第百九十九話 千客万来
年が明けた。この世界では除夜の鐘をつくこともなく、ましてやカウントダウンなどというイベントもなく、一般市民は割合にのんびりしている。俺たちも、きちんと年末年始の休暇を取得したこともあり、比較的のんびり過ごすことができた。
また、働いている人々にもほぼ、無理やり休暇を取らせた。さすがにホテルなどはそうもいかず、シフト制にせざるを得なかったが、当然年末年始に出勤する人々には、割増料金を支払っている。前世の頃、女上司の気まぐれで散々仕事の内容を変えられ、何日も残業し、休日出勤をしてやっと仕事を仕上げたことがあった。当然その時の残業申請をしたのだが、女上司の言った一言は、
「自分の実力が足りないから残業してるんでしょ?自分の実力が足りないっていう理由での残業は認められないわね~」
だった。当然、残業申請は受理されず、いわゆるサービス残業となった。むろん、その女には後で呪いをかけたのは言うまでもない。
そんな経験があるので、自分を助けてくれている人々には、全力で報いようと思っているのだ。
とはいえ、正月五日には、アガルタの貴族たちが新年のあいさつに訪れるので、休暇前まではその準備で忙殺されていた。特に忙しかったのはリコで、子育てをしながら、貴族たちの新年のあいさつに向けての衣装選びが、それはそれは大変だった。自分一人でもかなりの時間を要するのに、今回は一気に嫁が三人も増えたために、その分も彼女が担当したのだ。
そこで活躍したのがソレイユだった。彼女のセンスも洗練されており、リコと相通ずるところがあったようだ。彼女がリコの右腕のようになったおかげで、年末年始休暇をきちんと休むことが出来た。とはいえ、俺とメイ、シディー、マトは何度も着たり脱いだりを繰り返さねばならず、かなり疲れたのだが。
お蔭で、貴族たちの引見もつつがなく終えられた。昨年のように、せっかく新年のあいさつに来たけれど、泊まる場所がないという事態は避けることが出来ている。ジュカ時代の貴族は殺されてしまった者もいる一方で、領地を捨てて逃げて行った者も多くいる。そのため、半分以上の屋敷が空き家のままになっている。それらを活用して宿泊施設にしてもいいなと思う一方で、既に老朽化が進んでいる屋敷もあり、このあたりをどうしようかと考え中なのである。
都近くにできた獣人村も、かなりの賑わいを見せている。彼ら独自の技術もあり、織物などの工芸品も生み出され、アガルタの都で売られるようになった。都の人々も、彼らを温かく迎え入れてくれている。俺は彼らを都に迎え入れたかったのだが、さすがに都もこの一年で人口が増えてしまい、飽和状態になりつつある。何より、都に住もうとすれば色々と金がかかる。そこにいくと獣人村は、住宅費はいらない、炊き出しはあるということで、あまり金はかからない。不便な点も多くあるが、そこら辺は彼らが協力し、助け合いながら何とか生活をしているのだ。
何より彼らは、自分たちの窮地を救ってくれたアガルタという国に何とか貢献しようとしてくれている。その姿勢だけでもうれしいし、実際、彼らはいろいろなところで貢献してくれている。そんな彼らに、俺もアガルタの国民も好感をもって接しているのだ。
ようやく貴族たちの引見が終わった頃、フェアリードラゴンたちからいくつかの報告がもたらされた。
『ガルビー近くの海に船が見えます。かなり多いです』
『どこの船かわかるか?』
『そこまでは・・・』
『武装している兵士は乗っているのか?』
『今のところ、武器を持った人間はいないように見えました』
『わかった、ご苦労だった。引き続き、見張ってくれ』
『畏まりました』
ファリードラゴンたちが消えたのを確認して、俺は執務室の鈴を鳴らす。そして、やってきた職員に、クノゲンを呼ぶように伝える。
しばらくしてやってきたクノゲンに、俺はガルビーのことを伝え、そこでの様子を見てくるように命ずる。そして二日後、クノゲンが戻ってきた。早速俺は、ラファイエンスとマトカルを呼び、報告を聞いた。
「ガルビーにクリミアーナの船が到着しています。そこには教皇の孫であるヴィエイユ様と、そのいとこに当たられるカッセル様が乗っておられるとのことです。現在はガルビーの教会に逗留されており、近日中に都に向かわれるとのことです」
「ほう、教皇の孫が来たか・・・。そこに兵士は乗っていなかったのだな?」
「武装した者はおりませんでした。教会関係者とみられる者数名と、あとは魔術師が数名だけでした。武装した兵士が乗っておれば、将軍にお願いするところだったのですが、今回は出番がありませんな」
ラファイエンスは苦笑いを浮かべている。俺は腕組をしながらじっと考えている。
「リノス様、ヤツらの狙いはなんだろうな?」
マトカルが心配そうに尋ねてくる。
「う~ん。沖合にかなり多くの船がいて、ガルビーに向かっているという報告があった。最悪の状況を想定すると、その船全てにクリミアーナ教の連中が乗船していたとするなら、ヘタをすればガルビーがその信徒に占領される可能性があるな」
「それはないな、リノス様。ガルビーは城塞都市だ。山の上に石を積み上げてできた都市であり、あれ以上の建物は増やせない。空いているのは兵舎くらいだが、そこさえ押さえておけば、あの都市に多くの人間を受け入れる余裕はないと思うぞ」
「マトカル殿の言う通りです。兵舎は私の手で押さえましょう。ただ、ガルビーの山を切り開いて街を拡張するというのであれば、話は変わってきますな」
「わかった。クノゲン、お前はガルビーの兵舎を守れ。そして、沖合の船が何者であるかを確認してくれ。商人の船であれば入港を許すが、クリミアーナの船であれば、その目的を確認できるまで入港を許すな。あの港も、そう沢山の船は入港できないからな。ヘタをすると、クリミアーナの船で海上封鎖される危険性もある。その点を気をつけてな。手勢が足りないなら都の軍勢を動かしても構わん。何はともあれ、奴らの狙いを見極めるまでは動けないな」
「わかりました。私は一旦、ガルビーに戻ります」
「ああ、よろしく頼むな、クノゲン」
「リノス様、クリミアーナの信徒がガルビーに押し寄せるのならば、また、食糧不足にはなりはしないだろうか?」
「う~ん。そうだなマト。食料を持たずに船旅をするほどバカなヤツらではないだろうが・・・。一応、救援物資用の食料を確保して置いてくれ。腹を空かせて暴動でも起こされてはかなわんからな」
「わかった」
「今回は、私の出番はなさそうだな」
「いや将軍、いざとなればお願いします。もし、クリミアーナの連中が騒乱を起こせば、将軍の出番です。ただ、そうなると相手は死を恐れない兵士たちになります。手ごわいですよ?覚悟しておいてください」
「死を恐れぬ兵士・・・。厄介だな」
「ええ。まあ、そうならないように手は尽くしますが・・・」
「そうだな、そうならないようにした方がいいな」
ラファイエンスは微笑みを湛えたまま、ゆっくりと頷いた。
数日後、クノゲンから再び報告があった。
「ガルビーの沖合にいる船は、確認できただけでも七隻います。あるいはそれ以上になる可能性もあります。そこには全員クリミアーナの信徒が乗っております。一部、護身用の武器は携帯しているものの、武装した兵士は僅かです。既にヴィエイユ様たちを乗せた船が一隻入港していまして、その中には凡そですが、一千人弱の信徒が乗っており、ガルビーに上陸しようとしています。現在は上陸許可を与えずに、他の船は入港を制限して、沖合に待機させています。食料は十分持っているようで、数か月は持ちこたえられるとのことです」
「やっぱり、クリミアーナの連中だったか・・・。奴らの狙いは、ガルビーか?」
「いえ、そうではないようです」
「どういうことだ、クノゲン?」
「ガルビーの教会を通して、書簡が参りました。ヴィエイユ様とカッセル様が、リノス様に謁見したいそうです。できれば、信徒を連れて行きたいとの要望です」
「信徒を連れて、都に・・・?」
「おそらくですが、クリミアーナの狙いは・・・このアガルタの都ではないでしょうか」
「都か・・・」
俺は窓の外を睨みながら考える。外は、一面の銀世界になっていた・・・。