第二百八十六話 教えて、先生!
おひいさまの屋敷に着くとすぐ、目の前の大きな門が静かに開いていく。いつ来ても、この門は自動で開く。一体どんな仕掛けなのだろうかと不思議に思いながら中に入ると、お馴染みの女官が控えていた。そして、俺たちは彼女の案内でおひいさまの部屋に通される。
「魔法陣とは……懐かしいのぅ」
そこまで言うと、彼女はじっと俺を見つめている。尻尾がゆらゆらと揺れているところを見ると、ご機嫌は麗しいようだ。でも、なぜ黙っているのだろうか? 俺はおひいさまから視線を外すことなく、次の言葉を待つ。
「……ご主人、ご主人」
俺の背中をゴンがつついてくる。どうやら早くお土産を出せ、ということらしい。俺はオホンと咳払いをして、無限収納からお土産を出していく。
「……失礼ながら本日も貢物を持ってきました。今回は新たに、きなこ餅を作ってみました。気に入っていただけるとうれしいのですが……」
「はっ? ほ、ほほう、きなこ餅とは……苦しゅうない。苦しゅうないぞよ」
目が完全に一点に集中している。目の前に置かれた巨大な箱の中身が気になって仕方がないようだ。どうやら、いつもは部屋に入るなりお土産を出していたので、今回はどうしたことかと気を揉んでいたようだ。俺はきなこ餅が入った箱を彼女の傍に持っていき、蓋を開ける。
「おお、何と……初めて見るものじゃわえ」
おひいさまは目を輝かせている。餅の上に砂糖を混ぜたきなこを振りかけているだけなのだが、実はちょっとした俺の自信作だ。ドーキの店から分けてもらった餅を使い、きな粉と砂糖の絶妙な配合を研究した、とても上品な味に仕上がっている。きっと、気に入ってくれるはずだ。
「ところで……あんこは……ないのかぇ?」
「ご安心ください。持参しております。今回もおはぎを持ってきました。また、カステラと妻が作りましたケーキも持参しております」
「うむうむ、苦しゅうない。そなたはほんに気の利く男じゃ。これ、そなたも妾の眷属なれば、このくらいの気遣いをせよ! 手ぶらで来おってからに……」
おひいさまは目を細めて喜びながら、ゴンに対してはブツブツと小言を言っている。彼もそれを受けて、ヘヘェ~と平伏している。
「うむ、魔法陣と空間魔法じゃな。よしよし、教えてやるほどに、まずはサンディーユに聞くがよい。あの者に聞いてわからぬ所があれば、妾が教えて進ぜよう。あ奴は別棟に居るはずじゃ。妾からそなたたちのことは伝えておくほどに、早ぅ行って聞いてみるがよい」
教えてくれへんのかいっ! と突っ込みを入れそうになるが、よく考えてみると、彼女は、一刻も早くきなこ餅が食べたいのだろう。俺はその気持ちを察して、一旦部屋から退出する。さて、サンディーユが居るという別棟はどこかと探していると、部屋の中から奇妙な声が聞こえてきた。
「むひょー。旨しっ! 旨しっ! これ、千枝! 何じゃその手は? やらん! やらぬぞ! 左枝! 勝手に妾のケーキを食すでない! めっ! めっ!」
俺は苦笑いを浮かべながら、別棟に通じる渡り廊下を歩いていく。しばらくすると、突き当りに大きな建物が見えた。どうやらあそこにサンディーユが居るらしい。目の前の障子をゆっくりと開けると、そこには、きちんと端座してはいるが、コックリコックリと居眠りをするサンディーユの姿があった。さて、どうしよう。起こすのも可哀想だと思っていると、フッと彼の眼が開かれ、俺と目が合った。
「あっ、おひさ……」
「曲者じゃ! 出会え!」
「ちょっとちょっと!」
俺は必死で彼に自分自身をアピールする。
「……オホン、いきなりであったので、驚いたわ。……で、儂に何の用じゃ?」
……ものすごく迷惑そうな顔をしている。察するに、全然おひいさまからの情報連携ができていないようだ。まあ、それは何となく想定されていたことではあるのだが。俺はおひいさまと交わした話についてサンディーユに語る。すると彼は、ううむ……と腕組をして考え込んでしまった。
「いやなに、空間魔法と魔法陣とはな……。魔法陣とは懐かしい言葉じゃ。だが、解せんな。空間魔法のことまでも自ら教えず、儂に聞けと言われるとは……。空間魔法ならば儂よりおひいさまの方が詳しいはずじゃ。なぜなら儂は、空間魔法は使えぬが、おひいさまはLV4のスキルを持っておる。何故儂に……?」
……一刻も早くお土産を食べたかったのでしょうね。俺は一人で納得しつつ、気を取り直してサンディーユに尋ねる。
「わかりました。空間魔法についてはおひいさまに聞くとして、魔法陣について教えていただけませんか?」
「魔法陣のスキルはかなり前に滅びている。いやなに、用途は多様だったのじゃが、その紋様を描くのがかなり複雑なのじゃ。一か所でも間違うと魔法陣は機能せぬでな。それゆえ、そのスキルを取得しようとする者が少なく、結果的に滅びてしまったというわけじゃ」
「その魔法陣は、どのような効果があったのですか?」
「主な効果は、転移、召喚、結界じゃ。ただし、複雑で難解な魔法陣に加えて、召喚は膨大な魔力が必要になる。転移は転移元と転移先に同じ魔法陣があれば機能する。結界は魔法陣の中の者を守るというものじゃ。どちらにせよ、使い勝手は悪い」
「なるほど、その召喚というのは、例えば俺の魔力を使うと、どのような者が召喚できますか?」
「うむむ……そなたほどの魔力を持った者など、古今東西聞いたことはないのでな。しかとしたことまでは言えぬが……。この世に害をなす大いなる災厄を召喚する可能性もあるな。だが、今はその紋様も滅びてしまっておる。ついこの間まで……とは言っても、200年ほど前だが、エルフが魔法陣を使っておった。だが、今はどうしておるのやら……」
「エルフ? エルフってあの、耳の長い? どこか森の奥に住んでいるという?」
「森の奥? 何を言っているのじゃ? エルフと言うのは、山の上に住んでいるに決まっているではないか」
サンディーユが目を見開いている。俺、そんな頓狂なことを言ったか? 俺が読んだラノベでは基本的にそんな感じだったのだが、どうやらこの世界では違うらしい。
「ご主人、エルフと言うのは、世界で一番高い山と言われる、フィルコン山脈に住んでいる者たちでありますー。氷に閉ざされた世界と言われていて、あまりに過酷な環境のために、近づくことさえできぬのでありますー」
「何でまた、そんな過酷なところに住んでいるんだ?」
「エルフは今より700年ほど前に、下界との交わりを断ったのじゃ。清らかな空気と水を求めて山に住まいを求めてな。詳しいことは儂にもよく分らんが、気が付けば世界中にあったエルフの里が、ある日を境に忽然と消えていたのじゃ。あのときは儂も大いに驚いたものじゃ」
サンディーユは腕を組みながら懐かしそうに頷いている。
「して、その魔法陣という古のスキルに、そなたは何故執心しているのじゃ?」
「サンディーユ様、実は先日、ミーダイ国で魔吸石4つとプリルの石、空間魔法の使い手が攫われた事件があったのです。その犯人はどうやら、黒い棒のようなものを使って魔法陣を描き、石を盗み出した可能性があるのです。それに、空間魔法の使い手を連れ去っていきました……。これを世界の危機と言う者もおりまして……」
「何っ! なぜそれを早く言わん! こうしてはおれん」
サンディーユはいそいそと立ち上がる。俺は一体どうしたことだと尋ねると、彼は目を大きく見開いて、大声で口を開いた。
「黒い棒で魔法陣を描いたと申したな! それはまさしくエルフが秘蔵しておった宝物、ラトギスの杖。少ない魔力で魔法陣を作ることが出来る代物じゃ。およそ500年前に盗まれたと聞いておったが、まさかここでその名を聞こうとは! おひいさまに報告致さねば。少々中座するぞ」
そう言ってサンディーユは足早に部屋を後にしていった。ちょうどいい、俺たちも彼の後を追いかけて、魔法陣の話と空間魔法の話を教えてもらおう。俺はゴンと顔を見合わせては立ち上がり、サンディーユの後を追いかけるのだった……。




