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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十章 ミーダイ国編
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第二百七十五話 姫廻し

「熱っ!」


飛び上がるようにしてオージンは俺の許を離れ、サツキの背中の後ろに隠れた。子供の体だが、意外と重い。いいかげん足がしびれてきそうだったので、俺は自分に張っている結界の温度を上げたのだ。


「貴様……」


「あ、いや、俺は何もしていませんよ? ただ、予約したお客様を、いきなり追い返すというのは、ちょっと乱暴じゃないですかね。そんなことをすると、この店のお客さん減ることになります。あなたが未来永劫この店の面倒見るというのなら、話は別ですが」


「フフン、そなた、何を言っておるのじゃ?」


「可笑しいことがあるのであれば、アハハと声を上げて笑った方がいいですよ。フフンと鼻で笑うのは、イヤな笑い方です。折角の美人が台無しになります。……ただ、あなたも人のことを笑えた人ではないですよね?」


「何を言うているのじゃ、そなた、気でも狂うておるのかぇ?」


女は相変わらず引きつった、ニヤニヤとした笑みを俺に投げかけている。俺は既に鑑定スキルを発動させて、この女の過去を把握していた。ちなみに、彼女のスキルはこんな感じだ。


【サツキ(魔導士・21歳)HP:121 MP:295】 

火魔法LV1 水魔法LV2 風魔法LV2 空間魔法LV3 結界LV2 MP回復LV2 詠唱LV3 教養LV3


21歳でのこのスキルは優秀だ。将来はいい魔導士になる可能性が高い。だが彼女は、実はコンプレックスの塊だ。それに加えて寂しがり屋であるために、怒られたり、仲間外れにされたりすることが一番傷つく。そうならないために、子供の頃から必死で修行してきたのだが、どこをどう間違えたのか、いつしかプライドの高い女に仕上がってしまっていた。本人は今の振る舞いが正しいと信じているのだが、実際は、多くの人に嫌われている。学校や会社で一人はいる、正論を振りかざすだけの、イヤな女になり果てている。


こんな女はリコに頼めばおそらく、2秒で優しく殺してくれるのだが、あいにくとリコはここにはいない。仕方がないので、俺がやることにする。


「……火魔法得意って言っていますけど、本当は苦手ですよね? ファイヤーボール飛ばすとき、風魔法を同時に使わないと飛んでいかないですよね?」


女の顔が凍りついている。俺は手を緩めずにさらに言葉を続ける。


「……それに、本当はこのドーキの店に来る予定は無かったですよね? でも、あなたは閃いた。……北町衆の代表であるドーキの力を使って、その姫を攫った犯人を捜させれば好都合だと。しかも、そのお姫様がこの店の食事を食べたいと言ってくれたので、願ったりかなったりの展開になっていますよね? …て、ゆうか、お姫様の誘拐にあなたも一枚噛んでいますよね?」


「なっ……どうして……いや、そんなことはない! 私は、知らぬ……きっ、貴様ぁ!」


女が立ち上がった瞬間に、俺の周囲が青い光で包まれる。


「ドーキ、心配いらない。予約のお客を……」


そう言い残して、俺はその場から消えた。



「……意外に広いな」


気が付くと俺は、地平線が見える程の広大な場所に居た。


「……そなたはもう逃げられぬ。ここでそなたは、死ぬのじゃ。死ねぃ! 死ねっ!」


憎しみのこもった声がどこからともなく聞こえてくる。俺はその声を聞きながら、魔力感知を働かせる。


「……思った通りだが、この空間魔法、使い勝手が悪そうだな。結界魔法との違いは何だ? 一度、ゴンかおひいさまに聞かないといけないな」


俺は一人でそんなことを呟きながら体を前に倒す。


「なっ!?」


背後から女の声が聞こえる。ゆっくりと振り返ると、そこには昨日俺を捕らえたハーギが剣を振り切った状態のまま、目を見開いて固まっていた。


「ハーギ! その者を殺せ! 殺すのじゃ! さすれば、不手際は許して遣わす! やれ! やれぃ!」


「……サツキ様、この男、何者だ?」


ハーギが俺に剣を構えながら呟く。どうやら、完璧に後ろを取った相手に剣が躱されたので、かなり動揺しているようだ。剣筋は悪くはないが、気配探知と魔力探知のお陰で、この女の動きは手に取るようにわかる。


「……うん? そなた、まさか、昨日の!」


「はあっ!」


最後まで言葉を言わせることなく、俺は風魔法を駆使した衝撃波を放っていた。ハーギは剣でそれを防御したが、俺は同時に3つの衝撃波を繰り出していた。一発目は防御できたが、二発目と三発目を同時に食らい、あえなくその体は遠くに吹っ飛ばされた。


「ぐっ……ぐぅぅぅぅ」


「しばらくは動けないだろう。大人しく寝ておけ」


俺はハーギに近づいていく。そのとき、彼女の体が透けていき、やがてその姿は消えてしまった。


「……なるほどな。この女に聞かれるとマズいからか。そうだろうな。何と言っても、お前が仕組んだ誘拐事件が、彼女にバレると大変だからな」


俺はニヤリと笑みを浮かべながら呟く。サツキが何か喋ってくるかと思ったが、声は聞こえず、俺の周りには、だだっ広い空間が広がるばかりだ。


「さて……そろそろ、この空間から出ないとな」


「フッ、フフフフフ……。そなたはこの空間からは出られぬ。ハーギを倒したのは褒めてやろうぞ。しかし、あの風魔法はLV3であろう? その程度のスキルではここから出ることは叶わぬ」


「だろうね。でも、これならどうかな?」


俺は水魔法を操り、この空間内の温度を下げていく。使っているのは水魔法LV5の絶対零度アブソルート・ゼロだ。見る見るうちに、空間内が凍りついてくる。


「……ツキ……ツキ! サツキー! サツキー!」


一瞬目の前が真っ白になり、気が付いてみると、目の前には下半身と両手を凍らせたサツキがおり、その傍らには、動こうとして動けないでいるハーギの姿があった。そして、小さな姫はあたふたと動き回りながら、必死でサツキの名前を呼んでいる。


「残念だったな。お前の空間魔法はLV3までならば、その力を封じ込めることができるのだろうが、それ以上のスキルに関しては無理なようだな」


「ひぎぃ! ひぎぃ! 腕が! 足が! 足がぁぁぁ!」


ものすごい形相を浮かべながら女は必死で氷漬けになった自分の体を動かそうとする。しかし、水魔法LV5で作られた氷はそう簡単に溶けるものではない。そのとき、オロオロとしていた姫が血相を変えて俺に近づいてきた。


「そち! すぐにサツキを助けよ!」


「何?」


「そちがコチの言うことを聞かねば、この店は潰れることになるのじゃ!」


「どういうことだ?」


「コチのしもべは、サツキやハーギだけではない。多くのしもべがいるのじゃ。コチが命じれば、この店やドーキの命など……えっ? ええっ? 何をするのじゃ!」


俺は無言で、その姫を抱え上げていた。そして右手を振りかぶり、それを勢いよく小さな尻に向けて叩きつけた。


パアーン、パァーン、パァァァン!!


「ギヤァァァァァァァァァァァ!!」


断末魔のような絶叫が部屋の中に響き渡る。こういうこともあろうかと、俺は事前に音が聞こえないように結界を張っていたのだ。


「いっ、いいいいいいいいいいい~~~~~」


俺から放り出された姫は、クルンと一回転をして、床に尻もちをついた。彼女はすぐさま起き上がり、尻を押さえながら涙目で俺を睨む。その様子を見ながら、チワンが慌てて俺の側に寄ってきて、口を開いた。


「リノス様……。震えております。ちと、やりすぎでは……」


「いや、いいんだチワン。この子は俺をナメているのだ。ナメた子供は思いっきり打ち据えてやらねばならん」


その言葉を聞きながら、姫は震えた声で、早口でまくし立ててくる。


「ゆゆゆゆ許さんぞ……。コチに、コチに……このような……ゆるさん……全員捕らえてくりょう……全員……痛い、痛いぞよ……お尻が……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーん!!」


だあぁぁぁぁっ、うるせぇー。子供のくせに、相変わらず何て声量をしているんだ。あまりの喧しさに、俺はオージンに一切の音を遮断する結界を張った。


「リノス様、リノス様、お逃げください。チワンさん一旦……」


ドーキが慄きながら口を開いている。俺は彼に皆まで言わせずに口を開く。


「この姫の誘拐を企んだ真犯人は、別にいる。このサツキはそれに手を貸しているだけにすぎない。俺はその誘拐犯に仕立て上げられそうになったというわけだ。本来なら俺がお仕置きを食らわせたいが、あいにくとここは俺の国じゃないからな。……コイツはどこに引き渡せばいい?」


「あの……えっと……」


「どうした、ドーキ?」


「サツキ様の場合は……帝様になります」


「え? 国王自らがか?」


「はい……。先の大戦後、町の中での諍いや揉め事は、町衆が取り締まり、貴族のことに関しては、帝様が治めておられます。サツキ様の場合は、クワンパック家のことになりますので……帝様ですね」


「では、その帝様の所に連れて行こう。どうすればいい?」


「まずは御所にこのことをお伝えして、御所を警護するオワラ衆の方に、身柄を引き取りに来ていただくのが一般的です。わかりました。一旦店を閉めて、僕が御所に行ってきます」


「ああ、いや、予約の客がもう来ているんだろう? 食事中にいきなり帰れと言われると、さすがに客は怒るぞ? 店が終わるのは……夕方? わかった。ドーキ、店が終わったら御所に行こう。俺も一緒に連れて行ってくれ」


「え?」


「このサツキという女はロクでもねぇこと考えてやがるが、それはまあいい。そのことも場合によっては話さなきゃいけないだろうし、何より、ドーキ一人では、コトが有耶無耶にされてしまわないか?」


「帝様に限って、それはないと思うのですが……。そうですね、リノス様も一緒に来ていただいた方がいいかもしれませんね。わかりました。帝様には連絡を入れてみます。…リノス様、本当に、本当に、申し訳ありません」


「いいってことだ。そんなに謝るな。何か俺が悪いみたいじゃないか」


俺はニヤリとした笑みを浮かべたまま、下半身が氷漬けになっている女に視線を移す。彼女は俺に憎しみの眼差しを向けたまま、ワナワナと震え続けている。


「姫を攫わせておいて、責任を護衛の者に押し付けている間に、お前は姫の後を追おうとしてたんだろう? しかし、そんな時に俺に出会ってしまったのは不運としか言いようがないな。計画は失敗してしまったが、その犯人捜しを命じることで、何とかコトを有耶無耶にしようとしていたようだが、こいつもあいにくだったな」


俺の話を聞きながら、サツキは相変わらず震えながら視線をあらぬ方向に外した。そして、姫は驚いた表情を見せながら、隣のサツキを凝視するのだった。

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