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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第九章 夢のかけ橋編
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第二百五十二話 悪夢

全ての事柄がゆっくりと、スローモーションを見るかのような動きで展開していった。


ものすごい形相で短剣を突き刺そうとしているシディー。目をカッと見開いたまま動けないでいるメインティア王。そして、ゆっくりとシディーに走り寄りながら彼女を取り押さえようとしているパターソンたち従者。


俺はイリモの上で動くことができず、ただ、その光景を見ることしかできなかった。


シディーの短剣がメインティア王に突き立てられた。その瞬間、パリーンとガラスが割れるような音が響いた。これは結界が割れる音だ。ああ、懐かしい。エリルに結界をブチ割られた時の音だ。その直後に衝撃と共に目の前が真っ暗になるんだった。俺の体が本能的に硬直する。


メインティア王に結界は張っていない。彼がその必要はないと頑なに拒否したのだ。ただ、そうは言っても一国の王であり、何もしないわけにはいかなかった。そこで、パターソンたちに俺が作った結界石を渡していたのだが、おそらくその石の張った結界が破られたのだろう。


俺の結界石はそんじょそこらのスキルでは破られない強度を誇るが、シディーも結界スキルを持っている。ましてや覚醒している彼女のことだ、結界石が張った程度のものは、易々と破れるのだろう。


結界を破ったシディーは、短剣を水平に構えて、それをそのままメインティア王の首筋に当てた。


「国王様ぁ!!」


何と、メインティア王の従者二人が剣を振りかぶっていた。その瞬間、俺はシディーに結界を張る。


パアァァァァァーン


風船が割れるような音が辺りに響き渡る。剣はシディーの頭の上で止まり、もう一人の剣は、シディーの背中で止まっていた。二人とも確実に彼女の急所を狙っていた。結界が一瞬でも遅れていたら確実にシディーは死んでいただろう。


結界が張られているのを察したのだろう。パターソンたちは俺に視線を向けた。


「待て、お前ら! シディー!」


俺はイリモから飛び降り、急いでシディーの許に向かう。


「シディー!」


「…………」


彼女は短剣を王の首筋に当てたまま、何やら呪文のような言葉を呟いていた。その瞬間、王の周りから紫色の陽炎が沸き上がった。


「ユ……ル……サン……ゾ……。ユ……ルサ……ン……」


そんな言葉が聞こえたかと思うと、その陽炎は姿を消した。俺は結界を解除して、シディーを羽交い絞めにするようにして抱きかかえる。


「国王様! お怪我は! 国王様!」


パターソンたちが素早く王を取り囲むようにして彼を介抱する。王はショックが大きいのか、目を見開いた状態で微動だにしない。


「はあ、はあ、ああ、はあ、はあ、ああ、うあああ」


肩で息をしながら、声にならない声をあげるメインティア王。その周りで彼の名前を必死で呼ぶパターソンたち。その光景を見ながら俺はシディーに声をかける。


「どうしたんだ、シディー。 何があった?」


彼女は持っていた短剣をポトリと落としたかと思うと、両手で頭を押さえて苦しみ始めた。


「痛い……頭が……頭が……逃がさない……逃がしては……」


「シディ!」


「うっ、ウェェェェェェ~」


彼女は雪の上に胃の中のものを残らず嘔吐した。広い草原の中に響き渡る俺とパターソンたちの声。辺りは夕陽のために、真っ赤に染まっていた。



夜になって、俺たちはようやくアガルタの都に到着した。シディーもメインティア王も、あれ以降ぐったりとしており、既に眠っているようにも見える。


「アガルタ王様……我々はここで……」


パターソンたちが話しかけてくるが、どこか余所余所しい。それはそうだろう。自分の主人が目の前で襲われたのだ。彼らとて、咄嗟のこととはいえ、シディーを殺そうとしたのだ。俺に対して複雑な感情を抱くのは致し方ないことだろう。


「今日はすまなかったな。ちょっとメインティア王が心配だ。すぐにメイかポーセハイを向かわせる」


「いいえ、お気遣いなく」


俺と一切目を合わすことなく俯きながらパターソンは答える。そんな彼に従者の一人が何やら小声で話しかけている。彼は悔しそうな表情を浮かべながら俯いた。そして、彼に話しかけていた男が前に進み出て、一礼をして口を開いた。


「アガルタ王様、ありがとう存じます。我が王のことも心配です。お言葉に甘えまして、どなたかに診察いただきますとありがたく存じます」


「わかった。ではすぐに向かわせる。しばらく待っていてくれ」


そう言って俺はその場を後にし、帝都の屋敷に戻った。



メインティア王の許にはメイとマトカルを派遣した。メイ一人でもよかったのだが、最悪のことを考えてマトカルにその警護を頼んだのだ。二人はシディーの振る舞いに驚きながらも、文句ひとつ言わずにアガルタに転移してくれた。


俺はシディーを部屋のベッドに寝かせ、明日の朝一番にローニかチワンに見てもらおうと話をする。彼女はゆっくりと頷くと、そのまま眠りについた。


俺は彼女の寝顔を見ながら考える。これは、どう考えても異常だ。シディーがいきなり人を襲うなどというのは考えられない。そう言えば、彼女は逃がさない……と呟いていた。メインティア王から立ち上った陽炎は、一体何だったのか。嫌な予感がする。


俺はフェアリを呼び、シディーに眠る粉を出してやるのと、しばらくその様子を見るように伝え、部屋を出た。そしてダイニングに降りて、リコとソレイユに今日のことを改めて話した。


「紫の陽炎……ですか? 精霊でしょうか? ですが、紫の精霊は……聞いたことがありませんね」


ソレイユは困ったような顔をしながら、心当たりの精霊がないかを思い出そうとしている。結局、色々と考えてみたが結論は出ず、明日、シディーが暴れた場所にもう一度行って、ソレイユに精霊の有無を確かめてもらうというリコの提案に賛成して、その夜は眠りにつくことにした。


……久しぶりに一人で眠る夜だった。この日はマトカルだったのだが、彼女は結局アガルタに行ったまま帰ってこなかったのだ。そして、その夜、俺は夢を見た。


怪しげな老婆がゆっくりとやって来る。気味の悪い笑い声をあげながら、俺の許に近づいてくる。何がおかしいのか、その気味悪さに俺はその老婆を避けようと体の向きを変える。その瞬間、老婆の指が異様に長く伸びた。


俺は反射的にその攻撃を躱した。指が伸びたと思っていたが、それは爪であり、しかもそいつは確実に俺の心臓を狙っていた。


「何しやがる! 誰だ、お前は!」


「イヒヒヒヒ!」


相変わらず気味の悪い声で笑う老婆。彼女は両手の爪を伸ばし、俺を切り刻もうとするかのように襲いかかってきた。……凄まじいスピードだった。躱すのがやっとという速さだ。俺は隙を見て老婆に灼熱弾を放つ。しかしそれは彼女の体をすり抜けて彼方の空に飛んでいった。


「ヒヒヒヒヒー!」


とんでもない速さで彼女の爪が襲いかかる。俺は素早く結界を張る。


バキッ! パキッ! パキキキキキキキー


攻撃は結界に阻まれていた。なおも彼女は俺の結界を破ろうと力を込めているらしい。結界が黒板を爪でひっかいたようなイヤな音を立てている。


「ギシャー!」


老婆のものすごい叫び声が上がった瞬間、その爪が結界を切り裂き、そのまま俺の体を抉った。


「うぐあぁぁぁぁぁぁ!!」


あまりの痛みに思わず声をあげる。その瞬間に、目が覚めた。


「……夢か」


あまりのリアルさに息が上がっている。水でも飲もうとベッドから降りようと思ったその瞬間に、俺の体に激痛が走る。


「ッ! なんだ?」


見ると、俺の胸の部分が引っかかれたようにズタズタになってる。そして、そこから血が滴り落ちていた。


「……これは……あの夢の……?」


思わずキョロキョロと周りを確認してみるが、誰もいない。気配探知や魔力探知を使ってみたが、おかしな反応はない。


俺はズタズタになっていた部分に回復魔法をかけた。傷は一瞬で治癒できたが、しかし、俺は、その夜は朝まで一睡もすることができなかった。



次の日、俺は休暇を取り、ソレイユを伴ってシディーが暴れた場所に向かった。そこで、彼女に様々なことを調べてもらったのだが、かなり長い時間をかけたにもかかわらず、結局、何もわからなかった。


夕方近くになって屋敷に帰ると、ローニがいた。彼女は既に戻って来ていたメイとリコと話をしている最中だった。


「おお、ローニ。シディーの様子はどうだ?」


彼女は俺を見ると立ち上がり、ぴょこんとお辞儀をして口を開いた。


「はい。先ほど診察しました。ちょっと食事をとられて、すぐまた眠られています」


「どこか、悪いのか?」


「何とも言えません。いま、リコ様とメイ様からお話を伺いましたが、ここ最近、慢性的な睡眠不足だったようですね。で、あれば、頭痛と嘔吐は頷けます。確かに、シディー様のひらめきはものすごいものがありました。それだけ頭に情報が湧き上がっているのであれば、頭痛を起こすのは自然なことです。今は相当お疲れのご様子ですので、熟睡するためのお薬をお飲みいただきました。薬が切れてお目覚めになってから、またお話を伺いたいと思います」


「そうか……シディーは大丈夫なんだな?」


「はい。今は十分な休養を取れば大丈夫かと思います。まず、今日一日は様子を見たいと思います」


「そうか、よろしく頼むな。あと、メイ。メインティア王はどうだった?」


「シディーちゃんと同じです。眠っておられます」


「そっちもか?」


「ただ、メインティア王は今朝お目覚めになったあと、突然お腹がすいたと、かなりの量の食事を召し上がられて、また眠られました。その後、お昼ごろに起きられて、また食事を召し上がって、眠られました。一応診察はしましたが、特に気になるような症状は見られませんでした」


「そうか。そっちも引き続き頼んでもいいか?」


「お任せください。また、明日の朝にでも様子を見に行きます」


「よろしく頼むな」


そんなことを言いながら、俺たちは夕食を食べた。シディーはいないものの、ペーリスの料理に舌鼓を打ち、相変わらずローニの大食いに皆が驚きつつ大爆笑するといういつもの光景がそこにあった。


前日、ほとんど眠れなかった俺は、早めにベッドに入った。今日はリコと一緒に寝る日だ。彼女のお腹もかなり大きくなってきた。もう男か女かは分かりそうなものだが、彼女は男だと断言して憚らない。何としても男の子をと気合が入っているが、もし女の子だったら……と考えても仕方がないことを考えてしまう。


リコは相変わらず、俺の腕枕で眠る。彼女は左腕の腕枕がお気に入りだ。いつもながら、リコを抱きしめていると本当に癒される。そうした満ち足りた気持ちのまま、俺は眠りにつくことができた。



そして、その夜も、夢を見た。


「とうたーん」


背後から俺を呼ぶ声がする。振り返るとそこにはアリリアがいた。


「うおーい、アリリアー」


「だっこー」


「おいでー」


両手を上げてパタパタと走ってくるアリリア。俺は彼女を抱きかかえて抱っこをする。いつもは俺の腕の中でキョロキョロとあたりを見回すのだが、この時は違った。俺の首に手をまわして抱きついたままだったのだ。


「どうしたーアリリアー」


「とぉうたぁぁぁぁぁん」


ふと見ると、アリリアの口が耳まで裂けていた。そして開かれた口の中には、鋭い歯が生えていた。


「アガッ!」


俺の肩口に噛みつこうとしたアリリアの首を右手で掴む。ものすごい力で俺に噛みつこうとしているアリリア。俺は右手にさらに力を籠める。


「何……者……だ」


「ガァァァァ……ウゴアアアア」


獣のような呻き声を上げながら化け物は尚も俺に噛みつこうとしている。既にアリリアの顔ではなく、鋭い歯を持った気味の悪いトカゲのような醜悪な顔になっている。


「昨日もお前の仕業か! なぜ俺を狙う!」


「ゴ……ゴアアア……」


「答えろ!」


「……キサマハ、イツデモ、コロセル」


「何だと!?」


俺はさらに右手に力を入れて、化け物の首を絞めあげる。おそらくこいつがメインティア王の陽炎の正体なのだろう。もしかしたら、シディーの一件もコイツかもしれない。化け物は相当苦しいらしく、既に声が出せないでいるようだ。


「……ノス。……ノス。リ……ノス」


化け物から聞き覚えのある声がする。これは……誰だ? 誰が化けているんだ?


そう思った瞬間に目が覚めた。


「リ……ノス。リ……ノ……ス……」


夢の声がまだ聞こえる。ふと見ると、そこには信じられない光景があった。


……俺の右手が、リコの細い首に食い込み、全力で締め上げていたのだ。


「うわぁぁぁぁ」


絶叫にも似た声と共に俺は慌ててその手を放す。リコは口を半開きにしたままぐったりとしており、ピクリとも動かないでいる。


「リコ! リコ! リコォォォォォォォ!!」


真夜中の屋敷に、俺の絶叫が響き渡った。

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