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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第七章 クリミアーナ教国編
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第百七十七話 八方ふさがり

クリミアーナ教の使者が来てから三日が経った。結局俺は何の打開策も見出せずにいた。簡単にできるだろうと思っていたメイの犯罪奴隷の解放は、全くうまくいかなかった。奴隷商の人間を呼び出して聞いてみたが、犯罪奴隷の認定は彼らの領分ではなく、その解放の仕方もわからないのだという。


加えて、獣人たちのことについても、全く進展がなかった。アガルタの都には、犬獣人もいれば猫獣人もいる。そして数は少ないが狼獣人もいる。彼ら、彼女らを見ていると、俺はどうしても獣人たちが不治の病を媒介しているようには思えなかったのだ。


藁をもすがる思いで、おひいさまにも聞きに行ったが、彼女も犯罪奴隷を解放する手段は知らなかったし、これらの病の感染経路についても知らなかった。さすがに落胆の色を隠すことができなかった俺を見かねて、サンディーユが調べてくれることになったが、やはり時間はかかるのだという。


今のところ都の人々には何も伝えていないため、目立った混乱は起こっていない。メイは伝染病の原因は獣人たちに間違いないと言い切ったが、しかし、何となく、ただ、何となくだが、俺には、そんなことはないだろうという感情が沸き上がってくる。


それに、俺なりに調べてみたが、クリミアーナ教というのは思った以上に厄介な相手のようだ。


この宗教は世界中に信者を持っているらしい、その上、国家レベルでこの宗教を信仰している国も多い。何より、この宗教の司教は人族の「呪い」を解除できる能力を有しているのと、LV3クラスの治癒魔術が使える。言わば医者のような存在であり、人々の命を司ってきた。そして、犯罪奴隷の制度を確立したのも彼らだったのだ。


ジュカ王国にも確かに教会はあったし、エルザ様も礼拝に訪れていたし、俺も何度かお伴をしたことがある。幸い(?)俺がジュカの王城をぶっ壊した後の内乱で、司教たちはこの国を引き上げてしまい、今のところアガルタでのクリミアーナ教の影響は強くない。それどころか、一番助けて欲しいときに逃げたということで、アガルタの人々からの印象は、逆によくはない。


しかし、世界中に信徒を持ち、いくつかの国家を支配下に置いているのは事実だ。ヒーデータ帝国にしても、ラマロン皇国にしても、この宗教の影響下に置かれている。対応を間違えば、この国々までもが敵に回る可能性があるのだ。そうなればさすがに俺も厳しい状況に陥る。このアガルタの都だけならまだしも、広いアガルタ国全てを守るのは難しい。それどころか、下手をすると天井知らずの人間が死ぬことになる。それは避けねばならなかった。しかも、それ以上に、メイの命が奪われることは、俺にとっては耐えられない。それだけは、何としても避けたいのが本音だ。


この三日間は、その感情との葛藤の日々だった。


やはり、この日も何も考えつかないまま帝都の屋敷に帰る。そんな俺の雰囲気を察してか、食事もいつものにぎやかしい雰囲気が失われていて、空気がどんよりとしている。


そんな時、屋敷に来客があった。スーパー・ダーケを任せているウィリスだった。


「ご主人様、お願いがあるんだ」


「どうしたウィリス、入れ入れ」


屋敷に招き入れようとするが、ウィリスはなかなか入ってこない。様子を見にウィリスに近づいてみると、玄関を出たところに、妹のシェーラとユリエル、そして数名の猫族たちがいた。


「どうしたんだ?これは一体・・・?」


「本当に、本当に申し訳ないんだが・・・。僕たちを匿ってもらえないだろうか」


「一体どうしたんだ?」


俺の言葉を聞いて、妹のシェーラが泣き崩れる。その様子をウィリスは悲しそうな顔で見つめながら、口を開く。


「帝都の人々が・・・いきなり襲ってきたんだ」


「帝都の人々が?」


「僕たちに触れると人族が不治の病にかかるらしいんだ。だから・・・。出て行けと・・・」


ウィリスは悔しそうな顔して歯を食いしばっている。そして、妹のシェーラが泣きながら俺に訴えかける。


「あんまりじゃ!あんまりなのじゃ!今まで我らの店からそんな病を得た人など居たことはなかったはずじゃ!それなのに・・・。大体我らは、猫人族ではない!れっきとした猫族なのじゃ!みんな間違えておるのじゃ!あんまりじゃ!」


何とかシェーラを宥めすかして、屋敷の中に入れる。そして、ウィリスの口から語られた話は、俺たちをしばし絶句させた。


いつもの通り店を開けたものの、この日はいつになく客足は伸びなかったという。そして、昼過ぎになって突然、男たちが店に怒鳴り込んできた。猫人族が不治の病を広めている、この店から不治の病が生み出されている、だから今すぐ出ていけと。


さすがにウィリスが止めに入ったが、男たちは取り付く島がなかった。仕方なく彼らは二階の部屋に避難し、店は人間の男たちに任せることにした。しかし、しばらくすると今度は帝都の防衛軍の兵士が訪ねてきて、ウィリスたちを拘束すると言い出した。さすがにそれには従えないと、すったもんだの末、彼らは兵士たちに無理やり店から追い出された。


彼らは俺の屋敷に避難することにしたのだが、その道すがら彼らは、帝都の人々から避けられ、石までもぶつけられることもあったのだそうだ。俺は開いた口がふさがらなかった。


「取り敢えず、明日、陛下のところに行ってくるよ。お前たちはここでしばらく居るといい」


「ご主人様・・・。本当に・・・申し訳ない・・・」


ウィリスはこらえ切れなかったかのように、滂沱の涙を流した。それを慰める奥さんや、不思議そうに眺める子供。見ている俺たちが申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


彼らに食事を与え、ペーリスやフェリス、ルアラ、シディー、マトカルたちの部屋にそれぞれの猫族は迎え入れられた。ウィリスたち男猫たちは、今は空いている分娩室につかった部屋に寝てもらうことになった。


翌朝、俺は早速帝都の宮城きゅうじょうに向かい、陛下に謁見した。


「陛下・・・どういうことでしょうか?」


「二日前、余の下にクリミアーナ教の司教がやってきたのだ」


「まさか陛下も、クリミアーナ教の言うことを真に受けておられるのですか?」


陛下は目を閉じ、指でこめかみを押さえる。そして、しばらくの静寂の後、重々しく口を開いた。


「クリミアーナ教は我が国教。しかも、その王たる教皇直々の要請なのだ。余もなかなか断れぬよ」


「陛下は本当に、獣人たちが不治の病の源であるとお考えなのですか?」


「・・・わからん。余にもわからん。しかし、教皇直々の要請、そしてその要請書には世界一ともいわれる研究者の名前もある。さすがに無下にはできまいよ」


「では陛下は、獣人たちを捕らえ、クリミアーナの都に送ると・・・?」


「それは・・・余も頭を痛めているのだ。なるべく、そうしたくはない。したくはないのだが・・・」


「いっそのこと、陛下の勅命で、しばらくの間獣人たちへの暴力や排除を禁止されては?」


「そうもいかんのだ。教皇からの要請は、研究結果に基づいた正当なものだ。その要請に反するような振る舞いを行えば、帝国はクリミアーナの敵と見なされる。そうなっては、帝国は全世界を相手に戦いを挑むことになる。それどころか、我がヒーデータ帝国の国教はクリミアーナ教だ。市民だけでなく、貴族や軍人にも信徒は大勢いる。クリミアーナを敵に回せば、たちまち信徒たちが反乱を起こすだろう。そうなっては、我が帝国は崩壊する。余も苦しいのだ。獣人たちは助けてやりたい。何しろ、リノス殿の妻にも獣人がいるからの。余とてどうにかしたいのだが・・・。すまぬ。今のところ手立てが見つからぬ。せめて、余から命令を出すのをギリギリまで伸ばす・・・。これしか今は打つ手がない」


陛下は目を閉じ、眉間に深いしわを刻みながら、天を仰いだ。俺は何も言えないまま、その場から退室せざるを得なかった。


宮城きゅうじょうを出たその足で俺は、ガルビーに転移した。朝、帝都に向かう前に、カリエス将軍に会いたいという書簡をサダキチに届けさせたのだ。今のところ将軍からの返事はないという。しばらく部屋で待っていると、何とカリエス将軍自らがガルビーにやってきた。


「すみませんね将軍。わざわざお越しいただかなくても・・・」


恐縮する俺に将軍は、無言で首を振る。


「いや、今やアガルタは事実上の皇国の宗主国だ。その国王がお呼びなのだ。何を差し置いても伺うのが筋というものだ。気になされるな」


「では将軍、早速ですが、クリミアーナ教の話なのですが・・・」


「ああ、皇都にもやってきた。今のところ我らには、そんなことをしている余裕はない。国力の回復に全力を挙げねばならんと答えている。しかし、奴らは教皇直々の要請書をタテに取って強気な態度を崩そうとしない。まあ、あの国の連中が強気なのは、今に始まったことではないのだが・・・」


カリエスは苦笑いを浮かべる。


「正直、将軍はどう思われますか?俺はどうしても獣人たちが不治の病の源とは信じられないのです」


「まあ、アガルタ王のお妃の一人が獣人であるから、そのようなお気持ちになられるのは、わからなくはない」


「では、将軍も、クリミアーナと同じように・・・」


「いや、私はそうは考えない。これまで何十年と戦場に出ていたが、皇国で、キリスレイ、ガイッシャ、ルロワンスが流行したことは、近年はない。確か、年に数人の患者が出る程度だったと記憶している。しかし、皇国軍にも今回対象となっている獣人たちがいるが、私が記憶するところでは、皇国軍でそのような病にかかった者はいない。そして、その家族にもいない。だが・・・」


「だが、何でしょうか?」


「世界で最も権威のある医学研究所が認めているのだ。やはり、何らかの原因は、あるのだろう」


「では、将軍も、獣人たちを・・・」


「私も、何とかしたいのだが、今のところ打つ手がない。獣人がいなくなるということは、それだけ国力の回復が遅れるということだ。頭が痛い問題だ・・・」


結局、カリエス将軍との話し合いも、何の成果も見いだせなかった。


そして、八方ふさがりの状態のまま、時間だけが無駄に過ぎていった・・・。

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