第百七十二話 コンシディーと家の味
私が子供の頃は、各家庭に「家の味」のようなものがあり、お呼ばれなどして友人の家でご飯をごちそうになる時などは、楽しみでしょうがありませんでした。特に卵焼きなどは、各家庭によって作り方や味付けなどが異なり、楽しみながら食べた思い出があります。そんな思い出話をふと思い出したので、それを元にして書いてみました。
ある日の昼下がり。帝都のリノス家の屋敷では、コンシディーが考えるポーズを決めたまま、微動だにしないでいる。
「う~ん」
一見すると頭痛と戦っているように見えるが、彼女の中では、眉間に深い皴を刻んで悩んでいるつもりである。見た目が幼いので、まだ、顔にはシワが刻めないのだ。
目の前には、一つの鍋が置かれている。そこには今、煮えたばかりのかぼちゃの煮つけがあった。シディーはその鍋を見ながら、小さく呟いていた。
「・・・なにに入れればいいのよ」
事の発端は、これより十分前に遡る。
この日は休日ではあったが、昼食後にそれぞれに動きがあった。メイとリコは子供を抱えてクルムファルに転移していった。主治医であるローニの下に行き、子供たちのアレルギーの有無や健康状態を調べに行ったのだ。この世界では、赤ん坊にそこまでの検査を行うことは通常ない。これは、主人であるリノスがどうしてもと言って聞かなかったためだ。
「食物アレルギーがあったら大変じゃないか!一応、一応検査してもらえ。あと、耳や目もちゃんと見えているかも検査してもらっておこう」
リコもメイもアレルギーという言葉がわからず、半ばあきれながらではあったが、ローニは博学であり、育児の悩み相談も兼ねてクルムファルに向かうことにしたのであった。
また、ペーリスは大学、ゴンとフェアリ、ソレイユはラマロンに、そして、マトカルとフェリス、ルアラはアガルタの都でちょっとしたトラブルに対応するため、急行していた。屋敷には、主人のリノスとシディーが残る形となった。
リノスは夕食のおかずを作ると言って、一人で機嫌よく何かを作っていた。シディーは、研究室でメイと共同開発をしている、作物の生育を助ける薬品の実験をすることにし、ようやく実験結果となるサンプルが揃い始めたとき、ダイニングから声がかかった。
「おーい、シディー!シディー!」
「はぁーい、何でしょうか?」
いそいそと実験室からキッチンに移動する。リノスは既に屋敷から出ようとしているところであった。
「すまん、ちょっとアガルタに行ってくる。ラマロンから使者が来てしまったらしいんだ」
「あ、そうですか。行ってらっしゃいませ」
「あ、なんきんたいたのみずやにいれといて」
「え?」
「だから、なんきんたいたのみずやにいれといて」
「なんきんたいたのみずやに・・・?」
「ああそうだ。いれといてくれ。よろしくな」
そう言ってリノスは屋敷を出て行ってしまった。
「なんきんたいたのみずやにいれといてって・・・何?」
シディーは自分の全知能全能力を駆使して、この暗号のような言葉を解読しようと努める。
「いれといて、だから、何かを入れるんだわ・・・。みずやに・・・って何?なんきん?たいたの?・・・わからない」
シディーは考えた。目を閉じて、じっと考え続けた。しかし、どう考えても解決策は見つからない。
屋敷には誰もいない。困ったシディーは、この暗号を解読できそうな人間は誰であろうかと考えた。一番効率的であるのはリノス本人に聞くのが一番だが、彼は使者と会うのだという。使者と会っている最中に、
「お話し中恐れ入ります。リノス様、先ほどの、なんきんたいたのみずやにいれといて、というのはどういう意味ですか?」
と使者たちの中を手刀を切りながら分け入っていき、リノスに聞きに行く度胸はさすがにない。
リコやメイならば知っていそうだが、子供を連れている。子供の面倒を見ている最中に、そんなことを聞きに行く、そんなデリカシーのない女では自分はない。
ペーリスは大学、フェリス、ルアラは知ってそうだが、忙しいときはこの二人はいつも険悪なムードであるため、聞きにくい。マトカルは知っているとは思えない。ソレイユは嫌味を言われそうだ。ゴンとフェアリは・・・間違いなく忙しいだろう。そう考えると、家族に聞くことが出来る人はいなかった。
その時、シディーの頭の中に、一人の女性の顔が浮かんだ。あの人ならば、知っているかもしれない。早速彼女は、その人の所に向かった。
向かった先は、アガルタの迎賓館だ。使者を迎えるためいつも以上の人が居たが、宿泊棟の準備は既に完了しており、スタッフは客人の到着を待つばかりの状態であった。それを確認したシディーは、その人の部屋に向かう。
「まあ、どうされたのですか?」
驚きの声を上げたのは、元・ニザ公国の女官長であったミンシであった。現在は迎賓館宿泊棟の支配人を務めている。シディーはその彼女に早速、質問をぶつける。
「ごめんなさい、ミンシ。ちょっと聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」
「あの・・・リノス様から、なんきんたいたのみずやにいれといて、と言われたの。どういう意味かしら?」
「え?もう一度お願いします」
「なんきんたいたのみずやにいれといて、と言われたの」
ミンシはシディーの言葉を何度も復唱する。
「もしかして、ミンシもわからないのかしら?」
「いいえ!そんなことはございません!わかります。わかりますとも」
ミンシは胸を張って答える。シディーはその態度を見て、ホッと胸をなでおろす。
「じゃあ、なんきんって何かしら?」
「なんきん・・・。すみません、リノス様からはどういう状況で頼まれたのでしょうか?」
「状況?ええと、キッチンで、お鍋があって・・・。リノス様が料理をしていたんだわ」
「なるほど!それでわかりました。それはお鍋です。お鍋のことが、なんきんです」
「え?お鍋をなんきんって言うの??」
「姫様、人族の世界では、住むところによって物の名称が変わることがあるのです」
「あ、ああ。そうね。確かに。確かにそうね。リノス様は元々ジュカ王国出身・・・。ジュカでは、鍋をなんきんって言っていたのかもしれないわね。わかった、ありがとう。じゃ、たいたの、は?」
「姫様、たいたの、ではなく、ぱいたん、ではありませんか?」
「ああ、ぱいたん・・・たいたの・・・。うん、ぱいたん、だったかもしれないわ」
「それでしたら、牛や鳥の骨からとる白湯スープのことです」
「なるほど、スープのことなのね。わかった。じゃあ、みずやっていうのは何かしら?」
「姫様、みずやではなく、水菜ではありませんか?」
「みずや・・・水菜・・・。うん、水菜だったかもしれないわ」
「そうでございましょう。答えは出たではありませんか」
ミンシはホッとしたような顔をする。シディーは人差し指を顎に当て、斜め上を眺める。
「と、いうことは、なんきんというお鍋の中に、牛か鳥の骨を煮詰めた白湯スープと水菜を入れろってことかしら?でもミンシ、お鍋の中にはかぼちゃの煮た料理が入っていたのよ?そこにそんなものを入れて美味しいのかしら?」
ミンシの顔がいつも以上に厳しい表情になる。
「姫様、お察しなさいませ」
「どういうこと?」
「姫様、料理というのは家々によって味付けが違うものです。言わば、家の味、というものがございます。おそらくリノス様は、バーサーム家、ひいてはアガルタ王家の味を、姫様に伝授されようとしているのではないでしょうか?」
「私に?どうして?」
「姫様、庶民の家ではどこでも、嫁を迎えれば、その家の奥方様からお嫁様に、家の味を伝えていくものなのです。不敬ながらリノス様におかせられては、元奴隷というご身分。従って、こう申しては何ですが・・・。お生まれは庶民である可能性が高うございます。いえ、別に庶民だからどう、というわけではございません。アガルタ王は、幼いころに家の味を伝える場面を、どこかでご覧になったのではないでしょうか。だからこそ、ご自身が姫様に家の味をご伝授なされるのだと、このミンシは愚考します」
「なるほど・・・」
「姫様。姫様はアガルタ王家の味を受け継ぎ、それを次の世代に伝えていかねばなりません。リノス様のお子様がご成婚され、新しいお嫁様がお迎えになられたとき、姫様がそのお味をお伝えするのです」
「でも、リノス様に男のお子様はおいでにならないわよ?」
「姫様!もうっ!何を言っているんですか!その、男のお子様を、姫様がお産みあそばすのです!」
「私が?」
「そうです!ドワーフ族、とりわけ王族は男系家系です。きっとリノス様と姫様のお子様は男のお子様でしょう。と、なれば、そのお子様のお嫁様にアガルタ王家の味を伝授できるのは・・・。姫様しかいないということになります。だからこそリノス様は姫様に家の味をお伝えしたのではないでしょうか。姫様、どうぞどうぞ、立派なお子様をお産み下さいませ。このミンシ、心よりお祈り申し上げております」
「・・・ミンシ、ありがとう」
目に涙をためてシディーは礼を言う。その姿を満足げな微笑みを湛えながら、ミンシはゆっくりと頷くのだった。
屋敷に帰るとシディーは早速冷蔵庫をあさり、ストックしてあった骨付きの黄金鳥の肉をいくつか取り出して白湯スープを作り、鍋の中に入れた。続いて水菜を刻んで鍋の中に投入する。そして、それらをグツグツと煮ていった。
夜になって、リノスはようやく屋敷に帰ってきた。
「いや疲れたな~。まさかラマロンが、あんなに鉱物資源が豊富だったとは知らなかったな~」
そんな独り言を言いながらリノスはキッチンに入ってきた。そこには、鍋の前で立ち尽くすシディーの姿があった。
「何やってんだ、シディー?」
「あ、リノス様、おかえりなさいませ」
笑顔で迎えるシディーだったが、彼女は鍋をグツグツ煮ている。
「あ、なんきんたいたの、温めなおしてくれてるんだな。ありがとう」
「はい。リノス様が言われたように、なんきんというこの鍋に、白湯スープと水菜を入れています」
「うん?どういうことだ・・・?え?ちがうよ・・・。なんきんというのは・・・カボチャだ。たいたのというのは、煮物のことだ。みずやってのは水屋、食器棚のことだ。つまり、カボチャの煮物を食器棚の中に入れて冷ましておけという意味だ」
今度はシディーの目が見開かれていく。
「え・・・それじゃ・・・私・・・」
「せっかくのカボチャの煮物に何ということを・・・。ああ、色が変わっちまってるな」
そう言いながらリノスは箸で鍋の中をかき混ぜる。
「これ、いいカボチャなんだけどな。勿体ないな」
そう言ってリノスは煮物を口の中に放り込む。
「うぁん?・・・白湯スープが意外に濃厚・・・黄金鳥のダシか・・・。まあ・・・。これは、ほう、なんとまあ」
そんなことを言いながらリノスは次々とカボチャの煮物を口に運ぶ。そして、おもむろにシディーの顔を見た。
「シディー、意外とイケるな」
リノスはニヤリと笑って呟く。
「これ、家の味にしようか?」




