第二百四十九話 グッジョブ&ナイスプレー
「ようこそおいでいただきました。どうぞお掛けください。ささ、どうぞどうぞ」
予想に反して丁寧な対応でヤツは話しかけてきた。ここでモメるのも得策ではないと考えた俺たちは、勧められるままに席に着く。それを確認したタコ男は俺の向かい側に座り、上ずった声で、早口でまくし立ててきた。
「私、ポセイドン王付きの劇作家、ナンボークと申します。この度、我が王の命令によりまして、ええと……お名前は……そう、リノス様。リノス様が王にお話しいただいた恋物語を戯曲化せよと命令を受けました。お急ぎのところ申し訳ありません。今一度、王にお話しいただいた恋物語……継母が出てくるのですか? それを私にお聞かせいただけませんでしょうか?」
このタコ男、ちょっと興奮しているようだ。目がなんかおかしい。俺はとりあえず落ち着こうと話すが、彼はその言葉に大声で反論する。
「400年ぶりなのです! 400年ぶりに我が王から新作を作れとのご命令が出たのです! これが落ち着いていられましょうか! 腕が鳴るのです。やっと……やっと私の作品を再び王にお目にかけることができるのです。待ちに待った機会なのです。ああ~~~~興奮する~!」
グニャグニャとタコ男は悶えている。あまりの気色悪さに俺はドン引きしてしまうが、メインティア王たちはニコニコと笑っている。俺は促されるままに、ポセイドン王に語った話を彼に伝える。途中、細かい点を何度も突っ込まれ、シドロモドロになる場面もあったが、何とか話をやり切った。
「わかりました。ありがとうございます! うう~ん。いいですね! 大体において美女だけしか出てこないお話ですので、女優たちは喜ぶでしょう。子役が難しいですが……そこはこちらで何とか致しましょう。では早速執筆にかかります! いかに男女のナマの話にせず、恋と愛の要素を散りばめた作品にするかが大切ですね。それを書けるのは私くらいなものでしょう。ああ~腕が鳴る。腕が鳴りますぅぅぅぅぅ」
そう悶えながら、タコ男は部屋を後にしたのだった。
「ふう~」
俺は思わずため息をついていた。この城に来てからずっとせわしなかった。なんだかようやく一息つけた気がしたのだ。
「いや、ポセイドン王の話は非常に参考になった。この城にきてよかった」
メインティア王が満足げに話をしている。
「そうですな。我々もまだまだ勉強が足りませんでした。かの王に喜んでいただける話題が提供できるように、これからますます精進しませんと」
ラファイエンスが頷きながら話している。彼は話をしながら俺に視線を送り、再び口を開く。
「ポセイドン王の話もさることながら、かの王と我が王の間で、義兄弟の契り……同盟を結べたことが、何よりの成果だ」
そう言って彼は俺に向かってウインクをする。
「そうですね。まさかあのような形で俺たちとポセイドン王との間につながりができるとは思ってもみませんでした。これも偏に、将軍のお陰ですね。ありがとうございます。しかし将軍、なぜ俺が同盟の話をしようとしたとき、いきなり止めたのですか?」
「リノス殿、ポセイドン王は女性を愛する優美なお方だ。そうしたお方は血を連想する話題を嫌う傾向がある。いきなり同盟、などという血なまぐさい話をすると、王が即座に断りかねないと思ったのだ。それで話を遮らせてもらった。まさか、王自身が驚く話をせよと言われたのには予想外だったが、リノス殿ならばきっとうまくやってくれるだろうと信じて、王に追従してみたが、やはり、思った通りだった」
「なるほど、確かに私も、血を連想する事柄は嫌いだ。さすがラファイエンス殿はよくわかっていらっしゃる!」
メインティア王が手放しで老将軍を褒めたたえている。それを涼しい顔で受け流している将軍……。言っていることは無責任そのものだし、またしても、このオッサンにおいしいところを持っていかれてしまった。しかし、彼の言っていることは的を射ている部分はある。さすがは年の功というべきか。今回の彼の機転はマジで、グッジョブだった。
しばらくすると、ルアラが半魚人に案内されて部屋に入ってきた。どうやら母親とも会え、弟とも遊べたようだ。その後、俺たちは半魚人に城門まで案内され、そのまま海を泳いで陸へと上がった。当初は3日を予定していた訪問が、1日で終わってしまった。仕方なく念話でチワンと連絡を取り、ポーセハイたちに無理を言って迎えに来てもらい、俺たちはアガルタの迎賓館まで帰ってきたのだった。
「あっ……姉さま」
館の廊下で思わずルアラが声を上げる。視線の先には、今日の業務を終えたリコとフェリス、そしてマトカルがこちらに向かって歩いて来ていた。よく見ると、フェリスがげっそりとやつれている。どうやら、かなりハードな目にあったようだ。
「あっ、もう戻られたのですね?」
俺たちに気づいたリコは一瞬笑顔になったが、見慣れない男がいるとわかると、怪訝な表情を浮かべる。
「ああ、リコ、紹介するよ。フラディメ国のメインティア王だ」
「まあ、このお方がメインティア王様? お初にお目にかかります。私はアガルタ王リノスの妻で、リコレットと申します。こちらが同じく妻のマトカル、そして、こちらが、さるお家から行儀見習いでお預かりしています、フェリスですわ」
リコが優雅に二人を紹介している。彼女たちはそれぞれ、リコに習った通り、優雅な礼でメインティア王に挨拶をする。
「以後、お見知りおきくださいませ」
最後にリコが優雅に一礼をする。お腹が邪魔になるように思えたが、それを全く問題にしなかったところは、さすがだ。
「美しい!」
突然、メインティア王が大声を上げる。何事かと全員が目を丸くする。
「このお方が、アガルタ王のお妃か! なんと美しい……。絵に描いたようだ!」
メインティア王がリコをガン見しながら、わなわなと震えている。リコは戸惑いの表情を見せながらも、言葉を返す。
「とんでもございませんわ。ご覧の通り、身籠りましてから少々ふくよかになりまして……。また、このような普段着でお目にかかっておりますので、お恥ずかしい限りですわ」
「何をおっしゃる! ふくよかとは、またご謙遜を! そのあふれ出る気品、美しさ! この世にこれほどの美女がそうはおるまい! アガルタ王のお妃が美しいとは聞いていたが、まさかこれほどとは……。 ううむ。相手がアガルタ王でなければ、私は一国をかけて争うだろうに。美しい! 素晴らしい!」
もの凄いテンションでメインティア王はリコを褒めちぎっている。ちょっと落ち着きなさいよと言おうとしたところに、リコたちの後ろから、メインティア王の従者であるパターソンが、一人の女性を伴って歩いてきた。
「ああ、パターソンじゃないか。どうしたんだ?」
「あ……お話し中のところを……。これは失礼いたしました」
「いや、いい。ところで、そちらの方は?」
パターソンは俺とメインティア王を見比べながら、言おうかどうかを迷っている様子だったが、やがて意を決したように口を開いた。
「本国から、その……。我が王の身の回りの世話をする女が参りました。ノレーンです」
小柄な、目じりの垂れ下がった、「おかめ」みたいな愛嬌のある女が、恭しく俺たちに一礼をする。その顔を見た瞬間、再びメインティア王が声を上げる。
「美しい! 気に入ったぞ! ノレーンと申すか! 18歳? よしっ! ささ、参れ!」
「え? 国王様? あの、国王様? 国王様? 国王様?」
戸惑うノレーンの手を掴んで、彼は無理やり廊下を引きずっていく。そして角を曲がるや否や、再び王の声が上がる。
「パターソン! ベッドだ! ベッドを用意しろ! すぐにだ!」
あまりのことに、リコを始め、女たちはポカンと口を開けている。その光景を、ラファイエンスはニコニコと笑みを浮かべて眺めていた。
「……一体なんですの? いきなりベッドを用意しろとは」
リコが怪訝な表情で口を開いている。俺は思わず口を挟む。
「リ……リコの美しさに、興奮しちゃったんだろうな、きっと」
俺の顔をチラリと見るリコ。そして、彼女はため息をつきながら、ゆっくりと口を開く。
「いきなりベッドは感心しませんが……。メインティア王様は……女性の趣味は、よろしいようですわね」
リコがちょっと照れている。その様子を見て、ラファイエンスはパチリと俺にウインクを投げた。
……そうだろう。我ながら、ナイスプレーだ。