第二十七話 あらまそー本当に大変だったのね
「ヒンッ!ヒンッ!ヒンッ!」
ゴンとのほのぼのとした会話を遮る叫び声が聞こえる。俺が「鬼切」で斬った天馬だ。
目を固く閉じ、小刻みに震えている。息も荒い。そのうち、耐えきれなくなったと見え、ヘナヘナとへたり込んでしまった。
「ヒィン・・・ヒィン・・・ヒィン・・・」
耳がペタンとなり、涙を流しながら震えている。放っておくと、このまま死んでしまいそうだ。
「ユニコーンペガサスでありますかー。珍しい個体でありますなー」
不意にゴンが声を上げる。え?何それ?レア物なの?
「ペガサスは希少生物でありますが、ユニコーンは割かし個体数は世界中に多くいるでありますー。しかし、ペガサスとユニコーンの特徴を持つユニコーンペガサスはめったに生まれないでありますなー。吾輩も100年ほど前に一度見たきりでありますー。もっともその時は生まれてすぐに死んでしまったのでありますがー」
「へぇ~そんな珍しい個体ってことは、神様の使いとかじゃないよね?」
「それはないでありますなー。あくまでユニコーンとペガサスという、本来は交わらぬ種が交わってできた突然変異のような個体でありますー。この馬に乗っていた男が確か、ヒーデータ帝国の王族だったでありますから、もしかしたら帝国の宝物の一つかもしれないでありますー」
オイオイ、それじゃこの馬が死んでしまったらヤバイんじゃね?ちょっと、回復魔法を・・・っと、精神がぶった斬られているんだよな?だとしたら、回復させるのはどうすればいい?
「帝国の持ち物なら返しておくことに越したことはないな。殺してしまうと、あとが面倒くさそうだし。ただ、この状態を回復させるとなると、何の魔法になるんだ?」
「錯乱状態からの回復は、LV4の回復魔法、エクストラヒールでいいのでありますが、この刀の効果は、それではダメでありますー。LV5のアルティメットヒールでないと無理かと思うのでありますー。アルティメットヒールは、心臓や脳などの命を繋ぐうえで必要な内臓が傷ついていなければ、死後1時間程度であれば復活させることができるのでありますー。この馬が精神を斬られてまだ時間が浅いので、修復は可能であろうかと思うのでありますー」
なるほど、「鬼切」は精神を殺してしまうのね。我ながら恐ろしいものを作ったもんだ。それでは試しにやってみるか。「アルティメットヒール!」
ユニコーンペガサスが青色の光に包まれる。しばらくすると、まだ目は閉じており、肩で息をしているものの、苦しそうな雰囲気はなく、比較的落ち着いている様子のユニコーンペガサスの姿がそこにあった。俺はその馬に近寄り、
「大丈夫かい?」
と声をかけた。馬の目がうっすらと開かれ、ブルルルルと弱々しく嘶いた。
「水が欲しいと言っているでありますー」
ゴン、お前この馬の言葉がわかるのか!さすが白狐だけある。俺は感心しながら、水魔法で大量の水を出してやる。馬はゴクゴクと喉を鳴らして水を飲んでいる。
「ブルルル」
また馬が嘶く。おい、ゴン、何ていってるんだ?
「助けていただいてありがとうございます。本当に死ぬところでした、と言っているでありますー」
「君はユニコーンペガサスだね?もしかしたら、ヒーデータ帝国の持ち物じゃないかい?もしよければ帝国に返還するけれど・・・」
馬の動きがしばらく止まる。そしてまた、力なく、ブルルルル、ブルルルルと嘶いた。
「帰りたくない、と言っているでありますー。帰れば殺される、と言っているでありますー」
聞けば、この馬は4歳になるらしいが、何故か成長が遅く、なかなか体が大きくならないらしい。ポニーのような大きさなので、戦場に連れていくのはもちろん、人前にすら出されるのを憚られているのだとか。そこで、先ほどの王族が自分の馬として無理やり乗り回しているのだという。
その王族の扱いもかなり乱暴で、何度となくこの馬は失敗を重ねてきた。その都度鞭でブッ叩かれたり、酷いときには剣で斬られたりしたこともあるらしい。そういえば王族がこの馬を「ダバ、ダバ」と言っていたが、あれは単に「駄馬」と言っていただけなのだろう。まあ、わかってはいたが、かなり頭の出来は悪そうな男である。
そんな時、隣国のジュカ王国でとてつもない妖気が発生するとともに、連絡の一切が絶えた。偵察に行かせても馬がどうしても王国に入りたがらない。あらゆる手段を講じている最中に、俺を襲ったバカどもが討伐を勝手に決めて、実行したらしい。しかも、ジュカ山脈を越えるという暴挙ともいえる手段を使って。ジュカ山脈はドラゴンの巣窟である。ほぼ確実に死ぬルートであるが、このバカどもは全く意に介さず最短ルートを全力で駆け抜けたらしい。途中何度かドラゴンに襲われたが、妖狐・ピャオランの幻術と誘惑術で何とかうまくまけたのだそうだ。
全く休憩も取らず、食料も水も与えず、ぶっ通しでこの馬は俺のところまで走り続けた。馬上の三人は走りながら食事をしていたらしいので、どんだけ俺を殺したかったのか、その程度がわかろうものである。しかし、殺意だけでは俺は殺せない。若さゆえの過ち、では済まされないバカっぷりである。まあおそらく、この作戦はピャオランが主導したものなのだろうが。
この馬を帝国に返せば、確実に厳しい現実が待っているのは、簡単に想像がついてしまう。さて、どうするべきか・・・。
「取りあえず、全然メシを食べてないんだろ?ニンジンでよければたくさんあるから、好きなだけ食べな。水も好きなだけ飲め」
「無限収納」から大量のニンジンを出す。馬は最初は戸惑っていたが、少しずつニンジンを食べ始めた。ゆっくり、咀嚼しながら、味わって食べているようだ。しばらくすると、馬が食べるのをやめ、小刻みに震えている。ゴンに様子を確認してもらう。
「こんなに美味しいものを食べたのは初めてだ、と言っているでありますー。こんな出来そこないの自分に慈悲をいただいて、うれしいと言っているでありますー」
そんな大げさな、とも思ったが、ニンジンと水ごときでここまで感謝されるとは、この馬どんだけひどい生活をしてきたんだ?なんか可哀想になってくる。
「出来そこないって、そんなことはないだろう。俺の張った結界は、どんな攻撃でも傷一つ付けられないものだ。でも、君の角での突撃は俺の結界に傷を作った。誇っていいと思うよ」
「本当は怖くて怖くて仕方なかったけれど、ここを切り抜けないと殺されると思ったから、全力で体当たりした・・・と言っているでありますー」
「妖狐を一瞬で行動不能にしたのを見て、次は自分が殺されると思ったので、取りあえず噛みついた。あれは申し訳なかった、と謝っているでありますー」
俺と戦っている最中も、馬上のバカはかなり乱暴に馬を扱い、俺の知らないところでこの馬は、相当の痛みと苦しみに耐えていたらしい。
「そうかー。そうとは知らず、すまなかったね。ヒドイ攻撃をしてしまったね」
「・・・本当に、死ぬかと思った。この世の地獄を見た、と言っているでありますー」
「でも一番辛かったのは、自分の主人に見捨てられたことだ、と言っているでありますー」
あんなバカでも、主人として取りあえず認めていたのだ。割かしいいヤツなんだな。
「別にいいんじゃないか?見捨てられて。さっきのバカは君の凄さに気付かなかったんだよ。実際、君の戦闘力は高い。主人よりもはるかにね。その上、その美しい毛並み、何より目がすごくきれいだから、外見もすごくいいと思うぞ」
「・・・うれしいと言って、泣いているでありますー」
馬は俺の腕に顔をすりつけ、ブルルル、と嘶いている。さて、これからこの馬をどうしよう?
「見たところ調教魔法や奴隷魔法がかけられていないので、厳密に言うと、帝国の持ち物とは言えないのでありますなー。主人もこの馬を放棄しているのでありますから、拾った者が自分のモノにしても問題ないのでありますー。いらなければ、街で売ればいいのでありますー。かなりの値段になるのでありますー」
売るのはちょっとかわいそうだろう。
「この馬も、貴方なら背中に乗せてもいい、と言っているでありますー」
じゃあ、せっかくなので、ありがたくその厚意を受け取ることにする。この馬の大きさであれば、俺の体にちょうどピッタリだ。さて、それではこの馬を何と呼ぶか?ユニコーンペガサスというのは、何だか長ったらしいよね。ゴンにこの馬の名前を聞いてもらう。
「・・・ダバ、だそうでありますー」
いいわけないよね、その名前。では、俺の方で新しい名前を付けようか。ユニコーンとペガサスということで・・・
「お前の名前は、「ブライト」だ。天翔るペガサスと凛々しく立つユニコーンの血を継ぐ者としてふさわしい、雄々しい名前だろう?」
「・・・このユニコーンペガサスは、メスでありますがー」
それを早く言わんかい。前言撤回。ええと・・・。
「決めた、お前の名前は「イリモ」。「イリモ」と呼ぶ」
ブルルルル。とイリモは嘶く。どうやら気に入ってくれたようだ。てゆうか、本当に大丈夫だよな、ゴン?ちゃんと俺の話、通訳してるんだろうな?
実は、ユニコーンペガサスの成長は遅い。これは個体数が少なすぎて、正確な情報が把握されていないために起こった誤解である。本来、普通の馬であれば4歳は、人間でいえば20歳程度である。しかし、ユニコーンペガサスの場合は、人間でいえばまだ12歳である。まだまだこれから、リノスもイリモも成長するのであるが、それはまた、別のお話。