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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十章 ミーダイ国編
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第二百七十四話 失言

「そこな若いの、待ちゃ」


ドーキの店に着き、入り口から中に入ろうとすると、突然背後から声を掛けられた。振り返ってみると、何とそこには白いローブを着た女と、その傍らには、鼠色のローブを着てフードで顔をすっぽりと隠した、小さな子供が控えていた。女はかなりの細面で、神経質そうな風貌だ。振り返った俺たちに、腕を組みながらクイッと顎を上げ、まるで俺たちを見下すかのような態度を取っている。何だか、カチンとくる雰囲気だ。


「待てとお留めなされしは、それがしがことでござるよな?」


……俺の返答があまりにもブッ飛んでいたためか、女はゆっくりと俺から目を逸らし、あらぬ方向に視線を泳がせた。てゆうか、この女はどう見ても俺より年下だろう。そんな俺に「お若いの」などと話しかけてくる段階で、完全に俺をバカにしている。


「サツキ、サツキ」


フードを被った子供の声を聞いた瞬間、女はハッと我に返り、その子供の前で片膝をついた。


「しばらくお待ちくださいませ。すぐに取り計らいます」


「どうかしましたか……って、サツキ様? もしかして……オージン様?」


俺たちがなかなか店に入ってこないために、何事かと外に出てきたドーキが絶句している。その様子を満足そうに眺めた女はゆっくりと立ち上がり、それが合図であるかのように、子供がフードを取って顔を出した。


「ドーキ。来てやったぞよ。昼餉ひるげはそちの店で食すぞよ」


……昨日、布袋の中から出てきた女の子だ。間違いない。このおかっぱ頭は忘れたくても忘れられないくらいにパンチが効いている。確かに、この子だ。何か俺に対して「あっ、お前は!」みたいな話をしてくるかと思ったが、真正面にいて、目もあっているにもかかわらず、この子は俺に対して何も反応を示さない。どうやら、俺のことを覚えてはいないようだ。


「ドーキ、そなたに頼みたいことがあるのでな。わざわざ出向いてやったぞよ?」


女が半笑いで俺たちに口を開いた。なんちゅう高圧的な物言いなんだ。ローブをまくり上げて、パンツを脱がして、剥き出しのお尻に全力でペンペンしてやろうか?


「あ……その……ここでは、なんですから……」


ドーキがビクビクしながら女たちを案内する。彼が向かったのは、店の裏手にある建物だった。無造作に扉を開けると、そこは何とカウンター付きの店だった。中には虎獣人と思われる若い男が何やら作業をしており、ドーキを見つけると、すぐにカウンターの中から飛び出してきた。


「旦那、いかがなさいました?」


「……オージン様がお忍びなのです。今日のご予約のお客様は5組でしたね? では、奥の部屋を借ります。あ、気にしないで、仕込みを続けてください」


そう言いながら彼は俺たちを部屋に案内した。


その部屋は見事な座敷だった。板張りだが、きれいな庭があり、料亭のような趣のある部屋だった。


「さ、どうぞ」


ドーキは席に着くように勧めるが、オージンはキョロキョロと辺りを見回していて、座ろうとしない。てっきり部屋が珍しいのか、庭でも眺めているのかと思っていると、突然その女の子は俺を指さした。


「そち、ここに座わりゃ」


俺を指さしたその手で、自分の足元を指している。俺たちは一瞬キョトンとしたが、俺は勧められるままにオージンが指さす場所に腰を下ろす。


「うむ」


そういいながら彼女は俺の膝の上に座った。胡坐をかいている俺の足を座布団代わりにしていやがる。予想外の行動に俺は呆気に取られてしまい、目を見開いて固まる。


隣に控えているサツキも、その様子を気に留めるでもなく俺の隣に座る。チワンたちはどうしていいのかわからず、その場に立ち尽くしている。そんな中、ドーキが俺たちの前に進み出てきて、落ち着いた声で口を開く。


「オージン様。突然のお越しですが、一体何の御用でしょうか? それに、いま腰を掛けておられるお方は、私の大切なお客様です。そこをおどきください」


「フフン。メシ屋風情が生意気な口を利くではないか? そちゃ何か? このような汚い板の上にひー様に座れと言うのかぇ? そちの察しが悪いゆえにひー様が自ら敷物を求められたのではないか。大体、なぜ我々がそなたの所にわざわざ来たのか、そちゃわからぬのかぇ?」


「サツキ様、あいにく私には、わかりかねます」


二人の間で見えない火花が散っている。女はニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、一旦ドーキから視線を外し、懐から細長い管と小さい箱を取り出した。何かと思っていると、それはキセルのようなもので、彼女は優雅な動きで箱を自分の前に置き、その後、左指に小さな火の玉を作り出して、それをキセルの先端に当てながらゆっくりと吸い口に口を付けて、息を吸う。


「ふぅぅ~」


女はドーキに向かってゆっくりと息を吐き出した。その煙がまともに彼の顔にかかっている。見たところ20歳前後かと思われる若い風貌だが、やっていることはいやらしいオバサンのような粘着質な振舞いだ。見ていてムカムカする。しかしドーキは微動だにせず、静かに女の顔を見据えている。


「恐れ入りますが、もうすぐ店を開けねばなりません。手短にお願いします」


「……そなた、気を付けて物を申せ。話とは、昨日のことじゃ」


いきなり声が低くなっている。何かマジで粘着質な女のようだ。


「昨日の? どういうことでしょうか?」


ドーキが言葉を言い終わらないかのうちに、庭の池で泳いでいた鳥が突然飛び立った。


「あっ! サツキ見や! がんが飛ぶぞ!」


俺の膝の上の少女が頓狂な声を上げる。


「ホホホ、ひー様。がんと言うは下賤な者の言葉でございます。がんではなく、かりと仰せあそばしませ。ガン、はカリと申します」


「おお、左様か」


少女はコクコクと頷いている。その様子を満足そうに眺めながら女は、ホホホと笑みを浮かべながら自分の前に置いた小箱にキセルの先端を付け、ポンポンと叩いた。どうやらタバコの灰を落としているらしい。そのとき、何故かキセルから雁首がポロリと箱の中に落ちてしまった。


「サツキ!」


膝の上の少女が再び頓狂な声を上げる。彼女は落ちた雁首を指さして、嬉しそうに声を張り上げた。


「ガン……ではない……カリ首が落ちた! カリ首が落ちた! 何やら不吉だわぇ!」


……見る見るうちにサツキの顔が赤くなっていく。俺はあらぬ方向を向いて、笑いをこらえるのに必死だった。



「……ご予約のお客様ですね、どうぞこちらへ」


部屋の外から男の声が聞こえてきた。それと同時に、ドヤドヤと人が入ってきている。どうやら、この店に予約をしていた客がやってきたようだ。


「なっ……なんじゃ、騒がしい!」


サツキが顔を赤らめながら口をとがらせている。ドーキはやれやれという表情をしながら、口を開く。


「予約をいただいたお客様が来られたのです。皆様にお食事を出さねばなりません。私も手伝わねばなりませんので、手短にとお願いしたのです」


「人払いせよ」


「え?」


「その予約の客を全員追い返せ」


「サツキ様!」


「よいではないか? うん? 客からは既に金をもらっておる? それならばその金を返してくりょう。もう料理を作った? ならばコチが食してやろうぞ。サツキ、金をだしてやりゃ」


ドーキが止めるのも聞かず、この姫と女は客を追い出せという。そして、女が懐から金貨をジャラジャラと取り出し、板の上に並べ始めた。


「客は5組と言ったかえ? 一組金貨1枚ならば十分であろう? それにこれはそちへの迷惑料じゃ。そちにも1枚遣わすぞえ。これで、客を追い返せ」


「その金貨、俺にも1枚もらえませんか?」


「リノス様……」


ドーキがハトが豆鉄砲を食らったような顔をして驚いている。俺は彼にちょっと目配せをしながら、サツキに左手を出して金貨をねだる。


「ホッホッホ。そなたも金が欲しいかえ? よいよい。そなたもご苦労であるからのう。このくらいの金貨、いくらでもやるほどに。それ……」


女は金貨をポンと俺に向かって投げた。チリィンといい音がする。俺は黙って側に投げられた金貨を手に取った。きれいな金貨だ。俺はそれを膝に腰かけている姫に手渡した。


「はい、これ、差し上げます」


「何じゃ? なぜ、サツキのやった金貨をコチに寄こすのじゃ?」


「これで、貴方たちも帰ってください」


一瞬の静寂が訪れる。キョトンとするオージン。俺は視線を傍に座っているサツキに向ける。彼女は俺を睨みつけたまま、体からじわじわと殺気を漂わせ始めていた。

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