第二百四十八話 名場面をパクるんじゃねぇ!
「何と……。ポセイドン王様と兄弟の契りとは……。我らは、この上のない喜びですな」
心から嬉しそうな表情を浮かべながら俺たちに話をしているのは、ラファイエンスだ。彼は満面の笑みを湛えながら、再びポセイドン王に視線を向ける。
「ポセイドン王様、我らは義兄弟となりました。これよりは、我らは互いに手を取り合う仲です。ただ……一つ、心苦しい点がございます」
ラファイエンスの意外な言葉に、ポセイドン王は不思議そうな表情を浮かべる。
「心苦しいとは? 私と義兄弟の契りを結ぶのに、何か障害になることでもあるのかい?」
「いえ、そんなことはございません。ただ、我々は人族で、王ほどの力はなく、むしろ非力です。ともすれば、王にお助けを求めることが多くなるやもしれません。このラファイエンス、それが心苦しゅうございます」
老将軍は目を閉じて、いかにも申し訳なさそうな顔をしながら首を振る。それを見たポセイドン王は、ニコリと柔和な笑みを浮かべながら口を開く。
「何を言うのだ。義兄弟の契りを結んだ上からは、そのように畏まることはない。兄弟に危機があるときはいつでも手助けをしようじゃないか。遠慮なく言ってくれればいいよ」
「なんと心強いお言葉でありましょうか。いや、正直申しますと、我がアガルタはクリミアーナ教国から侵攻の脅威に晒されておりましてな。現に、かの国の首都、アフロディーテの港には、我が国を攻め滅ぼすための多くの軍船が用意されていると聞き及んでおります。これが無くなれば、我らはいつ何時でもポセイドン王と雅な恋の話が出来るのですが……。しかし、王のお言葉を聞いて安心いたしました。もし、かの国が我が国を攻めて参りましたときには、ご相談させていただきたく存じます」
ポセイドン王はゆっくりと頷いて目を閉じる。しばらくの間沈黙が流れたが、やがて王は再び目を開けて、柔和な笑みを湛えて口を開いた。
「クリミアーナとは、確か、ターピス海にある島国だね? ……うん、確かに、たくさんの船が港に停泊していたね。しかも、血と鉄の臭いがする船だ。あれに海を荒らされるのは私もご免だ。……よし」
ポセイドン王は天井を向き、空に向かって、右手の人差し指を動かし始めた。まるで何かの文字を書いているようだ。最後に彼は、人差し指を突き上げた姿勢を取り、しばらく固まる。そして、ゆっくりと視線を再び俺たちに向けた。
「全て駆逐しておいたので、もう、大丈夫だよ」
「駆逐……されましたか?」
「ああ、安心するといい」
「……おお! さすがは我らが兄! このラファイエンス、歓喜に耐えません」
老将軍は恭しく一礼をする。ポセイドン王はその様子を見て、満足そうに頷いている。後になってわかることなのだが、その頃、アフロディーテでは、沖合で突然大爆発と共に巨大な水柱が上がり、その直後に発生した津波が、港に停泊していた軍船を襲っていた。波にのまれて崩壊する船もあり、巨大な波に港に打ち上げられた軍船もあり、それらがまとめて押し寄せたアフロディーテの港は、甚大な被害を受けていたのだった。
ポセイドン王は、老将軍に向けていた視線を、ゆっくりと俺に向けた。
「……思い出したよ、アガルタ王。確か君は、娘と共に、私の妻、アムピトリテの怒りを鎮めてくれたのだったね。あれは本当に助かったんだよ。彼女はなかなか私に会ってくれなくてね。まだ、そのお礼ができていなかったので、今日はいい機会だった。いや、兄弟。また、いつでも遊びに来るといいよ。そして私にまた珍しい恋の話を聞かせておくれ」
「おお! それはよい趣向だ! アガルタ王の知識はこんなものではないはずだ。是非私もその話を聞いてみたいね。どうでしょう、ポセイドン王。いや、兄上様。定期的に集まって、アガルタ王の話を聞くというのは」
「いいね。ぜひ、そうしよう」
……俺をそっちのけにして、二人で盛り上がってやがる。いやいや、愛の話? あるわけないだろ。モテない俺には、無理な注文だ。それにしても、単に女好きの王様だと思っていたが、ポセイドン王を名乗っているのはダテじゃないらしい。一度、サダキチに調査をさせなければならないだろうが、クリミアーナの船を駆逐したと言っていた。ヤツらの船はガルビーで一度見たが、結構なデカさだった。その船を数十隻まとめて葬ったのだ。とんでもない力だ。
そんなことを考えている俺を尻目に、ポセイドン王とメインティア王は何やら二人で盛り上がっている。
「そうだね。あまり時を置かない方がいいね。互いに集まるのは……5年に一度くらいがいいね。かなり頻繁になってしまうがね」
「は? 5年?」
ポセイドン王の予想外のブッ込みで、メインティア王は目を丸くして驚いている。さすがに5年という期間は長い。
「そうですな。そのくらいがちょうどいいでしょう。ただ、人族の寿命は短こうございます。この老いぼれは、次にお目にかかるときは、この世にはいないかもしれませんな」
にこやかな笑みを湛えて口を開いたのは、ラファイエンスだ。
「うむ。人族の寿命は短いと聞く。いいだろう。それならば……」
ポセイドン王はどこからともなく、小さな箱を取り出して、テーブルの上に置いた。
「これを肌身離さずに持っておくといい。次の5年後に我らが出会うまでの間、貴公の災いを取り除いてくれるだろう」
「おお! このような老いぼれに、何という素晴らしいものを!」
老将軍は大喜びで、その箱を押し戴くようにして礼を言っている。これはもしかしてアレか? 浦〇太郎が竜宮城でもらうアレか? 箱を開けるとオジイちゃんになってしまうという……。このオッサンは既にオジイちゃんだから、箱を開けても大丈夫ってか?
ラファイエンスの感激ぶりを満足そうに眺めていたポセイドン王は、俺たちを見まわして、再び口を開く。
「うむ。我は満足だ。それでは兄弟、再び5年後に会おう! くれぐれもここでの……そうだな、桃サンゴの庭……。うむ、この、桃園の誓いを、忘れないでおこう!」
とーえんのちかい! この王様、『桃園の誓い』って言いやがった! あの、有名な場面をまさかここでパクるとは! あの物語のファンならば絶対に怒るぞ! いや、ファンもさることながら、あの三人の英雄に、逆に怒られまっせ? なにより、人数が一人多い!
固まる俺に目もくれず、メインティア王と老将軍は頭を下げて畏まっている。その様子を満足げに見つめていたポセイドン王は、ゆっくりと立ち上がると、再び俺の顔を見つめ、ニコリと笑って、そのまま庭の奥に消えていった。
「それでは、ご案内します」
いきなり後ろから半魚人に話しかけられてビクっとなる。俺たちは顔を見合わせながら、その男についていく。しばらく歩くと、再び王の玉座の前に出た。そこには先ほどと同じく、カルヤートが控えており、彼は右手で扉を指しながら、俺たちに声をかけた。
「ご苦労様でございました! 立ち止まらずにゆっくりとお進みください! どうぞ扉に向かってお進みください。立ち止まらずに、まっすぐ、扉までお進みください。本日は誠にお疲れ様でした! 我が王も大いに満足されております。この度のご訪問、誠にありがとうございました!」
ライブ会場での、終演したときの追い出しアナウンスのようだ。そんなことを思いつつ、カルヤートを睨みながら俺たちは玉座の部屋を後にする。そのまま城門まで案内されるのかと思いきや、予想に反して俺たちは、別の部屋に案内されてしまった。そこは、広いテーブルといくつかの椅子があり、まるで会議室のような部屋だった。そして、その部屋には、赤いタコのような顔をした男が控えていた。
彼は、俺たちの姿を見た瞬間、その顔を真っ赤に変色させ、目を大きく見開いた。
なに? 怒っていますか?? 俺は、タコに恨まれる覚えは、ないんだけどなぁ……。