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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十章 ミーダイ国編
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第二百八十一話 閉門はツライよ

ミーダイ国の帝が住む御所の北西に、広大な屋敷が広がっている。国を二分する大乱があったにもかかわらず、その屋敷は比較的被害が少なかったために、その佇まいは昔からの風情を残したままになっていた。言うまでもなくここは、ミーダイ国の宰相を務めるクワンパック家の屋敷であり、オージンやサツキもここに住んでいる。


帝から閉門を命じられた二人は、屋敷に帰るとすぐさま自室に軟禁された。この国での閉門という罰は、かなり重い罰の部類に入る。部屋の中では自由に過ごすことができるのだが、外に出ることは禁じられる。中には、小さなオマルが運び込まれ、用も部屋の中で足すことになっている。汚物に関しては、食事を運び込むときに処理されるが、それでも、部屋の中は臭気で満たされることになるために、環境としては劣悪だ。風呂も週に2回と制限され、それも小さな盥を部屋に運び込んで、行水のような形で行われる。言わば彼女たちは、自宅にいながら、ほぼ牢獄に入れられたのと同じ生活を強いられるのだ。


この環境にオージンは、わずか数時間で音を上げた。これまでお姫様育ちで何不自由なく育った彼女にしてみれば、食べたいものも食べられず、飲みたいものも飲めず、行きたいところにも行けないこの生活から受けるストレスは、想像を絶するものだった。さらには、いつも自分の側についていた、サツキを始め、警護の女たちも遠ざけられており、彼女は初めて味わう孤独感に耐えられなくなった。何とも言えぬ恐怖と不安感に苛まれた彼女は、部屋の扉を激しく叩きながら、あられもなく大声で泣き叫んだ。


「ここから出してたもー! 出してたもー! 出してくれめせーー!! お願いじゃー!! 出して、出して、出してたもぉぉぉぉぉーー!! うわぁぁぁぁぁぁぁーーー!!」


彼女は、食事も摂らず、水も飲まず、狂ったように泣き叫び続けた。その人並外れた大声は、広大な屋敷内に響き渡り、離れの部屋に閉じ込められていたサツキにも十分に聞き取ることが出来た。彼女は、元々が下級貴族の出身であったことから、こうした不便な生活は何とか耐えることができたが、自分の主君であり、産まれた頃から世話をし続けてきた、いわば妹のような、娘のようなオージンが泣き叫ぶ声は、サツキの心を大きく傷つけた。せめて、ひー様だけでも赦免にならないものかと思案してみるものの、必要最小限にしか人が出入りせず、しかも、彼女の魔法を封じるために、クワンパック家が所有している宝物である「魔吸石」が部屋の四隅に置かれているために、打てる手段は何もなかった。というのも、「魔吸石」はその名の通り、人の魔力を吸い取る。四隅に置かれたこの石は、御所の警護を担当するオワラ衆によって、サツキが気絶しないギリギリまで魔力を吸い取るように調整されていたのだった。


オージンは、二日目を迎えると途端に大人しくなった。それでも、食事を運んでくる時間になると、その者たちに向けて大声でここから出せと喚いていたが、三日目になるとその声も全く聞こえなくなった。そして、閉門が一週間に及ぶと、いよいよサツキ自身の精神状態も限界を迎えようとしていた。


元々彼女は、下級貴族の中でも最下層の身分の家に生まれた。本来であれば、帝はもとより、オージンにすら目通りが許されない者だった。同じ下級貴族に嫁いで、一生日が当たらないままに生涯を終えるか、どこかの貴族の妾や後妻になるなどして生涯を送るのが一般的であった。


だが、彼女は強運を持っていた。5歳になった時に、サツキはクワンパック家に行儀見習いに出されることになったのだが、ここから彼女の人生は好転する。


行儀見習い……と聞こえはいいが、実のところは口減らしであり、その実は単なる女中奉公に過ぎなかった。奉公に上がったその初日、下女の着物を着せられた彼女が、数少ない自分の荷物を持って女中部屋に連れて行かれた時に、誤ってこの家の奥方の前に飛び出してしまった。しかも彼女は奥方の顔を知らない。そのために、目の前に現れた女性のきれいな着物を掴み「おばさん、いいべべじゃ」と言ったのだ。周囲は顔面蒼白になったが、しかし、奥方はそんなサツキをかわいいと思ったのか大いに喜び、叱るどころか色々な品を与えて帰した。下女が奥方に召されるなど例がない。これ以降サツキは、下女仲間から「サツキは幸福者しあわせものよ」と一目を置かれるようになったのだった。


さらに数年後、この奥方がオージンを生むと、サツキはその世話係兼遊び相手を命じられた。単なる下女がお姫様の世話係になるなど、望外の出世だ。彼女は奥方の期待に応えるべく、オージンの世話をしつつ懸命に勉学に励んだ。現在の彼女があるのは、このときの猛勉強があったからに他ならない。


しかし、その2年後に奥方が亡くなると、サツキへの風当たりは日ごとに激しさを増していった。彼女は今、薄暗い部屋の中で、幼い頃、虐められ、からかわれて悔しい、悲しい思い出の、いくつもの場面を鮮明に思い出していた。自分を虐めた同僚やこの家の家来たちの表情、セリフ、風景、風の匂いに至るまで……。そんなことを思い出しながら彼女は、あんな思いは二度としたくはない、あの頃には絶対に戻りたくないと怯え、嫌だ、嫌だとブツブツと呟くのだった。


これから先のことを考えると、全身が総毛立つ程の恐ろしさを感じる。せっかく築き上げてきた今の地位は失われる。そうなれば、今まで横柄な態度を取り、バカにしてきた者たちから、自分は再び追い込まれることになるのだ。オージン様の威光を借りることは最早できない……。彼女は絶望のどん底に突き落とされていた。


これまで散々傲慢不遜な態度を取り続けてきた、イヤな女であったことは認める。しかしそれは、自分を守る唯一の方法だったのだ。他人の失敗の粗探しをして、それをあげつらい、自分自身はそれが出来るように見せつける。そうすることで、人よりも優位に立つことで、あらゆる批判から自身を守り続けてきた。生きるためには、それしかなかったのだ。


その手法は激しく間違っているのだが、サツキがそれを直視することはできるはずもなく、ましてや、その考え方を変えることなど出来るはずもなかった。そんな彼女だが、心を許せる者が二人いた。一人は言うまでもなくオージンであり、そしてもう一人は、オクタというクワンパック家に仕える治癒魔術師だった。


彼はこの家の主治医のような存在であり、まだ若いが腕は確かで、オージンの許にも頻繁に顔を出していた。物腰は柔らかく、誰に対しても丁寧であり、家中の者全員が彼には心を許していたのだった。


そんな彼はとりわけ、サツキにだけは自分の悩みを打ち明けていた。この家の人間関係のこと、自分のスキルのこと……。サツキ以上に知識も人望も持っているはずの男が、何故か家中で嫌われている自分に対しては心を開いてくれる。サツキにしてみれば、このような男性は初めてのことだった。不思議に思った彼女は、オクタにその理由を尋ねてみたところ、意外な答えが返ってきた。


「サツキ様、あなたは私と同じニオイがするのです」


「どういうことじゃぇ?」


「私は下級貴族の出身です。そんな私を師は目をかけてくれ、一人前の治癒魔術師として育ててくれました。しかし、そんな私を妬み、悪口を言ったり、意地悪を仕掛けてきたり……。そんな仕打ちにずっと耐えてきたのです。この悔しい気持ちは、サツキ様ならばご理解いただけると思ったのです」


これ以降、サツキはオクタを同士と見るようになり、二人の関係は少しずつ近づいていった。そんな彼が、サツキにプロポーズしたのは、つい先日のことだった。夜、こっそりと部屋に忍んできたオクタは、サツキの眼を真っすぐに見据えながら、ゆっくりと、落ち着いた声で口を開いた。


「サツキ様、私と夫婦めおとになっていただけませんか」


「何と……妾を……。なれど、ひー様を残しては……」


「ならば、ひー様と共に、我が故郷であるタナ王国においでください」


「何?」


「この国には最早、未来がありません。宰相様は山の別荘に籠られたまま風流三昧です。人々は貧苦にあえいでいますが、誰一人手を差し伸べようとはしません。帝様でさえも、巷の菓子屋から食事を恵んでもらう有様です。それに……これはサツキ様だけにお話しするのですが……我が故郷のタナ王国が、ミーダイ国との交易を停止することになったのです」


「な! タナ王国が……」


「はい。そうなれば、遠からずこの国は亡びるでしょう。だから私は、愛するあなただけでも救いたい。私と夫婦めおとになって、一緒にタナ王国に来ていただきたいのです。ひー様がご心配であれば、一緒にお連れしましょう。私は王族の皆さまとも繋がりがあります。ひー様とサツキ様がいつも一緒に居られるように取り計らいましょう。いかがですか?」


「そ……そんなことを……ひー様は……あっ?」


気が付くとサツキはオクタの厚い胸の中にいた。心臓の鼓動が早くなる。サツキは一体どうしていいのかが分からずに、体を硬直させている。オクタはそんな彼女の両肩を掴み、優しく体を離す。


「大丈夫……僕を、信じて……」


直後に、オクタの唇がサツキの唇に重なってきた。電流のようなものが、彼女の体を駆け巡る……。そして次の日の夜明け前、オクタは密かにサツキの部屋を出ていった。そして、部屋に一人残されたサツキは、涙で髪の毛を濡らしたまま、呆然と天井を眺め続けていたのだった。


サツキはこのとき、オクタにその体と心を奪われた。

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