第百八十話 神の使徒か、大悪人か
ガルビーの街を後にした俺は、屋敷へは帰らず、アガルタの都に転移した。そして、俺の執務室に入り、しばらく目を閉じて物思いにふける。
クリミアーナ教の連中とは全面戦争になるだろう。その前に、何としてもメイを取り戻さなければならない。俺が全力で教会に踏み込めば、簡単にメイは救出できるだろう。しかし、それでは俺は全世界のクリミアーナ教の信者を敵に回すことになる。俺だけならまだしも、帝都の陛下やニザのドワーフ王、ラマロンのカリエス将軍たちも窮地に陥ることになる。ヤツと対決するには少し時間が必要だ。その時間をどう作るか・・・。俺は夜の帳が下りたアガルタの都を見ながら考える。
『・・・サダキチ』
『お呼びでしょうか』
窓を開けて念話を飛ばすと同時に、サダキチが現れる。相変わらず、早い。さすがはフェアリードラゴンを率いる頭領だけある。
『ガルビーの港とその周囲を見張れ。船が近づいたら、すぐに知らせてくれ。それと、船が出入りする港の近くにある、赤茶けた大きな建物から羊獣人が出てきたら、すぐに知られてくれ』
『畏まりました』
そう言ってサダキチはスッと姿を消した。
「見せてもらおうか、クリミアーナの信仰心の深さとやらを・・・」
ニヤリと笑いながら呟いた俺は、そのまま帝都の屋敷に転移した。
「ただいま」
「リノス!メイは・・・」
リコが飛び出すようにして俺のところにやってくる。
「ああ、見つけた。姿は確認できなかったが、ほぼ確実にガルビーの教会の中にいる」
「では、どうして助けなかったのです!」
「今、俺が踏み込むと、おそらくクリミアーナとすぐに全面戦争になる。ヤツらと事を構えるのは、まだ準備が必要だ。その時間稼ぎをしなきゃならん」
「じゃあ・・・メイは・・・」
「心配するなリコ。メイは必ず取り戻す。クリミアーナの信仰心が深ければ必ず、メイは取り戻せる」
「そんな・・・。もし信仰心がなかったら・・・」
「その時は・・・。俺が力づくで取り戻す。安心しろ」
「リノス様はまた、何か作戦を思いつかれたのだな?」
「さすがはマトだな。察しがいいな」
「内容を聞いても・・・いや、聞かないでおこう。作戦の内容を知るものは、少ない方がいい。もし、作戦を実行するにあたって私を加えてくれるのであれば、教えてくれ。できれば人気のないところで・・・だな・・・」
何故かマトの目が泳ぎ始め、顔が少しずつ赤くなってくる。
「どうした、マト?顔が赤いぞ?」
「・・・何でもない」
「取り敢えず、メイは今、ガルビーの教会で軟禁されている。おそらく奴らは船で自分の国に戻るまではメイを丁寧に扱うだろう。それにメイには結界を張ってある。そこは心配していない。勝負は、クリミアーナからの迎えの船が着いてからだ。まずは俺たちに手を出すと面倒くさい相手だとヤツらに思わせねばならん。メイは、必ず取り戻す。そして、クリミアーナには絶対に、思い通りにはさせない。これから色々なことが起こるかもしれん。全力でみんなを守る。だからみんなも、俺に力を貸してくれ」
全員が大きくうなずく。その様子を見て、俺はようやく迷いを吹っ切ることができた。
サダキチから連絡があったのは、それから五日後のことだった。
『ガルビーから少し離れた所に船が見えました』
『ご苦労。すぐに到着するか?』
『ゆっくりと進んでいるように見えます。まだ、すぐには着かないと思います』
『わかった。引き続き見張ってくれ。ガルビーに着いたらすぐに知らせてくれ』
『畏まりました』
クリミアーナの船がガルビーの港に接近したという報告が、サダキチからもたらされたのは、翌日のことだった。その時、俺はアガルタの都の執務室で仕事中だった。俺は報告を受けてすぐさま念話を飛ばす。
『ルアラ、ルアラ。聞こえるか?』
『師匠、何でしょうか?』
『今すぐガルビーに向かう。ついて来い。すぐに俺の執務室に来られるか?』
『すぐ行きます』
ほどなくしてルアラがやってきた。そして俺たちはガルビーに急行した。
クリミアーナの船は、接舷している最中だった。俺はルアラに指示を与える。
「わかりました。やってみます」
そう言ってルアラは海の方向に向かって走っていった。俺はマップでメイを確認しながら、しばらく船の近くで待機する。さすがに俺の姿を見られると住民が騒ぎかねないので、俺の姿は見えない結界を張って待機する。
一時間ほど待っただろうか。ようやく教会に動きがあった。数名が教会から出て、港に向かっている。どうやら馬車を使って移動しているようで、速度が速い。見る見るうちに俺の近くまで奴らはやってきた。
馬車は四台に及んでいた。メイが乗っているのは確かだ。俺はルアラに念話を送りながら結界を解除し、ゆっくりと船へと向かう。
馬車からは既に人が下りてきており、船に乗ろうとしているところだった。司教風の格好をしている者もいる一方で、目深にフードを被っている者も四人いる。俺はそいつらに向かって声をかける。
「メイ!」
フードを被っている一人が、ピクリと体を振るわせる。そこの声を聞いて船に乗り込もうとしていた司教たちが振り向く。
「・・・誰かと思えば、アガルタ王・・・」
そう言いながら馬車から降りてきたのは、司教のコフレシだった。その後ろから、女司教のジョリーナも馬車から降りてくる。
「これはこれはアガルタ王、再びお目にかかれて光栄でございます。この度は・・・。ああ、奥方様のお見送りに来られたのですか?何と・・・奥方思いのお方ですこと。すばらしいことでございます」
目をキラキラと輝かせてジョリーナは口を開いている。俺はニヤリと笑みを返す。
「お前たち、これから出港するつもりか?」
「ええ、これからアフロディーテに向けて出港いたします。予定よりも早く船が着きました。これもクリミアーナ様のご加護のおかげでございます。途中、ラマロン皇国の皇都にも寄らねばなりません。早く着くのに越したことはございませんので、予定を早めて出港いたします」
満面の笑みを湛えながらコフレシはよく通る声で俺に話しかける。
「それは、やめといた方がいいな」
「どういう意味でしょう?」
コフレシは笑みを絶やさないが、眉間にほんの少し、皺が刻まれている。
「どうもこうも、クリミアーナ様がそう仰るんだ」
「何ですと?」
「お前たちはクリミアーナ様の怒りに触れた。船は出させないそうだ」
「一体何をおっしゃっておられるのやら・・・」
コフレシは鼻で笑いながら俺を見ている。
「嘘だと思うなら、海を見てみな」
コフレシは小刻みに首を上下に揺らしつつ、ゆっくりと後ろを振り返った。
「・・・何だ、あれは?渦潮が・・・。消えたのではなかったのか!」
ちょうど、港のすぐ沖合で巨大な渦潮が発生している。
「お前たちが羊獣人を連れて行こうとすることに、クリミアーナ様はお怒りのようだ。だから、船は出させないとさ」
俺は両手を挙げて首をすくめる。
「な・・・何を証拠に!」
「俺が教会を訪ねて、けんもホロロに追い返された時があっただろう?あの夜に、クリミアーナ様が俺の夢枕に立ったんだ」
「バッ、バカな!」
「信じる、信じないはお前たちの勝手だ。クリミアーナ様はこう仰った。羊獣人たちを連れ去るのは許さん。決して船を出させん、とな」
コフレシは忌々しそうに振り返って海を見る。
「クリミアーナ様は慈悲深い方だ。羊獣人を置いてこのまま大人しく、真っ直ぐ国に帰るのなら、海を開いてくださるだろう。信じる、信じないのは、お前たちの勝手だ。このまま船を出して、渦潮と格闘するというのも、お前たちの勝手だ」
俺は身を乗り出しながら話をする。コフレシ達司教は、顔を見合わせている。
「お前たちは、クリミアーナ様への信仰心は、そんなものか?メイ、こっちへ来い」
フードを被っている一人は、小刻みに首を動かしていたが、やがてゆっくりと俺の下に歩いてきた。俺はそっとフードを取る。
「・・・メイ、お帰り」
「ご主人様・・・」
メイは泣きながら俺に抱き着いてきた。俺は優しくメイの背中を撫でる。俺はメイを抱きしめながら、犯罪奴隷解放の呪文を唱える。神龍様の魔法をイメージして発動させると、一瞬だけメイの体がほのかに光る。鑑定してみると、これまで表示されていた「奴隷賢者」が「賢者」に変わっていた。どうやら成功したようだ。それを見届けた俺は、クリミアーナ教の連中に声をかける。
「あと、言い忘れていたが、このメイリアスの犯罪奴隷だが、こちらもクリミアーナ様のご加護をもってお許しになるそうだ。嘘だと思うなら確かめてみるといい。……どうやらお前たちでは確かめられないか? まあ、それはいい」
「ご主人様・・・他にも・・・他にも・・・羊獣人が・・・」
メイがしゃくり上げながら俺に懇願してくる。
「羊獣人は置いて行けよ?クリミアーナ様は羊獣人を連れ出して利用することにお怒りなんだからな。羊獣人を解放すれば、お前ら、きっと、無事に出港できるぞ?・・・行け!」
クリミアーナの司教たちは、フードを被った者をその場に残し、無表情のまま船に乗り込んだ。マップで確認したところ、羊の獣人は船には乗っていないようだ。
『ルアラ、いいぞ』
念話を送った直後に渦潮が収まる。そしてしばらくして、司教たちを乗せた船はゆっくりとガルビーの港を離れていった。
「師匠~。メイ姉さま~!!」
しばらくするとルアラが走ってきた。
「メイ姉さま~」
「ルアラちゃん~」
二人は泣きながら抱き合っている。
「ええ場面なン」
いつの間にか、海の女王、アムピトリテが俺の隣に現れていた。
「アムピトリテ様、無理を言いまして・・・ありがとうございました」
「このくらいは何でもないン。いつでも言うてくれてええン」
「ありがとうございます。また、お供え持っていきますね」
「楽しみにしてるン」
そう言ってアムピトリテは姿を消した。
数日後、クリミアーナ教国の首都、アフロディーテに到着したコフレシ達は、早速、教皇の下にガルビーでの出来事を報告した。
「ほう、クリミアーナ様の御声を聞いたと・・・。それに、犯罪奴隷を解放するというご加護があったと・・・」
教皇は相変わらず柔和な笑みを湛えている。
「おっ・・・恐れながら、洗礼も受けぬ身で、クリミアーナ様が夢枕に立つ、ご加護があるなどと、大それたことをアガルタ王は申しております。それに、教皇聖下の要請を全く無視しております。アガルタは、天道に背く国と考えてよろしいかと思います」
コフレシは早口でまくし立てる。教皇は柔和な笑みを絶やさぬまま、しばらく物思いにふける。
「しかし、アガルタ王が言った、いや、クリミアーナ様のお告げの通り、羊獣人を解放すると、海が収まったのでしょう?羊獣人のお妃については確認が必要ですが、おそらく犯罪奴隷は解放されているのでしょう。それならば、アガルタ王を、アガルタ国を、天道に背く国とは言えませんね」
教皇は大きなため息を一つつく。
「それにしても、アガルタ王は不思議なお方ですね。クリミアーナ様が遣わされた使徒様か。それとも、クリミアーナ様の御名を語る大悪人か・・・。これはますます、アガルタ王を調べてみなければ、いけませんね・・・」
教皇の柔和な目は再び、アガルタの方向に向けられていた。




