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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第七章 クリミアーナ教国編
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第百八十三話 静かなる戦いの幕開け

数日間続いていたぐずついた天気が回復した。屋敷の外に出ると、見事な虹が出ていた。俺は眩しそうに太陽の光を手で遮りながら、その虹をしばらく見つめ続けた。


「これは、リノス様。ご無沙汰しております」


「チワンか。久しぶりだな。元気そうで何よりだ」


数日前、ポーセハイのローニのお陰で、クリミアーナ教国が主張している獣人病原説が完璧なものではないことがわかった。今日はその対策を話し合うために、ポーセハイの代表格であるチワンに来てもらったのだ。当然その後ろには、ローニも控えている。


「リノス様も、ご健勝で」


「固っ苦しい話は抜きだ。まずは、屋敷に入ってくれ」


「帝都のお屋敷でなくとも、アガルタまで参りましたのに」


「いや、アガルタじゃ昼飯食えないだろ?」


「ははぁ、なるほど」


チワンは苦笑いを浮かべる。その後ろですました顔をしたローニがいるが、耳がピクピクと動いている。


「今日も黄金鳥のからあげか?」


ローニは、小さくお辞儀をする。



屋敷のダイニングには既に、メイとリコが座っていて、二人とも泣いている子供たちをあやしている。アリリアはすぐに大人しくなったが、エリルは泣き続けている。俺はエリルをリコから受け取って抱っこしてやる。しばらくすると、エリルはスヤスヤと眠りに落ちた。


「お上手ですね」


「まあな。腕っぷしのいい腕の中が、この子の好みみたいだ」


エリルをベビーベッドに寝かせて俺も席に着く。既にチワンはクリミアーナから贈られてきた医学書に目を通している。そして、ゆっくりと医学書を机の上に置く。


「・・・クリミアーナらしい」


チワンは誰に言うともなく呟く。


「やっぱり、クリミアーナの言っていることは、間違いなんだろうか?」


「間違いとも言い切れません。おそらくこれを書いた医学者は、全くの悪意がないと思います。悪意がないだけに、これは面倒ですね」


チワンはため息をつく。


「クリミアーナ教国の医学研究所は、圧倒的な頭脳を揃えた集団です。世界中の信者の中から、最も優れた者が都に住むことを許され、研究に携わることができます。それ故に、彼らの中には、つまらない共通点を持つことがよくあります」


「つまらない共通点?」


「自分の信念ではなく、自分の嗜好に合わせた思考を採用する。どんなにいい加減でつじつまの合わないことでも、自信満々に話す。自分を傍観者と見なし、発言者を分類してレッテル貼りをし、実体化して属性を勝手に設定し、解説する。そんな共通点です」


「自分が頭がいいと勘違いしているヤツにありがちな話しだな」


「ただ、この内容を見る限りでは、この研究員はそこまでひどくはないように思いますが・・・。それにしても、この全てを断定していく書き方は・・・。メイ様がそう思うのも仕方がないと思います」


「うーん、俺は勉強ができなかったから、論文なんて言うと、その言葉だけでビビっちまうよ」


「ご謙遜を。さて・・・これを覆すには・・・。もう使者は送られたのですね?」


「ああ、数日前にな。ローニに言われた通り、クリミアーナには三つの条件を出しておいた。それを奴らが呑めばいいんだが、吞まない場合は、全面戦争になる可能性がある」


「いいえ。間違いなく乗ってくると思います。何といっても、クリミアーナ医学研究所のイマーニ博士と、ダリナー博士が共に認めているのですから、教国としては、自分たちの成果を世間に知らしめる絶好の機会だと思います」


「そうか」


「で、早速ですが、教国がリノス様の条件を吞んだ後のことなのですが・・・」


俺たちは、今後のことを話し合う。




クリミアーナ教国でも、夏の訪れを知らせるように燦々とした陽の光が、首都、アフロディーテに降り注いでいた。その陽の光に照らされた教皇宮殿は、外壁が白で統一されていることもあって、照り返しが強い。しかしそのために、教皇宮殿は白く輝いているように見える。


「教皇聖下、失礼します」


執務室に入ってきたのは、司教のコフレシだった。


「ああ、コフレシですか。どうしました?」


教皇は見ていた書類を机の上に置き、コフレシに優しい眼差しを注ぐ。


「アガルタから・・・。アガルタ王から書簡が参りました」


「・・・アガルタ王から書簡?」


教皇はちょっと驚いた表情を浮かべつつ、書簡を手にする。


「ご苦労様」


教皇は相変わらず柔和な笑みを浮かべて、書簡を手にする。そして、ゆっくりとそれを読み始めた。


「・・・すぐにイマーニとダリナーを呼んでください」


「はっ。失礼します」


コフレシは素早い動作で頭を下げ、教皇の執務室を後にする。穏やかな口調だが、教皇はすぐに、という言葉を言われた。通常、教皇が何かを急かせることはないと言っていい。何故ならば、教皇の命令や言葉は何を差し置いても最優先させる事柄であるからだ。で、あるにもかかわらず、すぐに、という言葉を教皇は発した。何か、大変なことが起こったのだろうとコフレシは解釈したのだ。


しばらくして後、イマーニとダリナーが教皇の執務室にやって来た。


「二人とも、忙しいところ呼び出して申し訳ありませんでした。研究の方は、大丈夫でしょうか?」


「いいえ。教皇聖下のお召しです。何を差し置いても参らねばなりません。研究は順調でございます」


キビキビと発言しているのは、ダリナーである。その隣でイマーニは温厚そうな微笑みを湛えている。


「そうですか。それを聞いて安心しました。実は先ほど、アガルタ王から、こんな書簡が届けられたのです」


教皇は机の上に置いてある書簡を手に取って差し出す。イマーニは恭しくそれを受け取る。


「拝見します」


ゆっくりとリノスからの書簡が広げられていく。イマーニは表情を崩すことなく、その書簡を読み進めていく。


「いかがですか?」


教皇が優しい口調で尋ねる。


「私としては、全く問題ございません。むしろ、良い機会かと存じます」


「イマーニ所長、アガルタ王は何と言ってきたのです?」


ダリナーが割り込んでくる。


「アガルタ王は、我々が発表した、キリスレイ、ガイッシャ、ルロワンスの病原が獣人の体液である、そして、それの特効薬は羊獣人の胆汁であるという説に納得がいかないとのことです。その説明を求めたいが、書簡をやり取りしていては時間がかかるから、公開質問会を実施して欲しいという要請です」


「公開質問会・・・」


「場所は、アフロディーテ。ただし、公開としたいので、希望者は可能な限り全員参加させることが条件です」


「この首都で、ですか?」


「そして、この質問会が終了するまで、アガルタでは追放された獣人たちを受け入れるとのことです」


「なっ!病原体である獣人もですか!」


「そのようです。さらに、羊獣人のアフロディーテへの護送も断るとのことです。そして、できればこの質問会が終了するまで、各国に要請した獣人たちの追放と羊獣人の捕縛を延期してもらいたいとも書いてあります」


「これは・・・アガルタからの、我が教国に対する挑戦ではありませんか!」


ダリナーは真っ赤な顔をして怒りをあらわにしている。


「ダリナー副所長」


やさしく、まるで幼い子供に言うかのごとき優しい声が聞こえてくる。ダリナーは恐縮して慌てて首を垂れる。


「アガルタは、あなたの研究に横やりを入れられているように思えますが、これを断れば、アガルタ王は教国の研究は信用に足らずと吹聴することでしょう。いえ、それはそれで構いません。そのようなことで教国の屋台骨が、これまで築き上げてきた教国の研究成果が揺らぐことはありませんからね。しかし、イマーニ所長はこれを受けてよいと仰いました。そうですね?」


教皇はイマーニに視線を向ける。


「その通りです、教皇聖下。世界中に我々の研究成果を発表するよき機会です。この機会に、獣人たちが人族にとっていかに危険な存在であるのかを広く知らしめることができます。また、羊獣人の胆汁を用いれば、その不治の病はあるいは治癒し、あるいは進行が止まり、あるいは根絶すると知らしめることが出来ます。不治の病に苦しむ人族に希望を与えられます。いい機会です。ぜひ、やりましょう」


イマーニは自信満々の表情を浮かべている。教皇はその姿を見て、大きく頷く。


「教皇聖下、さらに言えば、グラリーナ女史が発表した研究成果が、クリミアーナ教国のものであると示す機会でもあります。彼女はコリスリン王国から我が国に派遣されている研究者です。うかうかしていますと、彼女の研究成果が自分のものであるとコリスリン王国が言いかねません。手を打つのは早い方がよろしいかと存じます」


「わかりました。それについてはまた、時間を改めて話をしましょう。まずはアガルタ王に返信を。そして・・・獣人の追放については各国に対応はお任せしましょう。羊獣人の護送については、クリミアーナから船を出すことは止めにしましょう。ただし、各国が自主的に護送してくる場合は、受け入れてください」


「かしこまりました。お任せください」


「コフレシ、お願いしましたよ」


教皇の言葉を聞いたコフレシは再び機敏な動きで執務室を後にした。そして、それを見届けたイマーニとダリナーも、教皇に恭しく一礼をして執務室を後にした。


教皇は、先ほどまで読んでいた書類に再び目を通す。


「アガルタ王・・・リノス・・・。報告によれば、大変に優秀な結界師のようですね。可能なれば・・・教国に迎えたいくらいです。しかし・・・まさか政治的な駆け引きを仕掛けてくるとは思いもよりませんでした・・・。まあ、ご本人にはその意識はないのかもしれませんが。戦場であれば強力無比でも、果たして、この政治的な場ではどうなのでしょう。得意の結界は使えませんね・・・。彼はどのように足掻くのか・・・。楽しみですね・・・」


書類を何度も読み返しながら教皇は、相変わらず柔和な笑みを浮かべている。しかし、その瞳の奥の、電子計算機のような頭脳は、リノスの分析を始めるのだった。

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