第二百七十話 一人暮らし始めました
新しい住まいは、約6畳の1Lのお部屋です。ちょっと狭い気がしますが、一人で寝る分には全く問題ありません。ちょっと室内は寒さを感じます。冷暖房は……なしでしょうか? 大家さんに確認しないといけませんね。こうしたことも一人暮らしの醍醐味と言えるでしょう。あ、なんか、すごく環境の悪い所に聞こえるかもしれませんが、そんなことはありません。窓から差し込む光が、とても美しいです。キラキラと色を変えながら光を見ていると、何だか心が癒されます……。
俺は膝を抱えて座りながら、そんなことを考えている。俺の周囲を黒い壁が囲んでいて、どういうつもりなのかはわからないが、視線を上げると、壁の上に鉄格子が入った窓が見える。そこから光が差し込んでいて、まあ、スタンダードな牢屋と言える。周囲はかなり薄暗い。そういえば、お手洗いはどうするんだろうか? 垂れ流しだろうか? そうなると汚れるし、隠すものが一切ないから、ある意味、完全に衆人プレイになる。
なぜ、俺がこんな所に閉じ込められているのか。好きで入っているわけじゃない。ドーキの店から嫌も応もなく、いきなり引き立てられたのだ。チワンたちが飛び出して事情を説明しようとしたのにもかかわらず、女たち、いや、正確に言えば、俺を引き立てた女は、一切聞く耳を持たなかった。もう一人の小柄な女が、問答無用でその場で何やら呪文を唱えて、この牢にぶち込んだのだ。どうやらここは空間魔法で作られた場所であるらしい。だが、この空間内は、魔法は問題なく使える。先ほど、チワンに念話を飛ばしてみたが、きちんと会話できた。彼には心配ないと伝えて、何かあれば念話を飛ばしてもらうように言ったところだ。
魔法が使えるということは、おそらく転移結界も使えるということだ。一度、試してみるかと考えていると、先ほど俺を捕らえた女と、この空間にぶち込んだ女が、俺の前に現れた。そして、女の一人が早口でまくし立ててくる。
「どうじゃ、吐く気になったか?」
「え?」
「ええい! 吐け! 吐かぬか! 吐かねば、お主の体に聞くことになるぞ! どうじゃ! まだ吐かんか! ならばそれでもよい。ええい、シロン! この者に拷問を加えるのじゃ!」
「もしもし?」
「ほほう、拷問と聞いて怖気づきよったか。フフン、口ほどにもない、他愛もないやつじゃな? なぜひーさまを攫った? 攫ってどうするつもりだったのじゃ? 誰に頼まれた? そなたの名は? どこから来た? ええい! 正直に白状せよ! 何故喋らん! 喋る気になったのではなかったのか! うむむ、嘘か、嘘をつきよったのだな? よかろう、それならば、相応の罰を与えるまでじゃ! 準備が出来るまでしばらくそこで頭を冷やしておれ!」
女はそう言い残して、その場から消えてしまった。
……何か、面白くね? 自分で勝手にしゃべって自分で怒っているよ。……もう一回、見たいが、その前にまずは俺の話も聞いてもらわねばならないんだが。もう一度帰ってこないかな?
……アンコール、アンコール、アンコール
小さく手拍子をしながら、小声で俺はアンコールを求める。すると、女がまた現れた。
「何じゃ! 何をブツブツと言っておるのじゃ! あんこーる? シロン、この者は何と言っておるのじゃ?」
「ええと……あの……」
「もうよい! 狂いおったか? 狂いおったのじゃろうな。我らの仕置きの恐ろしさに耐えられなかったのじゃろう。さもありなん。ええい! このような狂った者に用はない、殺せ! 殺してしまうのじゃ!」
……殺すんかい。
女はプリプリ怒りながら、再び消えてしまった。一人残った、シロンと呼ばれた小柄な女は、ふう、と一つため息をついて、ゆっくり俺を見た。
「あの……ええと……その……」
「俺、殺されちゃうんですか?」
「うう~ん、ゼザ様が……その……」
「あの……俺、何もしていませんよ? 何もしていないのに……」
「シロン、下がれ」
そんな声がしたかと思えば、また新しい女が現れた。銀色の鎧を装備している。コイツは確か、ハーギと呼ばれていた、俺に剣を突きつけていた女だ。
「……お主、吐かんそうだな」
「いや、だからですね。濡れ衣なんですって。俺、何もしていませんから。ここから出してもらえませんか?」
相手が女性ということもあって、俺は丁寧に対応する。ハーギという女は俺を胡散臭そうな顔で見ているが、どうやら、コイツは話が出来そうだ。
「濡れ衣……どの口がそれを言うのだ? ひ―様を攫って逃げておいて、捕まると言い訳か?」
「イヤ、俺が扉を開けた瞬間に、あの牛男とぶつかったんですよ。俺は、あの店のドーキの知り合いです。本当です。嘘だと思うなら彼に聞いてみてください」
彼女はじっと俺を見ている。しばらくの間、沈黙が流れる。
「お主、何者じゃ?」
「は?」
「鑑定してみたが、何もわからんではないか」
鑑定? スキル持ちか? 俺はすぐさまこの女に鑑定スキルを発動させてみた。
【ハーギ(魔法剣士・21歳)HP:154 MP:145】
剣術LV2 火魔法LV1 風魔法LV2 MP回復LV1 教養LV1 鑑定LV2
……まあまあのスキルだ。鑑定LV2では、相手のスキルの一部が何となくわかる程度だ。俺のスキルはもちろん、その人間の過去を覗くことなど、到底出来ないのだが……この女の言葉は疑問だ。
「鑑定で何もわからんって、そもそもそんなに詳しく分らんでしょうに」
「何を言うのだ! その人間が善なる者か悪なる者かくらいはわかるのだ!」
「あー」
確かに、その区別は付く気がする。俺の場合はどうだったかと思いをはせてみるが、何せ俺は、ほぼ一足飛びにLV3まで上がった気がする。まあ、ファルコ師匠の鬼のような修行を経験すれば誰だって上がるだろうし、そうしないとマジで死ぬのだ。ただ、確かに、師匠に鑑定を発動させ続けたおかげで、この人はゲスくて、エロくて、金に汚い人ではあるが、悪い人ではないことはわかった。それはエリルも同じだった。
「いや、あなたの場合は、俺のスキルを感じようとしていませんか? そうではなくて、俺が善人か悪人かに絞って鑑定スキルを発動させてみてはどうですか? 一度、やってごらんなさい」
ハーギは一瞬イラッとした顔をしたが、やがてコホンと咳払いをして、再び俺を見つめた。彼女の眉間にシワが刻まれていく。そして、ゆっくりと息を吐きながら口を開く。
「女のことを考えている? ……不埒なっ!」
「あー惜しい! 当たらずとも遠からずだが、不埒とは失礼な。女のことを考えていたのは否定しないが、それは妻たちのことを考えていたんだ。この際だから言っておくが、俺は妻たちを愛している。浮気などはしない。多分しないと思う。うん、しないんじゃないかな? ……ま、覚悟しておくのに越したことはないが。エヘヘ」
いかん。自分で言っていて照れてしまった。ハーギとシロンは俺をまるで汚いものを見るかのような、軽蔑しきった視線を投げかけている。
何か変な間が開いてしまったので、俺は気晴らしに、シロンと呼ばれる小柄な女も鑑定してみた。
【シロン(魔術師・15歳)HP:44 MP:115】
水魔法LV1 風魔法LV1 空間魔法LV2 MP回復LV1 教養LV1
15歳でこのスキルはなかなか優秀だ。空間魔法などという珍しいスキルを持っているし、それがLV2まで伸びているのだ。もしかするとこの子は才能持ちかもしれない。
そんなことを思っていると、何やら騒がしい声が聞こえてくる。何だと思って耳を澄ましていると、どうやらそれは、先ほど俺を殺せと命じた、ゼザという女の声のようだ。
「シロン! どこにいったのだ! シロン! シロン!」
声はだんだんと大きくなり、そして、シロンたちの背後からゼザが現れた。
「シロン! まだこんなところで……! あれ? ハーギ様? なぜハーギ様がここに? ひー様のお傍に居るのでは? あれ? 私がはぐれた? いいや、そんなことはない……」
ゼザはせわしなく顔を左右に動かして、ハーギとシロンを交互に見比べている。そして、ふと牢の中の俺と目が合った。
「お主は……死んだのではなかったのか? 殺せと命じたはずだが? いや、人違いか……? ちょっと待て……」
一人で自問自答を繰り返すゼザ。彼女は考えるのが面倒くさいと思ったのか、頭を左右に激しく振り出した。そして、ぴたりとその動きを止め、俺たちを見回すように口を開いた。
「いや、皆、落ち着け。落ち着くのじゃ」
……お前が落ち着けよ。




