第二百四十七話 お古い話を申し上げます
よく見ると、目の前に座っている三人は、それぞれが違う雰囲気を纏っている。まず、俺の右隣に控えているラファイエンスは、いつもの表情で、ゆっくりと両王に視線を向け、そして、俺を見た。いかにも、私がフォローをするから安心して話すといい、というような雰囲気を醸し出している。
一方で、左側に控えているメインティア王は、じっと俺の顔を見ている。目をキラキラさせているところを見ると、期待で胸をいっぱいにしているようだ。さらに、正面のポセイドン王に至っては、じっと俺を見据えたままだ。まるで、俺の力量を図ろうとしているみたいだ。
どうやら、ここからは逃げられそうにない。腹をくくるしかなさそうだ。
「ええ~あの~その~。俺の経験ではなく、聞いた話、でもいいのでしょうか?」
「構わない」
ポセイドン王が即答する。メインティア王はニヤリと微笑んでいる。何もそんな照れないで、自分の経験だよと素直に話せばいいのに……などと思っているのだろう。コイツの考えは手に取るようにわかる。
俺は覚悟を決めて、オホンと咳払いをして、口を開く。
「昔々の、お古い話でございます。ある国の王様のもとに、一人の美しいお妃がおりました。王様はその美しさに心奪われ、お妃さまを深く、深く寵愛しておりました」
「うむ、よくある話だ。まるで我が父、大上王のようだ」
「……」
「そのご寵愛の甲斐ありまして、お二人の間には、可愛らしい男の子が生まれました。しかし、王様には多くの側室がおり、お妃さまは、身分の低いご出身でした。そのため、お妃さまは他の側室から嫉妬され、色々と嫌がらせをされるようになりました。そのせいでしょうか、だんだんと病に伏せることが多くなりました」
「うん、よくわかる。我がアリスン城もまさにそのような状態だ」
「……」
「そして、王子様が3歳になった頃、お妃さまはついに重い病を得て、還らぬ人となったのです」
「何と……。なんと痛ましいことだ! そうなる前に、何か手を打てなかったのか!」
「……」
「王様は深く、深く嘆き悲しみました。いつまで経ってもそのお妃さまのことが忘れられませんでした。それを見かねた家来たちは、お妃さまにそっくりな女性を見つけ出し、そして、その女性を王の側に仕えさせたのです」
「素晴らしい忠臣だ! 我がフラディメ国も、そのような忠臣が一人でもおれば……」
「……」
「王は喜び、新しいお妃さまを寵愛し、元気を取り戻されました」
「そうだろう、そうだろう」
……さっきからこのバカ殿のツッコミがうざい。一方で、ポセイドン王は全く顔の表情を変えず、真顔で俺の話を聞き続けている。ちょっと不気味だ。そう思っていると、不意にポセイドン王が口を開く。
「それで? まさかそれで終わりではないだろうね? だとしたら……」
「いいえ、お話はまだ続きます」
「そうか、聞こう」
ポセイドンさん、何も、そんなにカリカリせんでもええがな。怖ぇよ。俺は再びオホンと咳払いをして、話を続ける。
「さて、亡くなられたお妃さまとの間に生まれた王子様ですが、この王子様も、自分の母親が亡くなられた後、とても寂しい思いをしていらっしゃいました。そして彼は、亡き母の面影のある新しいお妃さまに、次第に懐くようになり、お妃さまも、そんな彼に愛情を注ぐようになります」
「うむ。いい話だ」
「……」
「そして、時が経ち、王子様が成長するに従って、お妃さまに対する思いが愛情に変わっていきます。つまり、お妃さまは、王子にとって初恋の人になるわけです」
「ほほう。それで、それで?」
相変わらずバカ殿がうざいが、よく見ると、腕組みをして黙っているポセイドン王の体がちょっと前かがみになっている。話に興味を持ち出したか? よし、話を続けよう。
「さすがに、父王のいる手前、お妃に思いを告げたり、ましてや手を付けたりすることは出来ません。結局、王子様はお妃さまを慕い続けながらも、自分も妃を迎えることになります」
「ほう、まさかそれで、その恋は終わりましたと言うんじゃないだろうね?」
「まさかぁ」
「うん、そう言うと思ったよ。さあ、早く続きを聞かせておくれ」
何故かバカ殿が俺の話にノリノリになっている。マジでうざい。
「オホン。で、王子はずっとお妃さまへの愛情を持ち続けていましたが、ある時、そのお妃さまが病に倒れました。そして彼女は、王宮を出て、空気のきれいな田舎に移って静養することになりました。それを知った王子様は、そのお妃の後を追ったのです」
「おおっ! まさか……」
「そのまさかです。王子はお妃さまが静養している屋敷に忍び込み、思いを遂げたのです」
「そうか! やったか! そうでなくては! で? で? その後どうなった?」
「彼女は王子様の子供を身籠ったのです」
「おお~。そうなったか~。天罰だな。いや、しかし、気持ちはわかる。うんうん。気持ちはわかるぞ。しかし、大変なことになった」
「病の癒えたお妃さまは王宮にお戻りになりました。そして、罪の意識にさいなまれながらも、王子の子供を産み落としました。男の子でした。王様はことのほか喜び、そのお子を自分の王太子としたのです」
「……まて! なぜ生まれた子どもが王太子になるのだ? 通常は兄たる王子が王太子になるのが筋だろう? まさか……まさか……王は王子とお妃との関係を知って……? だとしたら、だとしたらだ! 王子は姦通罪に問われて火あぶりに……!」
「……落ち着いてください、メインティア王。まだ続きがありますから。で、お妃さまは、罪の意識に苦しんで、その後すぐに亡くなってしまいます。王子も罪の意識と、愛する人を失った悲しみで、落ち込む日々を送ります」
「なんと不幸なことだ……。いや、待て! 罪の意識に……と言ったな? まさかそれは建前で、本当は人知れず王に処刑されたのではないのか? だとすると王子は落ち込んでいる場合ではないぞ! 早く国外に逃げなければ命が……」
「……メインティア王、ちょっと黙っていてください。話がし辛いです。いいですか? で、そんなふさぎ込む毎日を送っていた王子ですが、ある時、気分転換に山に散策に出かけます。そこで、ちょっと大きなお屋敷を見つけます」
「ほう、何だかまた、新しい話になりそうだな」
「で、その屋敷からは小さな女の子の声が聞こえます。スズメに逃げられた~などと、他愛もないことを言っているのです。王子は、たまたま見つけた壁の隙間から、その様子を覗いてみたのです」
「ううむ。決して許される振る舞いではないが……。気持ちはわかる。それで?」
「そこには10歳くらいの女の子が遊んでいました。その女の子が、何と亡くなったお妃さまにそっくりだったのです」
「何っ! そうきたか! 屋敷の女を見初めるとは思っていたが、少女だったか……。しかし、10歳ではどうにもならんな」
「と、思うでしょ? しかし、王子様はその少女を自分の屋敷に連れ帰るのです。そして、教養を身に付けさせ、自分の好みの女性になるように育てるのです」
「ほう……」
「そして、少女が14歳になった時、王子は彼女を妻として迎えたのです」
「何ィ! そんなことが……あるのか……」
「そして王子は、その少女を心から愛し、彼女も王子を心から愛して、二人は仲睦まじくその後を暮らしましたとさ……。そんなお話です」
全員が押し黙り、辺りがシンとなる。ポセイドン王は相変わらず表情を崩さない。メインティア王は目を左右に激しく動かして動揺を抑えきれないでいる。ラファイエンスは、いつの間にか目を閉じたまま上を向き、じっと何かを考えこんでいる。
まさか……元ネタがバレた? いや、そんなはずはない。彼らが知っているはずはない。俺が高校生の時に習った作品で、ちょっとデフォルメもしているのだ。内容ちょっとちゃうやんけ、と言われそうだが、これは決してうろ覚えだったからではない。敢えて、ちょっとデフォルメしたのだ。そう、敢えてだ!
「ア……アガルタ王、その王子は、父王から姦通の咎め立てはなかったのか? え? どうなのだ?」
「咎め立て……ですか? 確か、それはなかったと思いますよ……。そう、先のお妃との間に生まれた子供が即位して、王子は臣下に下り、新しい王の元、政務を補佐したと記憶しています」
「何? 自分の子供を王位につけて、その後見になったのか! 何という狡猾な……それでは、その国は最早、王子の意のままではないか。王位簒奪ではないのか? 他の家来たちは何をしているのだ?」
何故かメインティア王が震えながらトンチンカンな質問をしてくる。大丈夫か、コイツは?
「いや、もちろん政権闘争みたいなものはありましたよ? 実際、政争に敗れて王子は都を離れて隠棲していますしね。しかし、最終的に彼は都に呼び戻されて、高い位につきました。人物もそれなりに優れていたと思いますよ?」
「しかし……しかし、それでは王位を簒奪したのも同じではないか」
「貴公、すこし黙ったらどうだい?」
ポセイドン王が口を開いた。いつもとは違って、迫力のある声だ。背中がゾクっとする。メインティア王はオロオロとしながら居住まいを正した。
「うむ……。今までに聞いたことのなかった話だ。継母を慕うというのはない話ではないが……。まさか、幼い少女を、自分の好みの女に育てて妻にするというのには驚いたな。果たして私は、そのようなことができるだろうか? ……できないね。そうするためには、常にその少女に愛情を注ぎ続けねばならないだろう。そうしないと、互いに深い愛情が通い合わないからね。その王子は、少女を妻に迎えた後、仲睦まじく暮らしたとあった。少女も王子を受け入れたのだ。育ての親であるにもかかわらず、だ。よほどその少女が優れていたのか……。いや、王子の愛情だ。この海よりも深い愛情がなければ、この話は成立しない……」
いつの間にかポセイドン王の眉間に皺が刻まれており、ちょっと迫力のある顔になっている。この人、怒ると怖そうだ。言葉には気を付けないと、後がややこしそうだな。そんなことを考えていると、王が再び口を開く。
「……驚いた。いや、面白かった。まさか、人族の、私よりもはるかに若い男に、このようなことを教わるとは、思いもよらなかったな。危うく私は、アガルタ王、君を見損なうところだったよ」
ポセイドン王は、厳しい表情のまま頷いている。怖い……。俺は何といえばいいんだ? そんな感じで混乱していると、不意にポセイドン王の声が響き渡る。
「我は満足だ! やはり、この者たちを招いたのは間違いではなかった! 今日より我らは兄弟だ! 同じ志を持つ、兄弟と認めよう!」
……え? 何言ってんの? 兄弟って……。同じ志って……。すまん、一緒にしないで欲しいんだが……。
いつの間にか、テーブルにグラスのようなものが並べられている。そして、その中には透明な液体が入っている。ポセイドン王はそのグラスを手に取り、再び笑みを湛えて口を開く。
「人族では、兄弟の契りを交わす時に、酒を酌み交わすそうじゃないか。それに則り、我々も、酒を酌み交わして、兄弟の契りを結ぼうではないか!」
その言葉を聞いて、メインティア王は我が意を得たとばかりにグラスを取る。そして、ラファイエンスもゆっくりとグラスを取る。……三人が俺をガン見している。仕方がないので、俺もグラスを取る。
「我らこれより、兄弟の契りを結ぶ。この世に生を受けた日はバラバラだが、こうして兄弟の契りを結んだ上からは、どこまでも助け合おう。そして、死を迎える時は……同じ死に方で、死ぬことを誓おう!」
そう言ってポセイドン王は一気に酒を飲みほした。それに続いて、メインティア王とラファイエンスも飲み干す。そして、最後に、俺も渋々ながらその酒を飲みほした。
美味くない酒だ。それに、同じ死に方って何だ? もしかして、腹上死? その死に方は、マジでイヤだなぁ……。