第十九話 王都反乱③
「なっ、なぜあなたがそこにいるのです?」
動揺を隠せない。本来いてはならぬ人が、よりにもよって王国軍の鎧を着て、カルギの隣に立っているのだ。
「なぜ!どうしてなの!なんであなたがそこにいるのよ!」
エリルもかなり動揺している。
現れたのは、執事のワイトンだった。物腰柔らかく、何事につけソツのない仕事ぶり。俺もこの人に何度助けられたかわからない。その有能ぶりは誰からも信頼されていた。だからこそ、王宮内のバーサーム侯爵の下に彼を派遣していたのだ。
「久しいですな、リノス殿、エリル殿」
「ワイトンさん、なぜ・・・」
「私はカルギ将軍の部下にして、王国軍諜報部隊の中佐をしております、シェン・ワイトンと申します。バーサーム家には、10年活動を行いましたか。まあ、身分を明かしてしまったので、もう諜報部隊には居られませんが」
「ハハハ、ワイトン、心配するな。お前は2階級特進で本日から少将だ」
「ありがとうございます、元帥。いや、陛下とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「いや、元帥でいい。この王国の王はヒーラー様だ。しばらくは、な」
二人して笑い合う。こんなことが起こっていいのか。俺は平常心を保てないでいる。
「では、ワイトン。あの者に吐かせろ。できるな?」
「もちろんです。リノスよ、跪け」
突然俺の体が跪き、そのまま動かなくなる。一体何をした?
「リノスの奴隷管理者に私も追加しました。苦労しました。ここまで信頼を得るのに。彼が屋敷に結界を張ってしまったので私が入ることが出来なくなって、それで王宮でしか活動できなくなったのです。しかし、それが逆に幸いしましたが」
バーサーム家に対して邪な心を持っていたとは・・・。だからいきなり王宮に行ったのか。
「さて、リノスよ。答えるのだ。バーサーム家の地下宝物庫を開錠する、合言葉を答えよ」
「・・・あ、ぐっ、こと・・・」
「答えるのだ、リノス」
「ア、イ、コ、トバ・・・ハ、ワ・・・カリ・・・マセン」
「答えよ。バーサーム家の地下宝物庫を開錠する、合言葉だ!」
「ア、イ、コ、ト、バ、ハ、ワ、カ、リ、マ、セ、ン」
「騙したのだな!夫人!ええぃ!殺せ!殺すのだ!」
「リノス、結界を解除せよ」
俺の意思に反して、結界が全て解除される。その直後、俺の目の前の4人の体に剣が突き立てられた。動くことも、言葉を発することもできない。動け、動いてくれ、頼む!
「これでリノスの奴隷者としての所有権は私に移ります。ほどなく権限は元帥に・・・」
「ペアン」
小さな、しかしはっきりした声が聞こえる。エルザ様の声だ。口から血を出しながら、しかし、微笑みをたたえた顔で、エルザ様は崩れ落ちた。
その瞬間、俺の頭に「パキン」という音が鳴る。そして、頭がすっきりしていく。ああ、いつ以来だろうこんな爽快な気持ちになったのは。そして、体が動いた。
急いでエルザ様の下に駆け寄る。既にこと切れているが、エクストラヒールを続けてかける。傷はふさがったが、心臓は止まったままだ。ダメだ、ダメですよご主人様。
「もう、自由に生きていいのよ」
そんな声が聞こえた気がした。エルザ様だ。きっと、エルザ様だ。最後の言葉は、俺を縛る奴隷魔法を解除するものだったのだ。
俺はあふれる涙を拭おうともせず、師匠に、侯爵に、殿下にエクストラヒールをかける。しかし、誰も反応がない。どうしていいのかわからない。俺は茫然と立ち尽くす。
「叔母様の敵ィィィィィーーーー!」
ものすごい速さで俺の横をすり抜けていく。エリルだ。大手門に向かって、全力で駆け抜けている。俺はハッと我に返る。そうだ、まずはここから脱出しないと。エリルを守らねばならない。
大手門に肉薄するエリル。援護射撃の魔法を打とうとしたその時、巨大な影がエリルの姿を捕らえた。一瞬、エリルの姿が消える。
目の前には、エリルの腹に噛みついている、巨大な首長竜の姿があった。10メートルはあろうかという巨体。そして巨大な牙。エリルの目には、既に光がない。
そのまま首長竜はエリルを口の中に放り込み、ボリボリと咀嚼を始めた。そしてぐるん、と鎌首をもたげたかと思うと、口の中が赤く光り、強烈なブレスを俺に吐き出した。
反射的に結界を張る。しかしその威力はすさまじく。俺は王宮から少し離れた南門の城壁の上まで飛ばされてしまった。ブレスの炎は民衆の一部も巻き込んだようで、ブレスの跡には何もなく、その周囲には焼け焦げた人間が数多く散らばっていた。
首長竜は、ファルコ師匠、摂政殿下、侯爵と次々にその体を食べ、最後に最も小柄なエルザ様を貪り食った。
「ハッハッハ!お前だけはまだ、エサを与えていなかったな。許せ。それだけではまだ食い足りんだろう?王宮内には兵隊が8万ほど詰めている。その兵隊たちを食べるか?10人くらいであれば何ということもない。何なら、あそこにいる結界師も食って構わんぞ?ただし、かなり歯ごたえがあるがな」
ぶわっ、と上空に浮き上がる首長竜。
・・・俺の中で何かがはじけた。
「おンのれぇらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!」
いつ以来だろう、こんなに怒ったのは。いや、前世から見ても、初めてかもしれねぇ。とにかく殺す。俺の大事なものを、家族を殺しやがった奴らは、全員殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!!
大手門から王宮までスッポリ入る結界を作る。そして、その規模をどんどん縮小していく。
俺のMPを全て使うつもりで作った、最高硬度の結界だ。大手門が砕け、城壁が砕け、貴族屋敷が次々と砕けていく。そして王宮も次々に砕けていく。屋根に止まっていたワイバーンも全て巻き込まれていく。
結界の規模が小さくなればなるほど、建物を砕けば砕くほど、俺の力が増していっているように感じる。力が湧き上がってくる。いくらでもいけそうだ。もう俺は悪魔になっているのかもしれない。でも、それでもかまわない。俺の憎むべき者たちが全てこの世から消え去るのなら・・・。
結界は限界までいったと見えて、収縮しなくなった。結界を解いてみると、王宮のあった場所には、巨大な岩が出現していた。建物、人、調度品や生活用品、食料・・・あらゆるものを集約した、一つの巨大な岩である。
この日、ジュカ王国は消滅し、国家として歴史を刻むことは、二度となかった。




