第十七話 王都反乱
「せっ、占領?まさか、王国軍が反乱を起こしたというの?」
「反乱、とは乱暴ですな。王国の未来を憂う者たちが、国を正しき道に戻すために起こした、崇高な行動であるというのに」
「首謀者は誰?まさか、カルギ将軍が・・・」
「貴方とおしゃべりをするために来たのではありません。我々が真に求めるのは、その結界師殿です。リノス殿、あなたは主より丁重に王宮までお連れしろと厳命されています。エリル殿、主はあなたもお連れしろとお命じになりましたが、「生きて」とはお命じになりませんでした。抵抗する場合は、非情なる手段を取ることもさし許す、と。首を持ち帰ればそれでよい、とも仰いました」
「私は奴隷の身分です。あなたも主人の命を受けておられるのであれば、私も主人の命なくして他者の招きに応じることは出来ません」
「ご心配なく。お連れするのは、バーサーム夫婦の所です。身柄は我々で拘束しています。奴隷は主のもとに帰らねばならないのでは?確か・・・日暮れまでには帰れと命じられているのではないですか?」
「あなた方がご主人様の身柄を確保している、その証拠をお見せ願いたい」
男はフッと笑い、従者であろうもう一人の兵士から布包みを受け取り、それを無造作に俺に投げた。
布包みを開けてみる。入っていたのは・・・二本の腕。ひじの部分から切り落とされた二本の腕だった。俺にはその腕に、見覚えがある。
「まっ、まさか!」
「ご推察のとおり、大魔導士ファルコの腕です」
血で汚れてはいるが、服の柄は師匠が身に着けていたローブと同じものだ。そして何より、手にはめられている指輪が、師匠の愛用品である「ドクロの金指輪」だったのだ。
「きっ、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
素早く抜剣したエリルが男に斬りつける。高速の斬撃だが、男はいとも簡単にそれを躱した。かなりの手練れだ。俺はその男のステータスを鑑定する。
ルクア・マドイセン(剣豪・41歳)
HP:822
MP:103
剣術 LV4
居合い LV4
肉体回復 LV4
肉体強化 LV4
回避 LV4
高速剣舞 LV3
心眼 LV4
呪い LV2
エリルを超える化け物だ。エリルの高速の斬撃を、抜剣もせずに躱し続けている。
「剣筋はいい。しかし惜しいな。もっと修業を積んでいればもう少しまともに戦えたろうに」
マドイセンが剣の柄に手をかけた瞬間、エリルは斬られていた。
「・・・やはり、結界を張られていましたか。破れぬことはないが・・・時間の無駄ですね。よろしい。エリル殿、あなたも丁重にお連れすることとしましょう」
「私が、いやだと言ったら?」
「バーサーム夫婦とファルコ師、そして摂政殿下が死ぬだけです」
「フッ、ファルコは・・・でも、叔母様たちと摂政殿下は、リノスの結界に守られているわ!貴方たちでは殺せないわ!」
「餓死させます」
「は?」
「水も食料も与えず放置すれば、自ずと死ぬでしょう。いかに結界が強力とはいえ、飲まず食わずでは数日と持ちますまい。私と共に主のもとに来ていただければ、あの者たちには苦しまぬ楽な死が。逃亡するのであれば、激しい苦痛に苛まれながら死を迎えることになります。私はどちらでも構いません」
「それでもあなたは人間なの!?国家の大功労者に何ということを!!あなたを道連れにしてでも・・・」
「お嬢様、マドイセンさんの言う通り、一緒に参りましょう」
「なっ!リノス!あなたはこんな奴らの軍門に下るというの!?」
「ご主人様と摂政殿下が心配です。何よりファルコ師匠は両腕を切り落とされています。早く師匠の下に向かわねば、本当に死んでしまいます。」
「・・・わかったわ。」
「さすが結界師殿は話が分かる。さあ、参りましょうか。主がお待ちかねです」
「一つだけお願いがあります。我が主人と、我が師匠、そして願わくば摂政殿下に会わせていただきたい」
「ええ、それは構いません。必ずご案内いたしましょう」
北門を入ると、馬車が用意されており、俺たちはそこに乗り込んだ。急ぐわけでもなく、ただ淡々と馬車は王宮の大手門に向けて走り始めた。
馬車の前後は多くの兵士で固められているが、中は俺とエリルの二人きりだ。エリルはずっと外を見ていて、俺を見ない。かける言葉が見つからず、エリルをじっと見る。
・・・エリルは泣いていた。俺に気付かれぬよう、声を殺して泣いていた。俺は思わずエリルの手を握った。
「大丈夫です、お嬢様。敵の狙いは私です。私の身柄との交換を条件に、ご主人様の命を助けるのです。反乱軍の首謀者と話をしてみましょう。やれることを、やりましょう」
「うう・・・リノス・・・。ヒック、ヒック、ヒック」
堰を切ったようにエリルの目から涙が零れ落ちる。痛いくらいに握りしめるエリルの力が、その悲しみと悔しさの大きさを物語っていた。
馬車はゆっくりと大手門に向かって走り続けた。