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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第七章 クリミアーナ教国編
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第百七十五話 何にも知らない俺たちは、海開き

城塞都市ガルビーの岬からは、ラマロン海が一望できる。海面に燦々と降り注ぐ太陽の光が美しい。そして、沖の方に視線を移すと、そこには二つの渦潮が目に入ってくる。雄大で雄々しい渦潮は、見る者に活気を与えてくれる。リノスはこの街に来た時から、この光景を気に入っていた。


「いや~今日もデカイ渦潮だねぇ~」


俺はガルビーに来るたびにこの渦潮を見て感動している。あそこから海の底なしのパワーが発せられているような感じがして、俺も元気になるような気がするのだ。よし、今日も頑張ろう!夜も頑張るんだ!という気になる。できれば毎日この光景を見たいものだ。


そんなことを考えていると、俺の背後に数名の男の気配がする。殺気は感じないため、俺に敵対する気はなさそうだ。俺はゆっくりと後ろを振り返る。


「アガルタ王、リノス様とお見受けする」


一目見て屈強と思われる男たちが六人立っていた。全員インデアンのような派手な格好をしている。原色だらけの服と装飾品が眩しい。


「ああ、そうだ。俺がリノスだ。お前たちは?」


「お初にお目にかかります。私は、このガルビーの街で漁業組合の長を務めます、ムーロイと申します。アガルタ王、リノス様にお願いがありまして、ここまで押しかけてまいりました」


ムーロイと名乗る男たちは片膝をつき、首を垂れる。俺もひざを折って屈み、奴らとできるだけ目線の高さを合わそうとする。


「何もそんなに畏まらないでくれ。俺に頼みか。俺にできることなら、手伝おう。話してくれないか」


「ありがとうございます!」


目を輝かせながらムーロイは語り出す。


元々、このガルビーは漁業町として誕生したのだという。海からは無尽蔵の魚が獲れ、この町は大いに潤っていたそうだ。ラマロン皇国の初代皇帝も、この豊富な海の幸を元手に交易を行い、力をつけていった。言わばこの街は、堅牢な要塞都市としてその名が知れ渡っているが、皇国一の漁獲高を誇る漁港としての一面もあったのである。


しかし、四年前に突然、ラマロン海に渦潮が起こり始めた。最初のうちは小規模であったが、日を追うごとに大きくなり、現在の大きさになった。しかも、最初は一つだけであった渦潮が、いつしか二つになっていた。こうなっては、常に海は荒れている状態であり、漁をする船を出すこともできなくなった。ここ数年、漁師たちは浜辺近くの魚を獲って糊口をしのいでいたが、それも限界に来ていた。さらにこの街はかなり大きな港を備えているが、これだけ海が荒れているために交易の船も入ることができないでいる。そこにきての不作続きであった皇国の食糧事情も重なり、この街は兵糧攻めに近い状態だという。


ムーロイたちは、この状況を何とか打開しようと、俺の所に相談に来たというわけだ。


「う~ん、海のことは俺にもよくわからんからな~」


俺は腕組をしながら考える。ムーロイたちは不安そうな顔をしながら口を開く。


「無理は承知で相談しております。聞けば、リノス様は色々な薬品や精霊たちを使って皇国の田畑を復旧されているとか。それが海に通用するかどうかはさておき、もしかしたら、と思い相談に上がったのです」


「まあ、一度、考えてみるよ」


そう言って俺は、ムーロイの連絡先を聞き、ガルビーでの仕事に取りかかった。


夜になり、帝都の屋敷に帰ると早速、家族にムーロイの話をする。


「あー。あの海は荒れるでしょうね」


そんなことを言ってきたのはルアラだ。


「何でだ?」


「ラマロン海ですよね・・・。確かあそこは、アムピトリテ様がおられる海ですから・・・」


「アムピトリテ・・・?」


「ポセイドン王の・・・正妻です」


「何じゃそら?」


聞けばルアラの父、ポセイドンとその正妻であるアムピトリテは大恋愛の末、結ばれた仲であったそうだ。それはおとぎ話にもなっており、リコなどは幼い頃、その話が大好きであり、何度も何度も女官にそのお話をしてくれとねだったらしい。


「本当に素敵なおとぎ話なのですよ・・・。神々の反対を押し切って、ポセイドンがプロポーズする場面は、今思い出しても胸が熱くなりますわ」


リコは中空に目を泳がせて、別の世界にトリップしてしまっている。


「ゴホン、ポセイドン王は俺も会ったことがあるけれど、まさかそんな純愛をする人には見えないな。まあ、あくまでおとぎ話だ」


「いえ、事実みたいです」


ルアラが即答してくる。


「マジで?」


「はい・・・。私が聞いたところによると、その時の父はその・・・まだ、女性と触れ合ったことがなかったようで・・・」


「お互い、初恋ってか?」


「だった、ようです・・・」


「まあ、それでは私とリノスのようですわ!」


一人リコだけが喜んでいる。聞けば、念願かなって恋する女性と結婚できたまではよかったが、女性を知ってしまったポセイドン王は女性に興味を持ち始め、それから次々と側室を増やしていき、現在に至るのだという。


「父はその・・・ヘンなところで、真面目ですから・・・」


「ルアラ、お父上の気持ちは、俺もわからなくはない。わからなくはないが・・・あれはやりすぎだ」


「すみません」


何故かルアラが落ち込んでいる。


「いや、ルアラが落ち込む必要はない。ということは、ラマロン海が荒れているのは、アムピトリテが焼きもちを焼いているから・・・か?」


「間違いないと思います。それはそれは、怒っていると思います」


「あの渦潮が、海の女王の心の中に渦巻いている怨念を表しているって思うと・・・。確かに魚は寄り付かないだろうし、漁船も近づけないよな・・・」


その後、俺たちはルアラを中心として、アムピトリテへの対策を話し合った。本来であれば海の神に仕える巫女であったルアラが歌(演歌)を捧げるのが効果的なのだが、如何せん彼女は憎き亭主の娘なのである。下手をすると女王の神経を逆なでしかねない。しかし、ルアラはダメもとでもやってみたいと言い張ったので、一度連れて行ってみることになった。


その夜、リコと二人っきりになった時、リコが俺の耳元で囁いてきた。


「私、女王様がポセイドン王の愛を取り戻す方法がわかりましたわ」


「どういうことだ、リコ?」


「他のどの側室よりも主人を愛し、そして、愛されればよいのですわ」


「ど・・・どうやって?」


「簡単ですわ。離れないようにすればいいのですわ。こうやって・・・」


リコは俺の体にしがみついてくる。


「いや、リコ、これじゃ・・・」


「リノスは、私のことがキライになりまして?」


「大きな声を出さないでくれ。エリルが起きてしまう・・・」


「私のことは・・・?」


「だ、大好きです・・・」


「私も、大好きですわ。ポセイドン王たちも、私たちのようになればいいのです」


「そ、そうだね」


その夜、リコは空が白むまで俺の手を離さず、ピタリと体をくっつけ続けた。



次の日、俺はルアラを伴ってガルビーに転移した。岬からはいつもの雄大な渦潮が見える。それを見たルアラは思わず声を上げる。


「これは・・・何と凄まじい怒り・・・。これを慰撫するのは私ではとても・・・」


「いや、ビビるなルアラ。一度、やってみろ」


「は・・・はい」


ルアラは全力でその渦潮に向けて歌う。歌っているのは、俺が教えた定番の失恋ソングだ。誰かにあなたを取られるなら、あなたを殺しちゃっていい?という内容の歌だ。かなり難しいのだが、さすがはルアラである。見事に歌いこなしていて、コブシの使い方も完璧だ。


「・・・ダメみたいです」


渦潮は全く衰えを見せず、海は激しく荒れている。


「・・・仕方がない。別の方法を考えよう」


俺は力なく呟く。相変わらず雄々しい渦潮を見ていると、ふと、子供の頃に風呂で親父が歌っていた歌を思い出した。俺は思わず鼻歌交じりにその歌を歌う。


秋・・・恋人が去っていった・・・。私は凍えている程に寒い・・・恋人よ・・・傍に居てちょうだい・・・。そして、この別れ話が、冗談であってほしい・・・。


「・・・師匠・・・なんて悲しい歌を・・・」


「ルアラ、これは失恋しないとわからない。お前がこの歌の奥深さを知るのは、まだ早い」


俺は海を見ながらニヒルに呟く。


「そう、まだ早いン。でもウチはめっちゃわかるン」


「おい、いきなり何言ってんだよルアラ」


振り返るとそこには、平安時代の女官のような恰好をした、小学生くらいの幼い女の子が立っていた。


「・・・誰だい?」


「アンタやろ?さっき歌ぅてたんわ。ウチの気持ち、その歌の通りなン。メッチャ癒されたン」


「・・・えっと?お宅様は??」


「ウチ、アムピトリテって言うン。トリちゃんでええン」


「もしかして・・・ポセイドン王の・・・?」


「そう。ドンちゃんのお嫁さんなン。でも、ドンちゃんウチのところに来てくれへン。他の女の所に行ってしもたン。寂しかったン。イライラしてたン。悔しかったン。だからドンちゃんのいる海の隣の海を荒らしてヤツあたりしてたン」


「もっ・・・申し訳ございませんでした。父のこととはいえ・・・申しわけ・・・」


ルアラが土下座して謝っている。


「アンタは誰なン?」


「ポセイドン王の217番目の娘の、ルアラです」


そして、ルアラからポセイドン王の現状について報告され、何度も彼女は謝った。


「女王様、お望みならば、女王様のお気持ちをこのルアラを介してポセイドン王にお伝えすることはできます。しかし・・・王の性癖が治るとは思えません。女王様のお気持ちが済むことであれば、俺たちのできる限りのことはしたいと思います。海の民が困っております。できれば、海を静かにしていただければありがたいのですが・・・」


アムピトリテは目を閉じてじっと考えている。


「ウチも大人気なかったン。ええ歌聞かせてくれたから、海を開こうと思うン」


寂しそうに彼女は呟く。


「ありがとうございます。せっかくですから女王様。一年に何度か、海の上で楽しい、にぎやかなお祭りを致しましょう。美味しいものをお供えします。下手ですが、歌をささげましょう、音楽なども奏でましょう。いかがですか?」


「うん、それやったら、寂しくなくなりそうなン」


「では、そう致しましょう!」


こうしてガルビーでは渦潮は消え、海は穏やかさを取り戻した。漁師たちは大感激し、数年ぶりの漁に出ることができたのであった。そして漁師たちは、季節の変わり目ごとにお祭りを行い、海の女王に感謝の意を表したのだった。


しかし、リノス達は知らなかった。せっかく開かれたこの海が、この港が、後に悲劇の舞台になることを・・・。

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― 新着の感想 ―
[一言] < 全員インデアンのような派手な格好をしている。 他意が無いことは読んでいて解るのですが、現在はインディアンはアレな呼称なので、ネイティブアメリカンに変換しておく方が無難です。 気にする…
[一言] にゃん◯すー。
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