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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第九章 夢のかけ橋編
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第二百五十一話 覚醒

シディーの様子がおかしい。今までこんな彼女は見たことがなかった。


ヒーデータ帝国では滅多に起こらない地震のあと、彼女は異常なほどに繊細になった。例えば、屋敷に誰があと何歩で入ってくるかを、感覚だけで見事に言い当てたり、何時間何分何秒後に雨が降ってくるといったことを正確に言い当てたりしたのだ。


シディー自身も、なぜこんなことになったのかがわからずに、戸惑ってばかりいる。当然、その様子を見てリコやメイをはじめとする家族たちも心配している。


シディーに言わせると、何となくそんな予感がするという感覚が一番近いらしい。ただ、常に頭の中に情報が沸き上がってくる状態であるらしく、夕方ごろには頭痛を起こしていた。メイ曰く、沸き上がる情報量に脳の処理スピードが付いていっていないために、その状態に慣れるまではしばらく頭痛が続くだろうとのことだった。


そのせいもあってか、彼女はその夜から不眠になった。


眠るには眠るのだが、どうしてもすぐに目が覚めてしまう。肉体的には休んでいるが、頭は起きているという状態であるらしい。さすがに心配したリコとメイが、フェアリに眠る鱗粉を出させ、それを使うことで、やっと彼女は眠れるようになった。


このシディーの覚醒は、本人を疲弊させる一方で、周囲の人々にとっては逆に、思ってもみなかった大きな恩恵を与えた。


彼女はメイらと共にアガルタの医療研究所で医学の研究を手伝うと同時に、アガルタの農作物の研究と、ドワーフたちの技術向上に関するアドバイザーの役割も担っていた。それらの仕事が、シディーのおかげで劇的に改善されたり、向上したりしているのだ。


まさしくカミソリのような直感力と言ってよかった。何か行き詰っている研究や技術開発に関して、彼女がしばらく眺めているだけで、その解決方法をたちどころに思いつくのだ。何の根拠もないのだが、彼女の言う通りにやってみると、目指していた以上の結果が得られる。スタッフは大喜びなのだが、その一方で、アガルタの研究所などでは、シディーが思いついた手法の根拠集めに、大わらわになっている。


しかし、あまりにも頭脳を使いすぎるためか、シディーは徐々にやつれていった。それに比例するように、彼女は甘いものを求めるようになった。どうやら、頭をフル回転させていると体が糖分を欲するらしく、彼女は暇があるとスイーツを口の中に放り込んでいる。


シディーが口にするのは専ら、お饅頭などの和菓子系だ。ケーキなどでも構わないのだが、それを食べ続けると確実に太るだろうという俺の判断で、和菓子系をすすめてみたのだ。


今のところ彼女の体型に変化はないが、その和菓子でさえ、あんこの新しい作り方を思いつき、それを店に伝えて作らせたところ、驚くほど上品なあんこが出来上がった。あんこマスターを自認する俺にとってはうれしい限りだが、シディーは相変わらず頭痛に悩まされていて、辛そうだ。


見かねた俺は、休日にイリモと共に彼女を連れて都を出て、草原に向かった。都や屋敷にいてはどうしても多くの情報が入ってくる。なるべく何もない所に連れて行って、ゆっくりと休ませてやろうと思ったのだ。


まだ寒さの残るアガルタ。彼女を連れてきた草原は、一面の銀世界だった。俺は無限収納から大きなベッドを出し、雪の上に置く。そこにシディーを寝かせて結界を張る。当然その中には気温を一定に保つと同時に、極力外音も遮断する効果を付与していた。


「……どうだ、シディー?」


「……ありがとうございます。すごく、楽です」


ベッドに体を横たえた途端にグッタリとしているシディー。彼女は薄目を開けてぼんやりと真っ白な銀世界を眺めていた。


「……もうしばらくするとまた大地が揺れます。これから10年間くらいは続きそうですね。3年後の……8月14日の12時ちょうどにダリスアン大陸で火山が噴火します。かなり大規模に爆発します……」


まるで預言者のようにブツブツと彼女は呟いている。俺はシディーの頭を優しく撫でながら口を開く。


「シディー。ちょっと寝たらどうだ……」


彼女は力なく頷き、ゆっくりと目を閉じた。俺は事前にフェアリに出してもらった鱗粉をシディーの周りに振りかける。しばらくすると彼女は小さな寝息を立て始め、スヤスヤと眠りについた。俺は彼女の頬に手の甲を当てて、その寝顔をしばらく見つめていた。


1時間ほどで彼女は目覚めた。長い時間眠るよりも、1時間程度熟睡する方がシディーの体質に合っているらしい。彼女は目覚めると、ううーんと背伸びをして、コキコキと音をさせながら首を左右に動かした。


「よく寝た……。スッキリしました」


「よかった。シディー、あんまり無理するな。しばらくはこんな感じで、だだっ広い所で昼寝をすればいい。ちょうどここなら誰も来ないし、情報も入ってこないだろう。転移結界を張ってやるから、ここで休むといい」


「ありがとうございます。リノス様……私……」


「どうした、シディー」


「私、自分が怖いんです。何か……おかしくなりそうです」


「そうだな。いきなり覚醒したもんな。ドワーフ族にはよくあることなのか?」


「いいえ。聞いたことがありません。メイちゃんもドワーフの血が流れていますけれど、メイちゃんはこんな状態にはなったことがないと言っていました」


「そうか……一度、メイかローニに調べてもらった方がいいかもな」


「私……死ぬかもしれないです……」


「バカなことを言うな!」


「でも……私……」


今まで耐えてきたものがこらえきれなくなったかのように、彼女はポロポロと涙をこぼした。俺は大丈夫だといいながら彼女を優しく抱きしめた。いきなり頭の中に爆発的に色々な情報が流れ込んでくるのだ。それは辛いだろう。シディーの気持ちはわからなくはない。


「リノス様……私……ずっとお側にいたいです……。大好きです……」


「シディー……」


俺はしばらくの間、彼女の背中を優しく撫で続けた。



そろそろ夕方近くになり、シディーも落ち着きを取り戻した。さて、帝都の屋敷に帰ろうとしていたところ、俺の気配探知に反応があった。イリモにもそれが分かったようで、反応のあった方向を見つめている。ただ、俺にはこの反応に見覚えがあった。


「……ヤツは何をやっているんだ?」


草原の彼方から馬に乗った数人が、ゆっくりと俺たちのいる方向に向かっている。俺はシディーと共にイリモに乗り、その一団に向けて彼女を走らせた。


「やあ、君か」


「何をしているんですか?」


優雅に雪原を進んでいたのは、メインティア王たちだった。


「カナシリという村に古代の宝剣があると聞いてね。是非、見たいと思って出かけていたんだよ」


「相変わらず名物や宝物見物が好きですね」


「だって、楽しいじゃないか」


いつもと変わらず、ノホホンとした様子で彼は口を開いている。その様子をシディーはじっと見つめ続けている。


「ああ、シディーは初めてだったか? フラディメ国のメインティア王だ。これは、私の妻の一人で、コンシディーです」


「ほう、これは顔立ちの整ったお妃さまだね。まだ幼い……なるほど、ドワーフなのだね。馬上にて失礼します。只今ご紹介にあずかりました、フラディメ・ロスカーノ・メインティアです。以後、お見知りおきを」


彼は馬上からシディーに対し、優雅なお辞儀をした。バカ殿だが、こうした行儀作法は実に見事にやってのける。何とも不思議な人だ。


いつものようにシディーも挨拶を返すのかと思いきや、彼女はじっとメインティア王を見つめている。


「……シディー、どうした?」


「……」


「シディー?」


「……お妃さま、私の顔に、何かあるのかな?」


メインティア王もキョトンとした顔でシディーを見つめている。彼女は目を上下左右に激しく動かしながら、ピクリとも動かずに王を凝視している。そして、ゆっくりと右手が彼女の懐の中に入っていく。そして、再び現れた右手には、ミスリルで作られた、彼女がいつも携えている護身用の短剣が握られていた。


「シディー、何を……」


「ヤァァァァァー!!」


気が付けば彼女は短剣を向けてメインティア王に飛びかかっていた。


「うわっ!」


その予想もしていなかった行為に驚いた王が、馬から仰向けに落ちる。シディーは素早く王の胸の上に馬乗りになった。


「曲者ぉ!」


彼女の絶叫と共に、その両手に握りしめられた短剣が、メインティア王に突き立てられた。

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