第二話 奴隷
男の大声で目を覚ます。
ああ、トイレで寝ちまったのか。わかったよ。起きるよ、うるせぇな。
突然大きな手が俺の胸倉を掴み、持ち上げる。何だ、一体何なんだ。慌てて目を開けると、そこにはひげ面の大男がいた。
「よし、生きてやがんな!奴隷の分際で俺様の手を煩わすんじゃねぇ!!」
ヒゲは乱暴に俺を馬車の中に投げ込む。痛ぇじゃねぇか。マジで一体どうなってるんだ?
馬車の中には数人の子供がいた。大体5歳から10歳くらいだろうか。みんな目が死んでいる。どうやら男は俺一人で、あとはみんな女の子のようだ。この状況を確認するべく、一番年上の女の子に話しかけてみる。
「あの~ちょっとよろしいでしょうか?」
焦点を定めない虚ろな目をしていた少女が、目だけをこちらに向ける。
「死ねばよかったのに」
何言いやがんだこのガキ。あまりに予想外の答えが返ってきたから、絶句しちまったじゃねぇか。
「死ねば、楽になれたのに。楽に死ねる、最後のチャンスだったかもよ?」
何ちゅう物騒な言葉を吐きやがるんだ。固まっていると不意に馬車が止まる。
「オラァ!ガキども!!メシだ!!降りてこい!!早くしねぇとメシ抜きだぞ!!!」
あのひげ面が大声で喚き散らしている。子供たちはビクッと体を震わせて、オロオロと馬車から降りていく。そして俺も、それにつられて馬車を降りた。
与えられたメシはクソ不味かった。一口食べてオエッとなるレベルで、あれは人間の食べるものじゃない。子供たちは作業のごとく、淡々と食べ物を口に運んでいる。俺は残りのメシを、さっき話した女の子に全てくれてやった。
先ほどまで雨が降っていたと見えて、あちこちに水たまりができている。その中でも俺の近くにある水たまりは、かなり大きなものになっている。その水たまりを眺めていると、水の中に子供の姿が映っていた。
俺の動きに合わせて水たまりに映る子供が動く。右手挙げて、左手挙げて、右手下げる。
・・・これは、俺?
どう見ても5~6歳にしか見えない子供になっていた。一体、なんで、どうしたんだ!?
固まる俺を後ろからひげ面がつまみ上げる。
「オラァ!メシの時間は終わりだぁ!さっさと乗れい!このウスノロがぁ!!」
またしても乱暴に馬車に放り込まれる。マジで怪我をしそうだ。
ガタガタと動く馬車の中、俺は蹲りながら必死で現状を整理する。何で子供になってるんだ?ここはどこだ?仕事はどうなった?
「食べないと、買い手がつかないわよ?」
不味いメシをあげた女の子がつぶやく。
「どういうこと?」
「男は体が大きくないと、兵士にも、鉱山にも売れないって奴隷商人が言ってた。さっき馬車から落ちたとき、怪我でもしたの?怪我や病気だと処分されちゃうかも」
「いや、怪我は大丈夫」
「そう?ご飯を食べなかったから、ひどい怪我をしているのかと思ったわ」
唯一の男の子である俺を、心配してくれていたらしい。その後、この少女からいろいろな情報を得ることができた。
・ひげ面は奴隷商人
・馬車の中の人間は全員奴隷(もちろん俺を含む)
・女の子の奴隷は、基本的に娼婦もしくはメイドになるが、稀に冒険者になる人もいる。
・男は兵士か鉱山などの肉体労働になることが多い。
・奴隷の将来は所有者によってすべてが決まる。変態や殺人狂に買われて廃人や死体になることもあるらしい。
この少女曰く、5~6歳の男の子が奴隷に売られるのは珍しいとのこと。男は働き手として貴重であるため、少々家が貧しくても、たいていは村の人たちが協力して育てるものらしい。
で、俺はというと、馬車の中に投げ込まれた後はひたすらに泣きわめき、ふとした拍子に頭から外に転落したのだそうだ。そして、冒頭のひげ面とのご対面に相成ったというわけだ。
「明日の朝には王都に着くみたい。私はもう寝るわ。きっと、私が自由に寝られるのは、今日が最後だと思うから」
「逃げないの?」
「バカね。逃げたところで魔物の餌になって終わりよ。私は餌になって死ぬのはイヤ」
マジかー。モンスターがいるのか、この世界。
しばらくすると少女はスヤスヤと寝息を立て始めた。よくこの揺れる馬車の中で寝られるものだ。どうやらほかの少女も寝ているらしい。
どうやら俺は転生してしまったらしい。子供の体で、しかも、奴隷という身分で。
結局俺は、朝まで眠ることができなかった。