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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第八章 疫病撲滅とクリミアーナ教国対決編
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第二百十九話 だるまさんがころんだ

「……服を脱いで、裸になってください」


「……」


白衣を着た三人の研究者の前には、一人の少女が震えながら立っていた。彼女は青ざめた表情を浮かべつつ、ゆっくりと上着の紐を解いていく。シュル、シュル、シュルという音が部屋に響き渡る。そして、彼女は胸の前で手を止める。よく見るとその手は小刻みに震えている。


「脱いでください」


「……」


彼女はあきらめたようにゆっくりと胸をはだけた。服の下には何もつけておらず、まだ膨らみ始めたばかりの幼い胸があらわになる。その直後、上着はゆっくりと床に落ち、下着一枚の姿になった彼女は、両手で胸を隠す。


「下着も脱いでください」


無情な言葉だ。その言葉を聞いた少女は一瞬、ピクンと体を震わせる。そして、目を伏せながら、胸を隠していた両手を下ろしていく。そして、彼女は震えながら、ゆっくりと下着を下ろしていく。


「足を開いてください。顔を上げてください」


少女は目を閉じたまま、一糸まとわぬ裸体を晒す形になった。シミ一つない真っ白な、絹のような美しい肌だが、痩せた体だ。あばら骨が浮き出している。その上に、お椀を伏せたような小さな乳房が乗っており、それが彼女を女であることを証明している。体毛はすべて処理されており、まさしく彼女は、生まれたままの姿を晒していた。


「では、始めましょう」


三人の研究者は少女に近づき、彼女の体の、ありとあらゆる場所を調べていく。全身をはい回る手や指の感触に、少女は悪寒にも似た感覚に苛まれ、その両目からは自然と涙が溢れた。この幼い裸体を晒しているのはヴィエイユであり、それこそクリミアーナの人間がこの光景を見れば発狂するような、一見すると虐待に近い仕打ちが行われていた。むろんこれは必要があって行われていることなのだが……。そんなことを繰り返すこと数回、ついにヴィエイユの精神は崩壊寸前まで追い詰められたのだった。



アガルタの都にあるリノスの執務室。そこに一人の女が呆然と立ち尽くしていた。美しかった金髪はほつれ、頬はげっそりと痩せこけ、目の下には濃い隈が出来ていた。女の全身から疲労感と倦怠感が滲み出ており、一見すると四十台半ばの女性に見える。まさかこれがクリミアーナ教の教皇の孫として、蝶よ花よと育てられてきたヴィエイユであるとは、誰も気が付かないだろう。信徒たちの憧れを一身に集めた美少女ぶりは、そこには全くなかった。


そのヴィエイユの前には、机の上で腕を組んだまま彼女を見据えているリノスがおり、その上手側にはラファイエンスとクノゲン、そしてマトカルが控え、下手側にはメイとチワン、ローニが控えていた。ヴィエイユは口を半開きにしたまま、焦点の定まらぬ視線をリノスたちに向けていた。


「で、どうだ。体の調子は?」


リノスが落ち着いた声でヴィエイユに尋ねる。彼女は即答せず、やや長い間をあけて、か細い声で返答する。


「……問題、ございません」


リノスは、やれやれといった表情で、隣のメイに視線を向ける。


「今のところルロワンスの特徴である紫色の斑点は見えませんし、呼吸、脈拍ともに安定しています。ただ……」


メイは何やら口ごもっている。リノスは小首をかしげて、ちょっと目を見開いてメイを見る。彼女は困ったような表情を浮かべたが、やがてリノスの傍に近づき、耳打ちをする。


「……それって、やばくない?え?まさか……できてるの?相手は誰?」


「いいえ、そういうことではありません。別に、心配することではありません」


声を発したのはローニだ。


「確かに、14歳での生理不順は経過観察が必要ですが、このヴィエイユさんの場合はショックとストレスによるものです。それが解消されれば、自ずと正常に戻ります。彼女は男と交わった経験はまだありませんので、断じて懐妊ではありません」


「ああ、そうか。ちょっと安心した。しかし、ローニは、はっきり言うんだな」


リノスはローニの全くオブラートに包まない発言に苦笑しつつ、ヴィエイユを見る。彼女はほとんど感情というものを失ったかのように、無表情のままだ。リノスはその様子を見ながら、小さなため息をついた。


ヴィエイユがこのようになるのは、無理もなかった。死ぬかもしれないという恐怖と、劣悪な環境に置かれて精神をガリガリに削られた挙句、信じていた神を自ら裏切ったという行為に、彼女の心はズタズタにされていた。さらに彼女は、内心、家族も帰る場所も全てを失ったと思っていた。実際、教国に帰っても彼女の居場所はないであろうし、下手をするとその身分をはく奪されて、その存在そのものを闇に葬られる可能性すらあった。


そこにきての、アガルタの医療研究所において頻繁に実施される、ルロワンスの検査。これが彼女を現在の状態にまで追い込んでいた。


この病気は、首筋の周りに紫の斑点が見られることが一般的だったが、アガルタに感染した患者の大半は、体中に斑点を浮きだたせるという現象が発生していた。その中でも、ヴィエイユに現れた紫色の斑点の数、範囲は遥かに群を抜いており、それがために彼女はルロワンス研究における最も重要な生体サンプルと位置付けられた。そのため、彼女は何度も研究所に呼び出されては、精密検査を実施された。その検査は、採血に始まり、問診、身体検査という、ごく簡単なものだったのだが、この身体検査が、彼女にとって大きな負担であった。


彼女は、身体検査の際は必ず全裸になることを求められ、研究所員にその未熟な裸体を晒さねばならなかった。しかも、体にルロワンスの反応がないかどうかを調べるために、それこそ、頭のてっぺんから足のつま先、果ては肛門に至るまで、体の隅々までを研究員に見せる必要があった。そのために時には、屈辱的な姿勢も取らねばならず、こうしたことの繰り返しは、彼女のプライドを大きく傷つけていた。


当然、アガルタ側の配慮により、診察を行うのはメイ、ローニが中心であり、できるだけ女性の研究員を配置するという配慮が取られていたのだが、これまで、自分の乳母か、子供の頃から従っていた侍女くらいにしか裸体を晒したことのなかったヴィエイユにとって、見ず知らずの、しかも、衆人環視の下で裸を晒すというこの行為は、苦痛以外の何物でもなかった。当初はプライドと持ち前の精神力で耐えていたヴィエイユだったが、ここ最近ではそれも限界に達し、廃人同然の姿になったのだった。


本来であれば舌を噛み切ってでも、この屈辱的な仕打ちから逃れるべきなのであるが、ヴィエイユは既に、死ぬ気力すらも無くしていた。彼女は心の中で、誰か自分を殺してくれはしないかと、ただただ強く願うしかなかった。


彼女の様子がおかしいと報告を受けたリノスは、さっそくヴィエイユを執務室に連れてこさせたが、その様子はリノスの予想をはるかに超えており、彼はこれまでのヴィエイユとのギャップの大きさに、内心驚いていたのであった。


「……メイ、ヴィエイユの検査はまだ続けるのか?」


「……そうですね。ご主人様に治癒を施していただいて一か月。ルロワンスの反応は出ていませんので、完治したと見てよいと思います。ただ、病気が病気だけに、しばらく経過観察をした方がいいのですが……」


「治癒など、しなければよかった……」


メイの声を聞いてヴィエイユは小さく呟いた。


「こんなに、恥ずかしい思いをするのであれば、死んでしまえば、よかった……」


そう言って彼女はさめざめと涙を流した。リノスは大きくため息をついて、ヴィエイユに話しかける。


「まあ、治癒してしまったんなら、しょうがないな。生きたくても生きられなかった信徒たちと比べれば、まだマシだと思うことだ。これから人生を作っていけるだろう。死んでしまった信徒たちの分も、お前は生きなきゃな。で、これからどうするんだ?まだ、アガルタで楽園を作るのか?それとも、教国に帰るか?帰るんだったら、ガルビーまで送ってやるぞ?お前たちの信徒も何人かイルベジ川を下ろうとしたようだが、増水中の上に、さらに水量が例年以上に増えている。今のあそこは、かなりの熟練者でなければ川を下っていくのは難しいからな。どうだ、教国に帰るか?」


「……クリミアーナには、私の帰る場所など、ありません。私も、どうしていいのか、わかりません」


そう言って彼女は再び涙を流した。これから信徒たちをどうやって導いていくのか、しかも、リノスに賛同を示した信徒と、カッセルが率いる、未だクリミアーナ教を信じる者たちとの兼ね合いをどうするのか。ヴィエイユにはやらねばならない問題が山積していたが、ほとんど手付かずの状態であり、その点も彼女を焦燥に駆り立て、さらに精神状態を不安定なものにしていた。リノスは結論を急がず、まずは結界村を離れて、ゆっくり心と体を休めるべきだとのメイたちの意見を取り入れ、ヴィエイユにこの都で、しばらく逗留することを認めたのだった。


メイたちに伴われて退出していくヴィエイユの後姿を見送ったリノスは、天井を仰いでため息をついた。その様子を見ていたラファイエンスが、出し抜けに口を開く。


「どうすれば穏便に教徒たちがアガルタから出て行ってくれるか、とお考えかな?」


「さすがは将軍、ご明察です。嫌がらせをして出ていかそうとしていたのが、まさかこんな結果になるとは思いもよりませんでした。さらに話がややこしくなってしまいましたね。あんな状態になっているとは……。腐っても教皇の孫です。彼女が動かない限り信徒たちも動かないでしょう。彼女をどう動かすか、ですね」


そのリノスの様子を見て、ラファイエンスはニヤリと笑う。


「なに、話は簡単ですぞ?それに、今は絶好の機会だ」


「絶好の機会?」


「そうだ。今、ヴィエイユの心は完全に折れている。それは、リノス殿に忠誠を誓った信徒たちも同じだ。特にヴィエイユは女だ。上手にやれば、彼女はリノス殿の言うがままの女になるぞ?脱げと言われれば脱ぎ、足を開けと言えば足を開くだろう」


「いや、将軍……。俺は別に……」


「いや、あくまで例え話だ。リノス殿、ヴィエイユにたっぷりと情をかけなされ。そうすれば彼女は、リノス殿の言うことは何でも聞く女になるだろうし、リノス殿のために死ぬことも厭わない女になるだろう。そうしておいて、彼女を教国に帰すのだ。そうすればクリミアーナは自然と二つに割れる。いや、ヴィエイユが教皇に敗北するかもしれぬが、その時は別の策を考えればいいのだ。クリミアーナの矛先は今、アガルタに向いている。まずはその矛先を、別のところに向けねばならない。それが、自国に向くのであれば時間稼ぎになり、さらには教国の力を削ぐことにもつながる。一石二鳥だ」


「すばらしい戦略かと思いますが、将軍。俺に女を篭絡することなどできませんよ」


「何を言われる!リコレット様やマトカルをはじめとして、何人も美女を侍らせているリノス殿の言葉とも思えぬな。まあ、謙遜はそのくらいにして、一度やってみなされ。何もリノス殿一人で頑張れと言っているわけではない。我らも手伝おう。我らは、結界村の警護を行いつつ、そこに住んでいる女どもに情けをかけていこう。なに、女たちはヴィエイユと同じように呆然自失で、手も足も出ぬ状態だ。あの娘が教国に戻る時のために、一人でも多くの味方をこちら側に転ばせておこう。どうだ?」


「将軍……。気に入った娘が、見つかったのですね?」


俺の意地悪な質問にラファイエンスは答えず、人差し指を口元に持っていき、俺にウインクを送る。そして老将軍はクノゲンに向き直る。


「クノゲン、お前はこの作戦に関与しなくてもよいからな」


「は?何故ですか?」


「わからんのか!この作戦は、選ばれし美男もしくは洗練された紳士でなければ成功はおぼつかん。本来は、男装すれば女どもを虜にする美男になるであろうマトカルも参加させたいが、それはさすがに出来んな。まあ、そういうわけだ。……わかるな?」


クノゲンは一瞬目を見開いたが、その意図を察したらしく、苦笑いを浮かべて首を左右に振るのだった。




その夜、屋敷の寝室で、俺は老将軍の提案をリコに相談した。


「……リノスは、そのヴィエイユを側室にするつもりはおありではなくって?」


「ああ、ない」


「本当に?」


「本当に」


「本当に本当に?」


「本当に本当に」


「本当に本当に本当に?」


「しつこいなリコ。本当に本当に本当に、そのつもりは、ない」


「そうでしたか。私はもう一人くらい側室を増やしてもよいと思っていましたのに……」


「え?本当に?」


「リノス……。今、ちょっと嬉しそうな顔をしましたわね?やっぱり……」


「いや、ちがっ、違う!そんなつもりじゃない!意地悪なことを言わないでくれ。俺は、リコが居ればそれでいいんだ。他の女は、いらないんだ。リコが一番いいんだ」


薄暗い部屋の中でもわかるくらいに、リコの顔が真っ赤になっている。リコはそのまま俺のそばに寄ってきて、俺の顔を両腕で優しく包み込む。リコの体から石鹸のいいにおいがする。


「リノスなら、ヴィエイユの心を掴めると思いますけれど、その女がリノスを追いかけてくるのは困りものですわね。突然この屋敷に土足で上がりこまれては……。わかりましたわ。そのヴィエイユという娘、一度、私が話をしてみますわ」


「リコが?大丈夫か?」


「ええ。根拠はありませんが、自信があるのですわ。同じ女同士、分かり合えないことはないと思いますわ。要は、リノスに従わせればいいのですわね?それならば……キャッ」


俺はリコに抱きしめられながら、彼女のパジャマを脱がしていた。そして、最後の下着を脱がせて、ベッドに寝かせる。


「すまんリコ、ちょっと、我慢できなくなった」


「うふふ、気付かないうちに裸にされているとは……。上手になりましたのね?でも、うれしい……。愛していますわ、リノス」


「俺もだ、リコ」


俺はちょっと乱暴に、リコを抱きしめた。この夜のリコはいつも以上に優しかった。そのお陰で俺は、これまでのモヤモヤした悩みを解消させることができたのだった。

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