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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第七章 クリミアーナ教国編
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第百九十三話 三つのミス

グラリーナ・ネーヴェ。二十六歳。彼女がクリミアーナ医学研究所にやってきたのは、わずか二年前のことであった。


クリミアーナ教国での人の入れ替わりは、四年に一回実施されるジモークの時であり、それ以外の時期に人の異動が行われるのは珍しい。もっとも、問題等を起こして教国から追放されるのは、その限りではないのだが。


グラリーナは、ひっそりとクリミアーナ医学研究所に中途入所してきた。同じ医学研究所に勤務している者でも、彼女の存在を知らぬ者が多くいた程、彼女の存在は秘匿されていた。


グラリーナはもともと、医学畑の人間ではなかった。コリスリン王国という、クリミアーナ教国から船で二日ほどの距離にある国で生まれた。彼女の生家は裕福な材木商であり、少女時代は、何一つ不自由ない暮らしを送ることができた。


幼い頃から学問好きであり、学校の成績は良かった。彼女が興味を持ったのは錬金術であり、様々な鉱石から金を作り出そうとする試みに心を惹かれ、王立大学に進学しても、その研究を専攻したのだった。


そんなある日、彼女は人生を変える場面に出くわすことになる。


大学でたまたま見つけた新聞の記事。そこには、クリミアーナ教国の医学研究所のイマーニが、魔法を使わずに、人体の欠損を治癒する方法を開発したとあった。


この人間の限界を超えたとされる発明と発見は、彼女の心を大きく揺さぶった。グラリーナは錬金術の研究をやめ、医療の道を志すことにした。


そこでの彼女の猛勉強ぶりは、コリスリン王立大学の伝説となっている。普通であれば四年かけて学ぶ医学の知識を、彼女はわずか一年で習得してしまった。そして、コリスリン王立大学で医学の権威と言われるガディ教授の下で、特別に研究に加わることを許されたのだった。


コリスリン大学は、クリミアーナ医学研究所と双璧をなす、医学において権威のある大学である。特に医学部を率いるガディ氏の研究成果は素晴らしく、とりわけ、LV3の回復魔法でも治療が難しかったワイヒルド、いわゆる癌の治療において、LV3の回復魔法と薬を組み合わせることで、その進行を劇的に抑制する、という大きな成果を残している。


そんなガディ氏の下で研究をするようになってからひと月が過ぎたころ、ガディ氏がグラリーナを高く評価する出来事が起きた。それは、ガディ氏が助手たちに、ワイヒルドの治癒における最新の論文をまとめ、一週間後、研究室内のミーティングで発表するようにと指示を出したことに始まる。


グラリーナは期限の日までに百本の論文を読み、これまでのワイヒルドに関する治療の歴史からその最新の治療方法、そして、その問題点と解決へのアプローチ法を見事にプレゼンして見せた。


その後、彼女のその知性は、ガディ氏をはじめとした助手たち全員から評価され、その透明感のある美貌と相まって、たちまち大学の名物と言われる存在となった。


さらに彼女は、ガディ氏の下で、魔法を使わずとも、ワイヒルドの進行を抑制する手法を発見するという大手柄も立てたのだ。ワイヒルドに侵されている臓器の一部を細かく砕き、ビーカーに入れ、それを度数の高いアルコールに浸して、熱を加えて沸騰させる。そして残った液体を使用すると、高い頻度でワイヒルドの進行が抑制されたのである。


この発見で、コリスリン大学は大騒ぎになった。もしかすると、グラリーナはワイヒルドを根治に導く手法を開発するのではないか。そんな巨大な予想が大学内で噂されるようになった。


ここでコリスリン大学は、一つのミスを犯す。なぜ、アルコールを沸騰させるとワイヒルドの進行が抑制されるのか、という点は追及されず、「高い頻度で抑制される」という点だけが注目されてしまったのだ。


コリスリン大学は、グラリーナの、アルコールを沸騰させて薬品を作るという発想が素晴らしいと判断して、彼女に月20000G、日本円にして二百万円で大学の上席研究員として留まるよう打診したのだった。


この話はたちまち国中の噂になった。それどころか、その噂が海を飛び越えて、周辺国にも伝わった。クリミアーナ教国もその一つであり、各国は、優秀な研究者・グラリーナを迎え入れようと、あの手この手で懐柔したが、全て空振りに終わった。このことから、「コリスリン大学とガディ教授は、グラリーナ女史の白衣の裾を捕まえて離さない」という噂が、まことしやかに周辺国で囁かれるようになっていった。


そんな彼女を求めたのが、クリミアーナ教国である。敢えて言えば、医学研究所所長のイマーニが熱烈に求めたと言って過言ではない。教国は、クリミアーナ教の影響力を存分に利用して、コリスリン王国に、グラリーナをクリミアーナに留学させるよう要求した。最初は何とかその要求を躱していたコリスリン王国であったが、教皇直々の要請書を突き付けられたことで、もはや断る術がなくなった。


コリスリン大学は、どうしてもグラリーナを手放したくなかった。そこで大学は一計を案じ、彼女に博士号を授与し、博士研究員としてクリミアーナに送り出すという条件を付けて、了承した。しかも、その旅費と滞在費はコリスリン大学が負担するという条件まで付けたのである。


これは、コリスリン大学の引き抜き防止と、ある種のクリミアーナに対する当てつけでもあったのだが、このコリスリン大学の態度は、さらに教国に注目を持たせることになった。評判が評判を呼んでいたのである。


さらに教国もまた、一つミスを犯していた。彼女の存在をオープンにしなかったのだ。


グラリーナ女史は、素晴らしいアイデアを持っている。そのアイデアは人に知られてはいけない。そのアイデアを駆使して、新しい方法論を生み出せば、クリミアーナのものにする。そんな思惑が先行していたのである。


実際彼女は研究室に入ると、すぐさま成果を出した。イマーニが開発した、人体の再生液に微量の塩分を加えると、その効果が高まることを発見したのだ。


この時、グラリーナの研究に恋をした男が二人いた。一人は、所長のイマーニ。そしてもう一人が副所長のダリーナである。


二人は研究途上であった、キリスレイ、ガイッシャ、ルロワンスの特効薬の開発というプロジェクトに、グラリーナを参加させて研究を再開した。ダリーナは、特効薬の開発にかけては、研究所の右に出る者はいない。そんな彼が、それぞれの病気に罹患した患者に、羊獣人の胆汁を使用するというグラリーナのアイデアを用いて実験したところ、患者は完治し、あるいは病の進行が抑制され、ある者は症状そのものが改善するという結果を得たのだった。


クリミアーナはここでまた、ミスを犯した。病に罹患した患者は、グラリーナが担当していたことを伏せたのだ。ダリーナ自身も、これだけ大きな研究成果を上げてきているグラリーナ女史が「お使いください」と言われたから使ったのであり、それがうまく成果に結びついたので、その成果を発表したに過ぎなかったのだが。


なぜ、これらの病は、特定の獣人の体液を媒介して感染するのか。

感染経路の証明

特効薬の有効性の証明


次々と疑問が出てくるが、隣に偉大な研究者であるイマーニとダリーナが付いているため、研究所員も信用してしまった。そして、話はどんどん巨大化していく。研究の実証という点に目を向けず、グラリーナが発見し、開発したものを、どのようにして教国のものとするのかという点に目が向いていた。あくまで、コリスリン王国からの借りものであるグラリーナ。彼女の発見を、成果をコリスリン王国に取られないようにどうするか・・・。そんな研究を熱心にやっていたのである。


誰も、彼女の研究内容を見ていなかったのだ。


そして、アガルタ王妃メイリアスからの追求と、ポーセハイのローニからの要請を受け、イマーニとダリーナが、改めてグラリーナの実験ノートを確認した時、彼らは大変な衝撃を受けることになる。


提出された、彼女の実験ノートは、たった一冊だけだったのだ。

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現実だと割烹着のアレやろか。
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