第二百三十八話 息子の言い分
「……あまりのお話ですので、我々としては即答できません。まずは、学会が終わるまで、お二人でもう一度ゆっくりとお考え下さい」
リノスはそう言ってリボーン大上王との会見を打ち切り、メイを伴って学会の会場に移動した。
「ムチャクチャな話だな。現役の王様を預かれとは……。厄介な父子だな」
ボヤくリノスの後ろを歩きながら、メイも困ったような笑みを浮かべるしかなかった。
「こっそり二人を鑑定してみたが、大上王は頑固一徹真面目一筋、息子の方は遊んでばっかりだ。はぁー後ろ暗い部分が全くないのも、逆にややこしい……」
リノスは、歩きながら大きなため息をつくのだった。
アガルタ医療研究所の大会議室で、3日間に渡って行われた学会は、とても白熱したものだった。互いの国が新しい研究の発表を行い、大きな賛同を得た一方で、侃侃諤諤の激論が交わされた論題もあり、その日の日程が終了しても、研究者たちは夜遅くまで互いの議論を交わし合った。
その中でも、最も精力的に議論を交わしていたのがリボーン大上王であった。彼は疑問を持った事柄にはすぐさま手を挙げて質問し、納得がいくまで説明を求めた。そして、共感した論については手放しで礼賛し、その成果を湛えた。彼は、夜遅くまでその日に発表された論文を検証し、様々な研究者と議論を交わしながら、知的好奇心を存分に満たしていった。
リノス自身も、学会が終わった後は、サンダンジ国王のニケをはじめとする、各国の王族たちと様々な情報交換を行っていた。その主な内容はやはり、クリミアーナ教国の事柄が中心であったが、軍事、内政、外交など、話題は多岐にわたった。
リノスを訪ねてくる王族や研究者の一部には、あからさまにアガルタの情報や技術を盗もうとしてくる者、半ば恫喝に近い話をしてくる者もいたが、それについては、気配を消して部屋のオブジェと化していたゴンが念話でアドバイスを送るなどして、角を立てることなく上手く断ることに成功していた。
リノス自身も、先のカッセルとヴィエイユとの攻防の中で、油断すると痛い目を見ることを学んでいたために、細心の注意を払って対応したのだった。一方で、彼が信頼できる王と国との間においては、この学会を経ることで、相互の協力体制を築くことができつつあった。
問題のメインティア王は、学会には参加していたものの、心ここにあらずの雰囲気を隠そうともせず、ひたすら机に向かって何かを書いていた。リノスは自分の席からこの父子の様子を折に触れて観察し、そのあまりの正反対の態度に、逆に、面白ささえ感じたのだった。
そして、学会の全日程が終了した日の夜、リノスは初日にリボーン大上王と話をした部屋に向かった。メインティア王から改めて二人で会いたいと要請されていたのだが、予定が会わず、延び延びになっていたのだ。
「いやー、くたびれたねー」
リノスたちが部屋に入るなり、メインティア王は砕けた調子で話しかけてきた。予想外の態度に、リノスは思わず眉間に皺を寄せる。王の従者たちは緊張した様子で会談の行方を見守っているが、彼はそんな様子を気に掛けることなく、ゴロンとソファーに横になり、頬杖をつきながらニコニコとリノスを見た。
「申し訳なかったね。父が無理難題を言ってしまって。お詫びと、明日、父と話をする前に私の気持ちを伝えておこうと思ってね。私は、アガルタに残ることにするよ。いつまでここにいるのかは、父と相談することになると思うけれどね」
「……ずいぶんとアッサリと国を出る決断をするのですね。一国の王とは思えない考えと振る舞いですね」
思わず本音が出たリノスの言葉に、気にする様子もなく彼は言葉を続ける。
「すまないね。私は固っ苦しいのが苦手なんだ。勘弁しておくれ。……正直、私も、アリスン城の窮屈な暮らしにちょっと参っていたところだったんだ。しばらく、ここアガルタに逗留するのは、正直言ってイヤではないんだ。以前から気になっていた国でもあるしね。もちろん、アガルタ王が許してくれればの話だが」
「いや、さすがに王がいないのは国としてマズいでしょう。それに、フラディメ王国とアガルタは同盟関係でもないですし、ましてや属国でもありません。そんな国の王を預かることなんてできませんよ」
「へぇ~。意外とカタいことを言うんだね。いいと思うよ? 別に私がいなくてもあの国は問題なくやっていける。父は王が全て政治を行わねばならないという考え方だが、私はそうは思わないんだ。そんなものは、大方、家臣に任せておけばいい。父はあまりにも家来たちを信用しなさすぎる。我が国の人材も捨てたものではないんだ。政治などは優秀な家臣に任せておけばいいと思うよ? むしろ、王も限りある人生を楽しまなくてはね」
「まるで、死んだジュカ王国の国王のような考え方ですね」
「ハッハッハ! 一緒にしないでおくれよ。ジュカの国王は暗君以外の何物でもなかった。彼が国のことを一度でも考えたことがあっただろうか? 女にうつつを抜かして、自分の欲望を満たす、それだけの男だった。私は、違うよ。我がフラディメ国の行く末を案じているからね」
「ジュカ王とあなたの違いが、俺にはよくわかりませんが……」
呆気にとられるリノスを尻目に、メインティア王はゆっくりと立ち上がり、う~んと背伸びをして、再びソファーに座る。
「大体、私は父のようにはなりたくはないのだ」
「リボーン大上王は立派な人だと思いますが……」
「立派……かなぁ? まあ、息子の私が言うのもなんだけど、父は確かに、政治的な能力はズバ抜けていると思うよ。これが乱世なら、おそらく覇を唱えただろうね。しかし、世の中は治まろうとしているんだ。全世界を騒がせた大魔王も討伐されたし、クリミアーナも……ね。世の中が平穏になろうとしているこの時代に、父のやり方は合わないよ」
「それを、あなたが言いますか?」
メインティア王はニッコリと笑う。
「家来たちは父の前に出ると、あの眼光の鋭さに圧倒されて、皆、黙ってしまうんだ。さすがにこれではいけないと思ったんだろうね。父は家来を集めて、自分の治世に非があれば、遠慮なく言うがよいと言ったんだ」
「……立派なことだと思いますが?」
「でもね、実際は、イヤな大上王なんだよ? このアガルタに来るときだってそうだ。今の若い者は鍛え方が足りないと言って、朝から日が落ちるまで家臣たちを休ませずに移動させたんだ。特に父の本箱を持つ者などは、たまらなかっただろうね。父は、あまりにも周囲の者に自分の考え方を押し付けすぎる。家臣の意見を受け入れるとは言っているが、あれでは無理だ」
メインティア王は、ニコニコとした笑顔のままではあるが、話している内容は実に辛らつだ。リノスはそのギャップに戸惑いつつも、彼の話に耳を傾ける。
「父は騎士としての自負心が強くてね。常に戦場を意識して生活しているんだ。父の時代はそれでよかったのかもしれない。いや、そうせざるを得なかったのだろう。でも、今は時代が違うよ。あんな窮屈な王では国の人々が疲れてしまう。だから、私は父と反対のことをする。むしろ、国の人々が穏やかに、楽しく暮らせるようにするべきだと思うんだ」
ソファーに座りながら足を組み、楽しそうな顔で、メインティア王はリノスを見ている。
「あなたのお気持ちはよくわかりました。ただし、こちらとしても都合というものがあります。一度、考えさせていただいて、明日、大上王様との会見の時に、お返事を致します」
「うん。いい返事を期待しているよ」
王は目をキラキラさせている。まるで、リノスがこの話を断ることなど、全く念頭にないかの様子だ。そんな王の姿を見たリノスは、大きなため息をついて、足早に部屋を後にしたのだった。




