第二百三話 うちの子に限って・・・
「わが国で・・・クシャナミナは我らが友であり、家族であり、子供であるとされている。むやみに捕らえて彼らの自由を奪うことは禁じられているのだ・・・」
サンダンジ王のニケは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、俺たちに話しかける。事前に調べたところによると、この国の発展は、クシャナミナと呼ばれる犬たちと共にあったようだ。
まだ、この国が建国されたばかりの頃、人々は国を発展させるために多大な努力と労力を払っていた。砂漠の中にあったオアシスを拠点に、少しずつ街を広げていったのだが、その際、犬たちは襲いかかる魔物に人間と共に敢然と立ち向かったのだ。それ以降、この国では犬を友として、家族として扱うという風習が根付いた。
その思想は徹底されていて、日本のような犬の殺処分場などは存在しない。なぜなら、捨て犬や飼い主による飼育放棄ということがないからだ。何らかの事情で飼い主が犬を飼えなくなった場合は、国による保護施設まである。そういった意味では、このサンダンジ国は動物愛護にあふれた国であると言える。
メイたちが、俺の鑑定情報をまとめたところによると、感染経路は二つなのだという。しかも、その二つともが、犬がかかわっていたのだ。
一つ目の感染経路が、サンダンジ国の、ある花屋で飼われていた犬である。二十人の内、五人がその犬に嚙まれていた。しかもそれは、一人が尻尾を踏んで噛まれている他は、全員その犬に何かをしたわけではなく、突然その犬に噛まれているのだ。さらに、キリスレイを発症している患者の一人は、その犬を保護しようとしている時に噛まれ、その後発症している。
二つ目の感染経路は、教師の家で飼われていた犬である。四人がその犬に噛まれており、当然その飼い主の教師はキリスレイを発症していた。この犬は散歩に出ている時に、やはり無差別に人を噛んでおり、噛まれた全員が発症していたのだ。
「従って、その二匹の犬をまず保護し、状態を確かめる必要があります」
「・・・わが国では、そうした人を噛むような犬については、専門の調教師が再教育を施すことになっている。それは、調教師の領分であり、今までその領分を犯して、王の命令で犬を捕らえたという例は、ない」
ニケは明らかに動揺していた。目が泳ぎまくっている。王の命令は絶対だと言っていたことから考えると、犬を捕らえる命令は出せないことはないだろうが、彼の中ではその現実が受け入れられないのだろう。
「・・・信じられぬ。我らと共に繁栄を築いてきたクシャナミナが、憎むべきキリスレイの原因であったなどとは」
「サンダンジ王、いや、敢えてニケさんと呼ばせてもらいます。ニケさん、あなたは、この国を救いたいのではないのですか?ポーセハイの彼らが示した可能性は、このまま放っておくと、犬たちも、人も、キリスレイに罹ってしまうのです。この国の王として、それを見過ごしてはいけないと思います」
彼は目を閉じてじっと考えている。そして、ゆっくりと目を開ける。
「誰ぞ」
「お呼びでしょうか王」
「グラワンスを呼べ」
「ハッ」
お付きの者に短く命令をしてニケは、再び目を閉じた。しばらくすると、小柄だが筋骨隆々の、褐色の肌を持った男が現れた。
「グラワンス」
「ハッ」
「至急、花屋で飼われているクシャナミナと、教師の家で飼われていたクシャナミナを探し出し、我が前に連れてこい。人を噛んでいるという。おそらく、調教師の誰かの下に居るはずだ」
「王、恐れ入りますが、理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「その二匹のクシャナミナが、キリスレイに感染している可能性があり、それを人に感染させている可能性があるのだ」
一瞬の間をおいて、グラワンスと呼ばれた筋骨隆々の男は、大きな声で笑いだした。
「ウハハハハ。王!何を仰るのです。クシャナミナがキリスレイに感染していると?ありえません。クシャナミナは我らが友、家族、我らが子です。何で我らを滅亡に追い込む伝染病をまき散らすのです」
「その・・・可能性があるのだ」
「王、如何されました?今までそのようなこと、あった試しがありませぬ」
「グラワンス・・・。これは・・・命令で・・・ある」
ニケの目に涙が光っていた。その様子にグラワンスは目を丸くして驚いている。
「私とて、信じたくはない。信じたくはないのだ。友を、家族を、子を疑いたくはない。しかし、キリスレイを再び我が国で流行らせるわけにはいかん。いかんのだ。グラワンス・・・察してくれ」
グラワンスは、ゆっくりと頭を下げ、足早に部屋を出ていった。
そして、しばらくすると、グラワンスは、檻の中に入れられた一匹の白い犬を運んできた。それを見てニケは口を開く。
「あとの一匹はどうしたのだ?」
「ハッ・・・あとの一匹は・・・既に亡くなっておりました」
「・・・」
絶句しているニケを尻目に、チワンたちがその犬を観察しようとする。しかし犬はかなりの興奮状態であり、檻の中で暴れ始めた。その時、グラワンスが何やら呪文を唱えると、犬は押さえつけられるように頭を下げる。しかし、犬はガルルルル―と唸り続けている。グラワンスはため息をつき、口を開く。
「このクシャナミナは興奮状態にありました。それで人を噛んだのです」
「なるほど。リノス様、この犬でしょうか?」
チワンがグラワンスの言葉に同意しながら、俺に意見を求める。俺はこの犬を鑑定する。
「ああ、間違いない。この犬だ。……この犬も、別の犬に嚙まれているな」
その説明を聞きながら、ローニは檻の周りをウロウロしながら観察している。
「興奮しているのでしょうか?それにしては、涎を垂らしていますし、目が座っていますね。何か狂気を感じるのは私だけでしょうか?」
「そうですね・・・。何かに取りつかれているような雰囲気ですよね」
メイもその様子を見て不気味そうな顔をしている。しかし、グラワンスはその話を言下に否定する。
「それは、いきなり見ず知らずの人の下に呼び出されたからです。彼は大変に気が強い性格だ。何もしていないのに籠に閉じ込められて、このような場所に引き出されては、誰でも怒るというものだ」
ローニはすっと立ち上がり、グラワンスに視線を向ける。
「なるほど、仰る通りかもしれません。しかし、この犬に噛まれた方々全員が、今のところキリスレイを発症しているようです。一度、我々でお調べさせていただきます」
グラワンスは眉間にしわを刻み、ニケの方向に振り返った。ニケは静かに頷いた。
「クシャナミナは我らの友であり、家族なのだ。手荒なマネは、許さん」
グラワンスはローニたちに向かってそう言い放ち、足早にその場を後にした。それを見送ったチワンは、再びその犬の下に近づく。
「さて、この犬を傷つけずに丁重に運ぶには・・・」
「俺が結界を張ろう」
そう言って俺は、その犬に檻ごと結界に閉じ込め、眠りに落ちる効果を付与していく。
「・・・あれ?眠らないな?」
普通であれば眠りに落ちる効果が、この犬には効かない。さらに効果を強めて強い眠りに誘導する。しばらくすると、犬から唸り声が消え、ようやく深い眠りに落ちた。
「かなりの興奮状態にあったみたいだな。ここまで効果を付与して眠らせたのは初めてだ」
「アガルタ王・・・あなたは・・・」
ニケが目を丸くして驚いている。
「ああ、俺の本職は結界師なのです。そこそこの結界を張れるんですよ?」
「結界師・・・」
「よい師、よい主人、よい姉に恵まれたお陰で、何とか思い通りの結界を張ることができるようになりましたが・・・。しかし、できれば・・・結界師が活躍しなくてもよい世の中になればいいのですがね」
そんな俺の発言に、ニケは驚きの声を上げる。
「何を言われるアガルタ王。結界師は王を守るうえで最も必要なスキルだ。それが必要なくなるなどとは・・・。寧ろ私は、結界スキルを持つ貴殿がうらやましい」
「・・・まあ、便利なスキルではありますけどね。ただ、王であれ何であれ、常に命の危険に晒されなければならない世の中を、何とか変えてみたいのですよ」
「アガルタ王、それは難しいだろう。我ら王族は・・・他者から命を狙われるのは、ある種の義務と捉えねばならない」
「なるほど。そういう考え方も、ありますね」
「リノス様、そろそろ参りましょうか」
結界に閉じ込められた犬を抱えながらローニが促してくる。俺は静かに頷き、ニケに一礼をして、その場を後にしたのだった。




