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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第七章 クリミアーナ教国編
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第百八十七話 公開質問会②

「なるほど、仰ることはごもっともです」


クリミアーナ医学研究所所長のイマーニが、落ち着き払った声で答える。


「ダリナー君」


隣のダリナーに向かってイマーニが声をかける。


「君は、グラリーナ女史が作った特効薬の効果を確認しました。その実験の流れをこの場にお集まりの人々にお伝えし、再現実験をしていただこうではありませんか。グラリーナ女史も、あなたが作った酸液を提供してください。それと同時に、羊獣人の胆汁との配合率も皆さんに知らせてください」


「所長!」


ダリナーはイマーニに詰め寄ろうとするが、彼は手で制する。その時、


「わかりました」


グラリーナは抑揚のない声で返事をする。ダリナーは渋々頷いている。二人の様子を見ながら、イマーニは言葉を続ける。


「さて、問題は、です。キリスレイ、ガイッシャ、ルロワンスは伝染病です。ここに集まった国々で実験を行うと、それらの病原菌が外に漏れると、国が大混乱に陥る危険性があります。ここは、医学的技術力の高い国を選んで、担当していただくのが得策かと思いますが、いかがですか?」


メイたちは顔を見合わせていたが、やがて、メイが口を開く。


「私たちはそれで結構です。ぜひ、我が国であるアガルタでも、その再現実験を担当させていただきたいです」


メイはチラリとリノスを見る。リノスはメイをちらりと見て、大きくうなずく。


「お待ちください!アガルタは、大魔王が降臨していたと噂される国。それに、建国間もない国です。到底、病原菌が厳重に管理できる環境があるとは思えません」


ダリナーが厳しい口調で、畳みかけるように話している。その時、


「ちょっとよろしいでしょうか?」


大聖堂の前列から声が上がる。声の主は、右手を挙げて立ち上がる。それは、ヒーデータ帝国皇帝の弟、ヴァイラスだった。


「ヒーデータ帝国の、ヒーデータ・シュア・ヴァイラスです。クリミアーナ様には、兄であります、ヒーデータ帝国皇帝陛下以下、帝国の者にご加護をいただき、感謝の念に堪えません。さて、先ほどのお話ですが、アガルタ国で発生しました大魔王は、ラマロン皇国にて討伐されたと聞いております。また、ご懸念の実験設備につきましては、我が帝国大学の医療研究施設を使っていただいても構いません」


「ヴァイラス殿下、そのようなこと、あなた様のご一存でお決めになってもよろしいのでしょうか?もし、病原菌が外に漏れだしますと、帝国の・・・」


噛みつくように話に割り込んでくるダリナーの声を、ヴァイラスが遮る。


「私は、皇帝陛下からこの会議における全権を委任されております。私の言葉は、兄である、ヒーデータ帝国皇帝の言葉と捉えていただいて、問題ございません」


「すばらしい」


教皇が突然声を上げる。


「ヒーデータ帝国と言えば、大変に素晴らしい研究施設を持っていると聞いています。また、学者もとても研究熱心だと聞いています。ヒーデータ帝国に任せておけば、問題ないのではないですか?間違っても、病原菌を漏らすなどということは、ないでしょう」


教皇は両脇に控える枢機卿たちを交互に見ながら話をする。枢機卿たち全員が頷いたのを確認した教皇は、眼下のイマーニたちに視線を送る。


「よろしいですか?」


「はい、よろしいかと存じます。教皇聖下」


イマーニは恭しく一礼をする。教皇は大聖堂を見まわしながら、言葉を続ける。


「他に、再現実験の担当を希望する国はありますか?遠慮なく手をお上げください・・・」


「お任せください!」


「いいえ、我が国にお任せください!」


「教皇聖下!我が国にぜひ!」


矢継ぎ早に数か国から手が上がり、教皇へのアピール合戦が始まる。言うまでもなく、クリミアーナ教の強い影響下にある国々だ。教皇は柔和な笑みを湛えながら、手を挙げている国の代表団を一人一人、満足そうに眺めている。


「何と熱心なことでしょうか・・・。うんうん、それでは・・・ヨームアン王国にお願いしようと思いますが、いかがですか?」


「「「「異議なし!」」」」


手を挙げていた国々が見事にハモりながら、返答をする。立っていたヨームアン王国の代表らしき男が、教皇に最敬礼をしながら、大聖堂中に響き渡る大声で返答を返す。


「教皇聖下!我がヨームアン王国をご指名くださり、恐悦至極に存じ上げ奉ります!この上は、甚だ未熟な我々ではございますが、全霊を以て務めさせていただきます!ありがとうございます!ありがとうございます!」


ヨームアン王国の代表は何度も何度も教皇に向かってお辞儀を繰り返す。それに釣られて、会場から拍手が起こり、やがてそれは万雷の拍手となって大聖堂を覆いつくした。教皇も、小刻みに頷きながらゆっくりと、小さく拍手をしている。


会場内が収まると、再び教皇が口を開く。


「さて・・・。再現実験を担うのは、ヒーデータ帝国の施設を借り受けて実施するアガルタ国と、ヨームアン王国、この二か国でよろしいですか?」


「「「「賛成!!」」」」


ニザ公国の代表と他、数名の候補が手を挙げて発言しようとしているが、再び起こった万雷の拍手と歓声、賛成の声でかき消されてしまっている。その時、その喧騒をはるかに凌駕する大声が大聖堂中に響き渡る。


「我が国もぉ!やらせてぇいただくぅ!!!!」


ばかデカイ大声を出していたのは、ストールを纏った褐色の、痩せた男だった。その男の一括で、一瞬にして会場はもとの静寂を取り戻す。


「・・・サンダンジ国。貴国も希望されるのですね?」


「ああ。四百年前、我が国はキリスレイが流行し、国が荒廃する寸前まで追い詰められた。キリスレイの撲滅は我が国の悲願だ。ぜひ、協力させていただきたい」


「・・・いいでしょう。それでは、再現実験は、アガルタ国、ヨームアン王国、サンダンジ国の三か国でよろしいでしょうか?」


教皇が落ち着いた、優しげな声を会場に投げかける。場内からは賛同を意味する拍手が鳴り響いた。教皇は両手を目の高さまで上げる。すると先ほどまでの拍手が止み、元の静寂に戻る。教皇は身を乗り出すようにして、眼下のメイに声をかける。


「アガルタ王妃、続けてください?」


「お言葉ですが、あと数か所で実験を行っても・・・」


メイの言葉が終わらないうちに、場内から罵声と怒号が響き渡る。俺はメモの手を止めてグダグダ言っている奴らを黙らせよう立ち上がる。しかし、その怒号は教皇の一言で静寂に戻った。


「静粛に、静粛に。皆さん。静粛に願います。アガルタ王妃、続けてください?」


教皇に顔を向けようとしてローニと目が合う。ローニはゆっくりと首を振り、そして、頷いた。俺は再び座り、メモを取る体勢に入る。


「・・・ありがとうございます。それでは、再現実験につきまして、皆様のお知恵を借りたく存じます。サンクチュアリでは、キリスレイ、ガイッシャ、ルロワンスは、それぞれ、犬獣人、猫獣人、狼獣人の体液を媒介して感染するとありました。我々は、その病気に感染している人間をそれぞれの症例に合わせて、合計15名を特定できております。それらの病魔に侵されている患者の体液を、どのようにして、獣人に感染させ、他の人間に感染させるるのか・・・。この感染経路を確かめる点が、最も難しい問題であると考えております。サンクチュアリでは、その感染経緯の実証実験の詳細が記されておりません」


教皇はメイの話に頷きながら、言葉をはさむ。


「・・・羊獣人の胆汁の問題もありますね?」


「教皇聖下、よろしいでしょうか」


口を挟んできたのはダリナーだった。


「教国とその周辺国に住む者たちに声をかけてみましょう。敬虔なクリミアーナ教の信徒である彼らです。人族の不治の病を根治するための実験とあれば、人間も獣人も喜んで協力を申し出るでしょう」


ドヤ顔で胸を張ってダリナーは発言している。教皇は優しい笑みを湛えながらうなずく。


「なるほど。それもよろしいかもしれませんね。そのような敬虔な・・・」


「異議あり!」


教皇の言葉を遮ったのは、リノスだった。先ほどからの、机にかじりつくような体勢のまま、手だけを挙げている。


「・・・と、提案があった・・・と。ああ、手が痛ぇ。ええと、異議あり・・・と。ああ、ごめんなさいね。ええと、何の話だ?ああ、そうそう、感染経路ね。別に立候補を募らなくてもよくなくないですか?特に胆汁は、肝臓患って手術する予定の羊獣人いませんか?その手術中に胆汁を採取すればいいのではないかと」


「・・・アガルタ王は面白いことを仰る。どこか、心当たりがあるとでも?」


教皇は笑みを絶やさぬままリノスを見ている。その時、チワンの声が響き渡る。


「ええ。我々の患者で手術予定の者がおります。その手術日程を早めて実施して、胆汁を採取しましょう。ついでに、病巣も切除しましょう」


チワンはニヤリと笑みを漏らす。


メイはさらに言葉を続ける。


「感染実験も、何も人体を使う必要はないかと思います。医学研究所の皆さんが、どの個体で実験されたのかはわかりませんが、例えば、繰り返しになりますが、オーガーなどは人体とほぼ同じ構造、体質を持っています。あくまで、私の個人的な見解ではありますが、オーガーを実験として使ってもよろしいのではないでしょうか?」


イマーニは鷹揚に頷きながら、隣のダリーナとグラリーナを見る。


「グラリーナ女史、オーガーを実験に使っても差し支えないですか?」


「ええ、差し支えありません」


グラリーナは即答する。


「では、オーガーを使いましょう。ちょうどいい。実験室に生きたオーガーが十体います。それを差し上げますので、お使いください。あとは獣人ですね・・・」


イマーニはちょっと考えるふりをする。その姿を横目で見ながら、リノスは言葉を挟む。


「あまりやりたくはないことですが、どうしても人体実験の必要があるのであれば、各国の大悪党を使うのも手です。人間もいれば獣人もいるでしょう。ちょうど、タイミングよくこの国に結構な人数の盗賊団が紛れ込んでいるみたいですし・・・。人間も獣人もいるみたいですよ?そいつらを捕らえて・・・というのもアリだと思いますが?」


その言葉に教皇以下、会場中は呆気に取られている。


「ええとまず、感染する実験はオーガーでよろしいですか?実験にオーガーを使用することに異議ございませんか?・・・ない。で、犯罪者の獣人を用いるのは・・・?・・・異議なしっと」


リノスはそんなことを言いながら、手元の紙に、サクサクと書き込みをするのだった。

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