第二百九十五話 捲土重来
「なぜクワンパック様は動かれないのですか?」
チワンが呆れたような声を出している。イッカクはふうと小さいため息をついている。そのとき、帝様が寂しそうな表情を浮かべながら口を開く。
「おそらく、宝物と共に死ぬ気なのであろう」
「さにあらず」
「どういうことだえ、イッカク?」
「美しさに見惚れて候」
「何?」
「動くこと能わず」
帝様はイッカクの言うことがいまいちよくわからないと言った表情で、頬をポリポリと掻いている。
「帝様、もうクワンパック様は放っておきませんか?」
チワンが見かねて口を開いている。それに対して帝様は、ゆっくりと首を振った。
「いや。彼の者を放っておくと危ない。彼の者は魔吸石を作ることができるのじゃ」
そこまで言うと彼は、小さな声で呟いた。
「イッカク。無理にでも連れて参れ。非常なる手段を取ることも、さし許す」
「あの帝様、俺が行きましょうか?」
「そこもとが? 策はあるのかえ?」
「ええまあ」
クワンパックがどのような男かは知らないが、おひいさまから貰った空間魔法の中に閉じ込めてしまえばいいのだ。何度かの練習と調査の末、空間魔法の使い方がある程度はわかったのだ。イッカクにド突き廻されてやって来て、後で問題を起こされてもかなわない。最悪、どうしようもない男であるならば、どこかに閉じ込めておけばいい。俺が行けば、穏便に事が済むと思ったのだ。
「……では、そこもとには、本当に、本当に世話になる」
「ああ、気にしないでください」
「したが……マロの口からいうのは何じゃが……彼の者は、なかなかの変わり者じゃぞよ」
「大丈夫です。俺も、怒っている人や珍しい人を見ると面白いと思ってしまう変態なので」
「……そこもとならば、上手くやれそうじゃの」
クワンパック家はドーキが知っているとのことだったため、彼とチワンと俺、そして帝様がキュアライトを護衛に付けてくれた。俺のスキルでは特に護衛は必要ないのだが、帝様はどうしても連れて行け、そこもとに怪我でもされたらかなわぬと言って譲らなかった。仕方なく俺たちは、苦笑いを浮かべながらクワンパック家に転移したのだった。
屋敷に着いてすぐ、大きな門が見えた。門は固く閉ざされているように見えたが、試しに押してみると簡単に開けることができた。そして、そのまま屋敷の中に入ったものの、人の気配は一切なく、俺のごめんくださいの声がむなしく響き渡っていた。
屋敷の中は真っ暗だった。俺はライトの魔法を唱えて周囲を明るくする。そして、気配探知を使うと……いた。一部屋に数十人の人間が集まっているようだ。俺はそこに向けてしずしずと歩き出した。
……実に広大な屋敷だった。よくは見えなかったが、どうやら庭には滝があるようで、水が落ちる音が闇の中に響き渡っていた。10分ほども歩いただろうか。俺たちはようやく、人の気配が集まっている部屋にたどり着いた。
「あの……ごめんください」
部屋に入ると、何故か全員が俺に背を向けている。何度か呼び掛けてみるが、誰も俺の声に反応しない。一体何事かと俺たちは顔を見合わせていると、いきなり甲高い声で怒号が聞こえてきた。
「ボンクラぁ! 消しゃ! 消しゃぁ!」
声のした方向に視線を向けるが、姿が確認できない。戸惑っていると、闇の中から人をかき分けながらやって来る人影が見えた。
「無粋なことをするな! 明かりを消しゃ!」
「……クワンパック公」
キュアライトが小さく呟く。どうやらこのキレ廻している小柄なオッサンがクワンパック本人らしい。よくみるとやはり、どことなく帝様に似ている。しかし、その目つきや雰囲気からは何とはない狂気を感じさせる。
「明かりを消せと言うているやないか!」
いきなり俺の掌の上にあったライトを消してしまった。彼はスッと踵を返して、再びどこかに行ってしまった。俺たちはあっけに取られてしまい、しばらくは口を利くことができなかった。だがその直後、先程のクワンパックの絶叫にも似た声が突然俺たちの耳に聞こえてきた。
「ステキやん! やっぱステキやん!」
一体何だと思いながら、声のする方向に俺たちも行ってみる。かなり多くの人がひしめいているようだが、彼らはどうやらこの家に仕えている人々のようであり、この狂気を帯びた主人の振る舞いを、固唾を呑んで見守っているようだった。
クワンパックは庭に居た。そこには上空から一筋の光が池に向かって差し込んでいた。どうやら、結界の上に堆積している岩の間から、奇跡的に光が届いているようだ。
「闇の中に一筋の光。その周囲にほのかに見える埃や塵……。それらが何とも言えぬ模様を浮かび上がらせておる……。刻一刻とその姿を変える模様……。二度とは同じ姿を見せぬこの世界……ステキやん! ステキやん!」
……何やら、詫び・さびの境地に達しているような言い方だ。どうやらこのままでは完全に埒があかないと判断した俺は、一瞬にして特大のライトを出して周囲を明るくする。
「何するのや! ……って、うおっ! 我が丹精込めた庭がこのように……ステキやん! ステキ……」
俺は黙って彼を結界に閉じ込め、そのまま眠りにつかせた。そして、あまりの光景に目を見開いて驚いているクワンパック家の人々に向かって声をかける。
「はい、皆さん避難しますよ~。もうこの国にいるのはあなた方だけです。ここは危険です。空は岩で覆われていますので。これから、アガルタという国に皆さんをご案内します。大丈夫です。いい国だという自負はあります。いずれ安全が確認されましたら、この国に戻ってくることも出来ますので、まずは皆さん、身の回りの物を……持っている? あ、避難しようとしていてここに集まったけれど、このオッサ……いや、クワンパック様が動かれなかった? それはそれは、皆さんご苦労様でございました。それでは、避難しましょうか」
念のため、気配探知でこの屋敷を探ってみると、別の場所に数名がいるようだ。この人たちも救わねばならないが、まずはここに居る人たちを避難させようということで、俺たちは彼らをアガルタに転移させた。
そして、再びクワンパック家の屋敷に戻り、取り残された人々の救出に向かう。どうやらそこは、女性たちが住む部屋のようで、他の部屋にはない煌びやかな趣があった。そしてその突き当りの部屋に、三人の人間がいるようだ。マップを見る限り盗賊の類ではなさそうだが、俺は注意深く部屋の襖を開けた。
……そこに居たのは、ハーギ、ゼザ、シロンの三人だった。俺の姿を見た瞬間、ゼザが早口にまくしたててくる。
「またか! 我々は動かんと言っておるだろう! 何回言えばわかるのだ! 察しの悪い! そうか、お館様に言われたのだな? しかし、お館様の命令でも動けん! な! わかるであろう? そうか、わかったか。よい子じゃ」
「ゼザ、待て! その男は! 貴様~!」
ハーギがいきなり刀を抜いて俺に斬りかかってきた。俺は手刀で彼女の剣を叩き折る。ハーギは信じられないという表情を浮かべながら、刀を構えた姿勢のまま、壁に向かって吹っ飛んでいった。
「無礼者……」
キュアライトが手をかざしている。どうやら俺が刀を叩き折ったと同時に、衝撃波を繰り出していたようだ。あまりの光景に、シロンは目を白黒させて、どうしていいのかわからないといった表情を浮かべている。そんな中、ゼザが口を開く。
「……オワラ衆!? そうか! 帝様の命令か! 我らの命を奪いに来たのだな! 我々を、ドン、バン、バサッ、ギリギリ、ドスッ、ボン、ガンガンパリン、ジュシュ~ドワッとして、ダリダリ、ばあーんの、がーんで、ずわっしゃぁぁぁぁ~と」
「うるせえよ」
俺は瞬間的にゼザに結界を張り、彼女を眠らせた。どうやらハーギは先ほどの衝撃波で気絶しているようなので、コイツは放っておくことにする。俺はシロンの許に行き、しゃがみ込みながら彼女に尋ねる。
「なぜ、ここに居たんだ?」
「あの……ん……その……オージン様が」
「オージンはタナ王国に行ってしまったぞ?」
「帰って来るかも……だから……みんなで……待つ……」
シロンの眼から涙が溢れて来ていた。どうやらここはオージンの部屋らしい。彼女たちはオージンが戻ってくるかもしれないと考えて、この部屋を守ろうとしていたようだ。
「大丈夫。別に今すぐこの屋敷が無くなるわけじゃない。まずは皆で、安全な場所に避難しよう。死んじゃったら、オージンに会えないだろ?」
俺のその言葉に、シロンはポロポロと涙を流しながら、コクリと頷いた。
「……全て終わりました」
彼女たちをアガルタに送り届けてすぐに、俺たちは帝様の許に転移していた。彼はほっとしたような表情を浮かべながら、俺に深々と頭を下げた。
「帝様と皇后さまは、アガルタの迎賓館にご案内します。皇后さまのお体のこともありますから……」
「すまぬ。この礼は、幾年かかろうとも……」
「ええ。楽しみにしています」
そう言って俺たちは笑顔を交わし合った。そんな中、ドーキがそろそろ行きましょうかと声をかけてくる。俺は帝様たちに目配せをして、転移しましょうかと促す。彼はニコリと笑みを浮かべたが、何かを思い出したかのように、フラフラと縁側に出ていった。そして、まるで別れを惜しむかのように、ゆっくりと御所を見廻した。
「帝様……」
ドーキが傍に行こうとしたが、俺はそれを手で制した。よく見ると、彼の肩が小刻みに震えていたのだ。
「……お父様……お母様……申し訳……申し訳ありません……」
彼は、声を震わせながら頭を下げていた。俺たちはただ、その後姿を、黙って見ている他はなかった。
ミーダイ国編、取りあえず完結です。1本間話を挟んで、新章に移ります。内容は、リノスと妖狐・ヘイズの戦いになる予定です!




