全く働かない。これまでの人生の中で学んだ、ありとあらゆる知識を総動員してみるが、「のむう」という言葉には全く心当りはないし、当然、見たこともない。


こんなことはリノスに聞けばすぐに解決するのだろうが、あいにく彼はアガルタに行ってしまった。まさか、政務中のリノスの所に行って、「のむうとは何でしょうか?」などと聞けるわけもない。自分はそんな空気の読めない女ではない。


リノス様のお帰りを待って、聞いてみよう……。一度は自分にそう言い聞かせてみたものの、やはり気になる。気にしないでおこうと思えば思うほど、気になる。今や彼女は、体の細胞の一つ一つから、「のむう」とは何かを解明せよ、という信号を送られているような感覚に囚われていた。


ヒントは、リノスの言っていた、「のむう」は悪いヤツが使うということ。ということは、盗賊の類が使うもののようだ。盗賊は何を使うのか……。ねじ回し、針金……糸鋸のようなもの……いろいろな道具が頭の中を駆け巡るが、これというものは思いつかない。そんなことを考えていると、ズキズキと頭が痛くなってきた。シディーはピアトリスをベッドに寝かせ、愛おしそうに顔を撫でながら、毛布をかぶせてやる。


「……まあ、どうしましたの?」


こめかみをグリグリと指で押さえながらダイニングに降りると、リコがその様子に気付いて、声をかけてきた。シディーは大丈夫ですと言ってはみたが、リコの眼はごまかせなかった。


「大丈夫? 無理をしてはいけませんわ。少し横になっていなさいな」


「いえ、大丈夫です。本当に大丈夫ですから」


「かあたーん、あちょぼー」


「あちょぼーあちょぼー」


シディーの姿を見つけるや、エリルとアリリアが遊んでくれとせがんでくる。ここ最近、二人はずいぶんと話す言葉も多くなってきた。そんな様子をかわいいと思いながら、シディーは二人と手をつなぐ。この子たちと遊べば、気もまぎれる。しかし、頭痛は簡単には収まらず、彼女の頭を痛めつける。


「ツツツ……」


「かあたーん、だいじょーぶー?」


「大丈夫よー」


「無理はいけませんわ、シディー。ここに居るとエリルやアリリアがどうしても遊んでと言ってきますわ。この子たちとピアトリスは私が見ていますから、あなたはメイの所で薬をもらって来るといいですわ」


「でも……」


「大丈夫、行ってらっしゃいな」


そこまで言うとリコはフェアリを呼び、エリルとアリリアと遊んであげるように命じた。シディーはその気遣いに感謝しつつ、メイの研究所に転移したのだった。



「……ありがとう、メイちゃん。ずいぶんと楽になったわ」


シディーはゆっくりと湯飲みをテーブルに置いた。その様子をメイは優しい笑顔で見守っている。


「よかった。シディーちゃんは根を詰めすぎると頭痛が起こるから、あまり無理しないでくださいね」


「うん、ありがとう」


シディーにとってメイは、姉のようであり、親友のような存在だ。同じドワーフの血が流れていることもあるが、何となく、彼女と話をしていると、落ち着くのだ。リノス家に嫁いできてから緊張の連続だったシディーを、陰になり日向になり支えてくれたのはメイであり、本来は彼女に対しては敬わねばならないのだが、メイの敬語は使わないで下さいという言葉に甘えて、今では友達のように甘えてしまっているのだ。


「あの……メイちゃん、知っていたらでいいんだけど、教えてくれないかな?」


「ええ、私でよければ何でも」


「のむう、って知ってる?」


「のむう?」


メイの両目が天井を向いている。これはメイが本当に知らないときに見せる表情だ。


「あのね、今朝リノス様がゴンさんと話をしていたときに仰っていたのよ。悪いヤツはのむうを使うって」


「悪い人が……」


「そうなの。何かを使って悪いことをするのであれば、盗賊よね? 盗賊が使うものって何? って考えると、色々なものが思い当たるのよね。そんなことを考えていたら、頭が痛くなっちゃって……」


「なるほど。うん、確かにそうですね。盗賊……。子供の頃、昔話で聞いたことがあるのですが、もしかするとそれは、クロスオーバーの鍵のことではないでしょうか?」


「クロスオーバーの鍵?」


「別名、究極の鍵と呼ばれるマジックアイテムです。どんな複雑な形状にも形を変えられる鍵で、その昔、大盗賊がそれを使って世界の宝物庫を荒らしまわったのだとか……。でもそれは、神の怒りに触れて海中深く沈められたと言われています。もしかして、それのことでしょうか?」


シディーは人差し指を顎の下に当て、天を仰ぎながらしばらく考える。そして、視線をメイに戻し、ゆっくりと口を開いた。


「うん、きっと、それね。メイちゃんありがとう。助かったわ。きっと、そのクロスオーバーの鍵を使って荒らしまわる盗賊が現れたのかもしれないわ」


「それは大変ですね! 何かの対策を行わないと、アガルタの宝物庫も危ないです」


「確かに……。うん、それは私が何とかするわ」


「え? シディーちゃんが?」


「ドワーフの工房に話をしてみるわ。あと、ニザの父や兄にも相談してみるわ。そして、クロスオーバーの鍵でも破られない鍵を開発して見せるわ。私たちドワーフができないことなど、ないはずなのよ!」


シディーはそう言うと、メイに丁寧に礼を言って帝都の屋敷に帰っていった。


その夜、シディーはリノスの寝室に向かった。


ベッドの上で彼女はリノスの両手を力強く握り、目をカッと見開いて、まるで宣言をするかのように堂々と口を開いた。


「リノス様、ご安心ください。何とかなりそうです」


「え……? 何が?」


「アガルタの宝物庫は盤石です。のむうを使っても開かない鍵は作れそうです! 父や兄に相談しましたら、何とかなると言ってくれました。楽しみに待っていてください!」


「ちょっと待て、何の話だ? のむう? 何だそれ?」


「ほら、今朝、ゴンさんと二人でお話していたではないですか」


「ゴンと?」


「悪いヤツはのむうを使うと」


「悪いヤツ? ……ああ、それってもしかしたら、『のむう使う』じゃなくて、『飲む・打つ・買う』のことじゃないのか?」


「え?」


「悪いヤツは、飲む・打つ・買うの三拍子が揃っている……みたいな話をゴンとしていたんだ。きっとそのことだな?」


「え……? 私……もしかして……」


「どうした?」


シディーはリノスの話を聞いて勘違いしてしまったこと、メイと相談した結果、それはクロスオーバーの鍵と考えたこと、それを防ぐ鍵をドワーフ王を始め、一族全員で開発することになったことなどを恥ずかしそうに話した。


リノスは腹を抱えて爆笑していた。よくもそこまで考えたものだと言って、大笑いしていた。シディーは顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな顔をしながら、小さな声で呟く。


「私……どうしよう……?」


「いや、そのままでいいよ」


「どういうことでしょうか?」


「誰にも破られない鍵ができるなんて素敵じゃないか。将来的に人の役に立つ物が出来上がるのなら、大成功じゃないか。そんなに気に病むことはない。もし、何か文句を言われるようなことがあれば、俺が謝ってやる。シディーは何も気にすることはない」


「あっ、ありがとうございますぅぅぅぅ」


シディーはリノスの胸の中で泣いた。彼はその小さな背中を、いつまでも優しく撫でてくれた。彼女はリノスの体の温もりに包まれながら、この人を死ぬまで愛し続けていこうと固く心に誓うのだった……。

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