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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第七章 クリミアーナ教国編
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第百八十二話 リノスの大演説

「あーあーあー。テステステス。マイクテストマイクテスト。ツーツーツーツー。ワンツーワンツー」


アガルタの都に男の声が響き渡る。皆、何事やあらんと手を止めてその声に耳を傾ける。


「ええ~と。アガルタ国王のリノスです。すみません、皆さん忙しいところにお邪魔をしています。今日は皆さんにお話がありまして、このようなことをしています。しばらくの間、俺のおしゃべりにお付き合いをください」


そう言って、リノスはエヘンエヘンと咳払いをする。


「え~っと。何から話そうかな・・・。そう、ちょっと前、クリミアーナ教国から使者が来ました。奴らは不治の病である、キリスレイ、ガイッシャ、ルロワンスの原因は獣人だという。だから、獣人たちを追放しろと。そして、その病の特効薬を作るため羊獣人が必要だとも言ってきた。俺は、戸惑いました。アガルタの国では人に迷惑をかけないというのが約束事だ。奴らの言う通りならば、獣人は人に迷惑をかけていることになる。でも、俺はどうしてもそうは思えなかった。思えなかったが、確信はなかった。しかも、獣人が病の源であると言っているのは、世界一の医者だという。俺は自分の直感に自信がなかった。だから迷った。迷い続けました・・・」


リノスの声が一瞬途切れる。アガルタの都は静寂に包まれている。


「それに加えて、クリミアーナ教は世界に信者を持つ宗教だ。その教団を敵に回せば、このアガルタで信者が騒乱を起こすんじゃないのか。この国の人々に迷惑がかかるんじゃないのか、そんなことを考えてしまったために、俺はとても混乱しました。でも、ようやく自分の中で決心がつきました。だからこそ、こうやって皆さんに俺の決意を聞いてもらおうとしています」


リノスは一度言葉を切って深呼吸をする。


「俺は獣人たちは、不治の病の原因ではないと思います。何故なら、クリミアーナの説は、きちんと実証されているかどうかが疑わしいからです。多くの獣人たちは、我々と一緒に生活しています。結婚している人もいます。その人たちから病気が発症したという話を、俺は聞いたことがありません。だから、クリミアーナの説を信じることができません。それに、獣人たちを追放したり、捕らえれば、それこそ多くの人が傷つき、迷惑を被ります。これはアガルタの姿勢に反します。彼らは、羊獣人とドワーフの娘である、妻のメイリアスでさえ、捕らえようとしました。はっきり言って滅茶苦茶です。今、獣人たちは、何も悪いことをしていないのに、世界中の国々から追われようとしています。俺は、その彼らをこの国に迎え入れようと思います。そして、彼らを守ろうと思います。できるだけ皆さんには迷惑をかけないように努めます。そして、彼らが病気の源ではないと証明したいと思います。アガルタの皆さん、避難してくる獣人たちを、温かく迎えてやってください。皆で、困っている彼らに手を差し伸べましょう。よろしくお願いします。・・・リノスでした」


・・・俺は結界を解除する。そして、大きく息を吐きだす。我ながら無茶なことを言っていると思う。おそらく都の人々は、「はあ?不治の病の源の疑いのある獣人たちを迎え入れる?ふざけんなよ!」と思っているかもしれない。しかし、俺はメイとローニの「クリミアーナの説は、確定ではない」の言葉を信じたいと思うし、俺の直感も信じようと決断したのだ。


俺はアガルタの都にある迎賓館の執務室で、これからのことを考えた。避難してくるであろう獣人はどのくらいになるのか・・・。羊獣人たちはまず保護しないといけないだろう。であれば・・・。


そんなことを考えていると、執務室の扉がノックされる。入ってきたのは、フェリスだ。


「ご主人様・・・」


「フェリス、すまないな。これからまた、忙しくなる」


「・・・迎賓館の表に、続々と人が集まって来ています」


「何?」


俺は慌てて窓の外を見る。迎賓館の壁伝いに人が並んでいるのが見える。そして、部屋の外に出て、迎賓館の正門付近を見る。そこには、黒山の人だかりができていた。


俺はフェリスが止めるのも聞かずに外に出て、正門に向かう。そこには、都の防衛軍の兵士が守っており、厳戒態勢を敷いていくれている。集まった人々は実に静かだ。特に石を投げるわけでもなく、迎賓館に突入してくるわけでもない。ただただ、静かだった。


俺はゆっくりと正門の前に立つ。俺の姿を見つけた群衆からざわめきが起こる。


「おい、ちょっと、ごめんなせぇ、ごめんなせぇ」


威勢のいい声がしたかと思うと、群衆の中から大工のゲンさんが現れた。その後ろからはおかみさんの姿も見える。


大将てぇしょう、聞いたぜ?」


「・・・ああ、無理を言ったな、ゲンさん」


大将てぇしょうに一つ、聞きてぇことがある」


「何だ?」


「その獣人たちは、本当に病を運んできたのかい?大将てぇしょうの目で見たのかい?」


「いや、俺は見ていない。色々調べてみたが、その事実は確認できなかった」


「なら、話は簡単だぁな!」


ゲンさんはいつも以上に大声を張り上げる。


「獣人たちはまだ、何にもしてねぇじゃねぇか!何にもしてねぇのに追放なんざヒデェ話だぜ?大将てぇしょう、俺っちは、大将てぇしょうの考えに乗ったぜ?獣人たちを面倒見てやろうじゃねぇか!」


「そうだよ、大将!大将の言ってることはきっと間違いないよ!アタシらは大将を信じてるよ!」


「おかみさん・・・」


「王様ぁ。アンタはこの都を立て直してくれたお人だ!俺はあんたを信じるぜ!」


「リノスさん!クリミアーナは内乱の時に逃げ出した奴らだ。そんな奴らの言うことなんかアテにならないよ!俺はリノスさんを信じるぜ!」


「リノス様!」


「王様!」


「大丈夫だよ!あたしたちが付いてるからね!」


集まった群衆が口々に俺の名を呼んでくれている。俺はあふれ出る涙を止めることもできずに、ただただ、頭を下げ続けた。


「びっ、びなざん、あ、ありがとう、ござびばす・・・」


俺は大歓声に包まれながら、ひたすら号泣し続けた。


夜、屋敷に帰ると、都の話は皆に伝わったようで、メイが真っ先に俺に近づいてくる。


「ご主人様・・・」


「メイ、大丈夫だ。アガルタの人々は、わかってくれた。ありがたい話だ」


「本当に・・・」


メイも目に涙をいっぱいにためている。


「俺は明日から、アガルタの領主たちの屋敷を回る。今回のことを、伝えねばならん」


「では、私が伴をしよう」


「そうだな、マト、お願いできるか」


「リノス様、私もご一緒します」


「そうだな、ソレイユも居た方がいいな」


「お任せください!」


そして俺たちは、獣人たちを迎える準備について皆で話し合った。


風呂に入り、寝室に入るとリコがいた。エリルは既に大の字になって寝ている。泣き出すととんでもなくうるさいが、よく寝る子だ。きっといい子に育つだろう。


そんなエリルの寝顔を見ていると、後ろからリコが抱き着いてくる。俺はリコの手をそっと握る。


「・・・アガルタの都の人々に、クリミアーナ教国の話をしたのですね」


「ああ」


「私は、今回のリノスを見ていて、うれしくなりましたわ」


「うれしい?どうして?」


俺はリコから体を離す。


「クリミアーナに惑わされずに、獣人たちのことをきちんと考えてくれたことと、あとは……メイを守ってくださったのは、本当にうれしかったですわ」


「リコ……怒らないのか?」


「怒る? どうしてですの?」


「ああ。その……今回はメイに気がいってしまっていて、なかなかリコと一緒にいられなかったからな……」


「リノス、メイは私の家族ですわ。ほかの女とは違いますわ」


「そう言ってもらえると、安心したよ。今回は俺も勉強になった。あそこまで頭がぐちゃぐちゃになるとは思わなかったな。何せ、宗教の一番恐ろしいところは、神の名において平気で人を殺すことができるし、何より、罪の意識と死の恐怖を取り払ってしまうことにある。クリミアーナ教の連中には、そんな狂気を感じたんだ。笑顔で人を殺す人間や、喜んで死にに来る兵士が居てみろ。どんな屈強な人間でも勝てないぞ?それに、どれだけ倒しても、根絶やしにはならないだろ。全くもって厄介だよ」


「もう、考えは落ち着いたのですか?」


「ああ、メイの予想外の行動のおかげで、俺が守るべきものと戦うべき相手がわかった。獣人だってアガルタの国の人間だ。何の証拠もなく、ただ病気になりますっていう情報だけで獣人を追放しろだの、羊獣人をよこせだの、一体何様だと言うんだ。俺は、俺の納得できる説明を聞くまではクリミアーナの言うことは聞かないことにしたんだ」


「よかった・・・。いつものリノスですわ。私も、クリミアーナ教のことで随分動揺しました。リノスの話を聞いて、私も覚悟が決まりましたわ。でも、都の人々の前で涙したのは、いただけませんわ」


「う・・・うん。リコの言う通りかもしれないな。俺は・・・王には向いてないな」


「リノスは、弱いですわ、弱すぎるところがあります」


リコはゆっくりと起き上がる。そして、俺の顔を優しく抱きしめた。


「でも、リノスのその弱さが、リノスの魅力でもありますわ」


「カッコ悪いだろう?」


「いいえ。完全無欠の殿方のどこに魅力を感じましょうか?リノスに、その弱さがあるおかげで、私は、リノスと一緒に居られるのです」


「リコ・・・。お母さんみたいなことを、言うようになったな」


「今からは、リノスの恋人になりますわ・・・」


リコは再び、俺に抱き着いてきた。



リノスは気が付いていない。自分が結界師として、一つレベルが上がっていることを。彼がそれに気が付くのは、もう少し先の話である。


夜が、ゆっくりと更けていった。

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