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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第六章 アガルタ国編
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第百七十一話 落としどころ

「ああ、ああっ、ああー、うんぎゃぁーうんぎゃぁーうんぎゃぁー」


けたたましい赤ん坊の泣き声で目が覚める。エリルだ。今日も腹を空かせて大声で泣いている。健康状態は良好のようだ。


寝ぼけ眼をこすりながら、目を開ける。すると目の前に、リコがエリルに母乳をあげている姿が見えた。実に神々しい光景だ。


「おはよう、リコ。エリル」


「おはようございます。リノス」


二人で笑顔を交わしながら、一心不乱に母乳を飲んでいるエリルを二人で見る。俺もリコも、自然に笑顔になってしまう。幸せなひと時だ。


服を着替えて、ダイニングに降りて、皆で顔を合わせながら朝食を取る。今日のメニューは、パンにカリカリベーコンとスクランブルドエッグ、サラダ、そして、ツナポテトとデザートというものだ。ゴロゴロとしたジャガイモが美味しい。いつもながらペーリスの腕前には感心する。


皆で朝食を終えると、それぞれが出勤していく。俺はガルビーの街に転移する。


街に着くと、ラファイエンスとクノゲンが俺の到着を待っていた。


「おお、リノス殿。よいところへ」


「どうしました、将軍?」


「先ほど、ラマロンの皇都から使者が来て、本日の昼に停戦協定の相談をしたいと申し入れがあったのだ」


「わかりました。その提案を受けましょう。使者は?」


「ああ、今、呼んで来よう」


俺は使者に停戦協定を受けると伝え、会見場所をガルビーと決めた。


そして昼過ぎ、皇都から数名の騎兵がガルビーにやって来た。そして、特に大きな問題もなく、彼らは会見場所である、俺の執務室にある応接室にやってきた。


「ラマロン皇国軍総司令官、カリエス・シーマだ」


「アガルタ国国王、バーサーム・ダーケ・リノスです」


「貴方がアガルタ王、ご本人か?」


俺は無言でうなずく。


「・・・思った以上に若いのだな。私は、皇帝陛下からこの交渉における全権を委任されている。私の言葉は皇帝陛下の言葉であると思っていただいて構わない」


そんな会話から始まった俺たちの停戦交渉だが、こんな感じでまとまった。



【アガルタ国とラマロン皇国は、停戦協定を結ぶにあたって、以下のことを定める】

・アガルタ国とラマロン皇国は、半永久的に停戦する。

・双方の国に食料不足などが起こった場合、両国は相互に援助し合うこととする。

・また、両国の国境及び、支配地域を下記の通り規定する。

 1.イルベジ川沿いのバンザビ山からガルビーまでをアガルタの領土とする。

 2.ダイタス村については、アガルタが領有する。

 3.城塞都市ガルビーについては、アガルタが領有する。




細かいことを言うとまだまだあるのだが、ざっとこんな感じになったのだ。ガルビーについては、かなり強気に交渉してみた。確率的には低いだろうと思っていたが、捕虜の兵士を全員解放することを条件に、領有が認められてしまった。言ってみるものだ。


ラマロンからしてみれば、アガルタの農地における技術力が欲しいというのが本音らしい。一部の領土を失っても、生産効率を上げることを選択したというわけだ。国民を食わせるという意識は、どうやら共通しているようだ。こちらは、なるべく早いうちに、シディーを中心とした技術者集団を派遣することになるだろう。


あらかたの会談が済んだ時、カリエス将軍が、こんなことを言い出した。


「差し支えなければで結構なのだが、どうやってこの堅牢な城塞都市を陥落させたのか、教えてもらえないだろうか?」


「いいでしょう。直接見た方がわかりやすいでしょうね。こちらへ来てください」


俺は断崖絶壁の下に流れるイルベジ川に案内する。そこには、夥しい数の筏が繋がれていた。


「あれに乗って、夜陰に紛れてガルビーまでやって来たんですよ」


「・・・なるほどな。増水したイルベジ川ならば、かなり早くガルビーまで来られる。しかし、皇国の兵はなぜ、これだけの数の筏を見つけられなかったのだろうか?」


「ああ、バンザビ山にあるダイタス村が協力してくれていましたからね。あそこが我が陣営になったことで、イルベジ川はほぼ、ラマロン側から見ることは難しくなったというわけです」


「なるほどな・・・。どうりでアガルタ軍の動きがわからなかったわけだ。ダイタス村か・・・。我々は全く眼中になかったな。ああ、そう言えば一人いたな・・・。アーモンドの勘は、正しかったのだな」


カリエス将軍はフッフッフと力なく笑う。


「元々はダイタス村に食料を運び込むために作った筏で、作りすぎてしまったくらいだったのですが、思わぬところで役に立ちましたね。ダイタス村に価値を見出すか、見出さなかったか、それに加えて、この筏の余剰分を利用したことで、大きな違いが出たのでしょう」


「・・・同感だ。しかし、ヒーデータからの援軍を要請していなかったとは・・・これも誤算だった」


「ええ。援軍要請を忘れていました。ですから、大軍で攻めて来られるとさすがに防衛できないですから、その時は撤退しようと思っていました」


「・・・アガルタにやった兵をガルビー攻略に当てれば、あるいは、というところか」


「ええ。それであれば、間違いなく俺たちは撤退していました」


「フッ、フフフフフ・・・。私の軍人としての才覚も、捨てたものではなかったのだな」


カリエス将軍は、夕闇迫るイルベジ川に浮かぶ筏を、ぼんやりと見つめ続けていた。




一方で、レイニーに到着したアガルタ派遣軍には、衝撃の報告と命令が届いていた。


「な・・・バカな。皇太后陛下が、大魔王だと?」


目を見開いて小刻みに震えているのは、アガルタ派遣軍総司令官のケーニッヒ公爵である。


「これは謀反だ!反乱だ!カリエス将軍の反乱だ!あの・・・老いぼれめ!司令官たちを集めろ!」


程なくして集まった司令官たちに、ケーニッヒは命令を下す。


「全将兵に告ぐ!全軍をもって、皇都に向かう。逆賊カリエスを討つのだ!」


激高するケーニッヒの下に、数人の兵士が近づいてくる。彼はその兵士を血走った眼で睨みつける。


「何だ、貴様らは!」


兵士たちは無表情のままだ。その中の一人が、懐から一通の紙を取り出し、大声で読み上げる。


「ラマロン皇国公爵、ケーニッヒ・ラフェンテ。国家反逆罪の疑いにより、その身柄を拘束し、皇都に護送するものとする。・・・ラマロン軍総司令官、カリエス・シーマ」


「な・・・何?何を言ってるんだ!誰がそんなことを許可した!私を誰だと思っているんだ!ラマロン皇国・・・やめろ!さわるな!無礼者め!やめろ!あぐっ!」


兵士たちは無言でケーニッヒを取り押さえ、連行していく。集まった司令官たちは全員が総立ちになり、事の成り行きを固唾を飲んで見守っている。その様子を、ケーニッヒを捕縛する命令書を読み上げた兵士が横目で見ながら、口を開く。


「ラマロン軍、第二軍軍団長のトライアルです。ケーニッヒ公爵は、皇太后陛下に化けた大魔王に感化された可能性が極めて高く、このような形を取らざるを得ませんでした。今回の作戦も大魔王に唆された公爵様が、計画し、実行したものです。そのために、我らはバンザビ山からガルビーの一帯をアガルタに占領されております。国家として重大局面を迎えていますが、まずはアガルタとは停戦協定を締結する予定であります。その後、皇国は国力増強に全力を挙げ、捲土重来をはかることになります。お集りの諸侯には、カリエス将軍から、皇都に一旦帰還せよとのご命令です。本日はこのレイニーにお留まりいただき、明日の朝、皇都までご帰還ください。ご安心ください。皇国に潜んでいた大魔王は、討伐されました!」


軍団長たちは動かない。しばらくの静寂が訪れた後、軍団長の一人がパチパチと手を叩く。それに釣られるかのように、次々と拍手が起こり、やがて、大歓声に包まれたのであった。



同じ頃、バンザビ山の麓に陣を敷いていたアーモンドの下にも、撤退の命令が届いていた。


「・・・ガルビーが落ちた、か。無理をしてでも、ダイタス村を攻めておけば・・・」


アーモンドは唇をかみながら、遥か西の城塞都市を遠い目で見続けていた。




やわらかい太陽の光が燦々と降り注ぐ部屋の中、真っ白な大理石がアーチ状に組まれている。その部屋の中に、一人の老人と、若い娘、そして、一人の子供がいた。老人は天井を向いて何かに祈りをささげており、娘と子供は膝をついたまま俯き、粛々とその声を聞いている。


祈りの声が止む。老人は大きなため息をつく。それが合図であったかのように、二人の男女はゆっくりと顔を上げる。


「ヴィエイユ」


「はい」


老人のやさしく、語りかけるような声。それに対して、少女は凛とした声で答える。


「そなたは、伴侶を助け、そして、天道に導くのです。わかりますね?」


「はい。必ずや天道に導いてごらんに入れます」


老人はやさしそうな、満足げな微笑を浮かべる。そして、その隣の少年に、優しく微笑みかける。


「カッセルよ。そなたも、ヴィエイユを助け、新しいお父様、お婆様をお助けし、そして、天道に導くのですよ?」


「かしこまりました」


キレイな、透き通るような声で少年は答える。老人は、満足げにほほ笑む。その時、一人の女性が静かに老人の下に近づき、そっと耳打ちする。老人は一瞬遠い目をするが、すぐに柔和な笑顔を浮かべて、


「ご苦労様」


と労いの言葉をかける。女は頭を下げたままの姿勢で、しずしずとその場を下がっていく。


「ヴィエイユ、カッセル。ラマロン皇国へ行く話は、延期とします」


うれしそうな、優しげな笑顔を見せながら老人は口を開く。少女も少年も、恭しく頭を下げる。


「まさか、ラマロン皇国に政変が起こるとは、驚きましたね。アガルタ・・・という新興国・・・。天道に従う国か、叛く国か。一度、確認する必要がありそうですね」


柔和な笑みを崩すことなく呟くのは、クリミアーナ教教皇ジュヴァンセルである。別名、「微笑の怪物」と呼ばれる男の、その優しげな眼は、遥か先にあるアガルタの都を見据えていた。

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