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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第六章 アガルタ国編
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第百六十八話 戦いは、背中を見せた者の負け

「よ・・・よく聞こえぬな。今一度申せ。どの都市が陥落したと?」


声を発したのは、ラマロン皇国皇帝だった。必死で冷静さを装っているが、声は震えている。その様子を見て、皇太后も口を開く。


「ええ、私としたことが、聞き逃しました。陥落したのは、アガルタの、何という都市ですか?」


皇太后の顔も必死で余裕のある笑みを取り繕うが、引きつった笑顔を作るのがやっとだった。


侍従は深呼吸をし、手元のメモをじっと見て、再び皇帝と皇太后を見据える。


「申し上げます。皇国の城塞都市であるガルビーが、陥落しました。アガルタ軍によって、陥落しました」


落ち着いた、ゆっくりとした口調で侍従は報告する。その報告が進むにつれて、皇帝と皇太后の顔から血の気が引いていった。


「・・・ガルビーが・・・陥落?・・・信じられん・・・」


皇帝はその現実を受け入れられず、呆然自失となっている。


「・・・将軍を・・・カリエス将軍を呼びなさい」


皇太后のドスの効いた声が吐き出された。その声に侍従は、体を震わせながら声を絞り出す。


「かしこ・・・まりました。この・・・知らせは、ケーニッヒ様にも」


「無用です!」


絶叫にも似た皇太后の声が部屋中に響き渡る。


「ケーニッヒ公爵には、このままアガルタを攻めさせなさい!ガルビーを落としたとあらば、アガルタは全軍で攻めたはずです。ということは今、アガルタはもぬけの殻です!攻めさせなさい!それよりも、ガルビーです!必ず、必ず、取り戻すのです!将軍を、カリエス将軍を早く呼びなさい!!」


皇太后のあまりの剣幕に恐れをなした侍従は、その場から逃げるようにして去っていった。部屋には、皇太后の激しい息遣いが聞こえるのみで、誰も言葉を発する者はなかった。


しばらくして、カリエス将軍が現れた。


「火急のお呼びと聞き、参上しました」


「ガルビーに行きなさい」


「は?皇太后陛下、お言葉の意味が、分かりかねますが・・・」


「ガルビーに行くのです!!」


皇太后は思わず立ち上がり、絶叫していた。そこにはいつものふっくらとした余裕のある笑みは一切なく、目を吊り上げ、眉間に深い皴を刻んだ老婆がいるのみだった。そんな光景を目を泳がしながら見ていた皇帝は、言葉に詰まりつつカリエス将軍に口を開く。


「ガッ・・・ガルビーが、陥落したのだ。アガルタが、陥落させたと報告があった」


カリエス将軍の目つきが変わる。先ほどまでのノホホンとした雰囲気はどこにもなく、幾たびの試練と修羅場を乗り越えてきた男の顔がそこにあった。


「ガルビーが・・・。あそこは皇都とは指呼の間。あそこが落ちれば、皇都が危ない。それにしても、難攻不落を誇っていたあの城塞都市を陥落させるとは・・・。しかし、あそこを攻めるとなると、我が旗下の兵一万では足りません。ここは、皇都の防衛軍三万と、アガルタに遠征した部隊を呼び戻さねばならないでしょう」


「わ、わかった。好きにするが・・・」


「なりません!」


皇帝の言葉を遮ったのは、皇太后であった。彼女の剣幕に絶句する皇帝を横目で眺めながら、彼女は言葉を続ける。


「皇都の防衛部隊を連れて行くのは認めましょう。アガルタ派遣軍を戻すことはなりません!」


「何故でございますか!あの城塞都市は堅牢です。大軍を持って蹂躙するしか方法は・・・」


「アガルタはもぬけの殻でしょう!」


一瞬虚を突かれたカリエス将軍であったが、瞬間的に彼は自分を取り戻す。そして、ゆっくりと息を吐いて落ち着きを取り戻しつつ、彼は諭すように言葉を続ける。


「仰る通り、アガルタはもぬけの殻かもしれません。しかし、陛下。今、我らに最も必要なものは、アガルタではなく、ガルビーを奪還することです。このままでは、たとえアガルタを落とせたとしても、皇都という母屋を失うことになりかねません。その点をお汲み取りいただいて、何卒、何卒、アガルタへの遠征をお取りやめいただきますよう、このカリエス・シーマ、伏して伏して、お願い申し上げます」


「なりません。アガルタへの遠征を中止することはなりません」


「皇太后さま!今、ヒーデータの援軍がガルビーに到着すると、さらに落とすのは難しくなります!今、ガルビーを占領している部隊は、多く見積もっても三千でしょう。十万の兵で囲み、総攻撃をかければ、いかに堅牢な都市といえども、陥落させられます。何卒、何卒・・・」


カリエス将軍は深々と首を垂れる。言葉を発する者は誰もいない。そして、カリエス将軍の耳に、絹ずれの音が耳に入った。


「何度、同じことを言わせるのですか。私は、そうした無駄なことが、大嫌いなのです」


そう言って皇太后は踵を返して部屋を後にした。


「将軍、そういうわけだ。皇都防衛軍を率いて、ガルビーを奪還せよ。これは勅命である」


皇帝は首を垂れ続けるカリエス将軍を一瞥し、すぐに母親の皇太后を追いかけるようにして部屋を後にした。そして、それに続いて女官たちも部屋を後にした。


誰もいなくなったその部屋で、カリエス将軍はゆっくりと頭を上げた。そして、天井を見ながら深く息を吐きだした。将軍は、遠くを見ていた。ただただ、遠くを見据えていた。




一方、いくつかの山越えと野営を経て、ようやくアガルタの国境に到着したラマロン軍は、目前の光景に息を呑んでいた。


そこには、見たこともないような大河があった。


アガルタ派遣軍総司令官のケーニッヒは、狼狽を隠そうともせず、声を荒げていた。


「何だこれは!何があった!イルベジ川がこんな状態になっているなんて、聞いてないぞ!」


ギリギリと歯を食いしばりながら、大河となったイルベジ川を睨んでいる。誰も声を発する者はいない。その時、到着した後続の部隊に居た兵士たちの、何気ない会話がケーニッヒの耳に入った。


「うわ~やっぱりな」


「ここ最近暖かかったからなー。もしやと思ってたが、やっぱり増水してたかー」


ケーニッヒは無言で、その兵士たちの所に馬で向かう。総司令官が近づいてきたことに驚き、首を垂れる兵士たち。その二人に向かってケーニッヒは素早く剣を抜いて切っ先を突きつける。


「無駄口を叩く奴は死刑にしたいが、今のは許してやる。私の質問に答えろ。お前たちは何故、この川が増水するのを知っていたんだ?」


「じ・・・自分たちは、この川の近くで育ちました。イルベジ川は毎年春になると雪解け水の影響で、増水するのです。水の流れも急になるので危ないからよく、子供の頃は、近所のおばさんに怒られたものです。しかし、この水はとてもいい水らしくて、この水で作った香水なんかはすばらしく・・・」


「ぬうん!」


必死で喋っていた兵士は、ケーニッヒの剣に喉を突かれて、即死していた。


「私は、私の質問に答えることは許したが、無駄口を叩くことを許したわけではない」


ケーニッヒは、殺された兵士の隣で震え、戦いている、もう一人の兵士に向かって剣を向ける。


「おい、貴様。どの隊の者だ?」


「第四軍、ベネゼーネ司令官閣下の騎馬隊の者です」


「階級は?」


「兵長です」


「兵長・・・ということは、精鋭部隊だな?この川を渡れるか?」


「わ・・・わかりません」


「私の命令だ。今からこの川を渡れ。簡単な話だ。アガルタ側まで渡れたら、褒美をやろう。死にたいのなら遠慮なく拒否するがいい。・・・行け」


ケーニッヒから突き出された剣が、さらに兵士の喉元に突きつけられる。たまらず兵士はその場から離れ、アガルタに向かって馬を大河に進ませた。


ちょうど川の真ん中あたりまで進んだところで、馬がその歩みを止めた。しばらく兵士は馬に鞭を入れ、鐙で馬の腹を蹴るなどしていたが、やがて馬が川の水に流され、兵士も一緒に流された。その男は二度と水面に姿を現さなかった。


「総司令官殿、一旦、兵を皇都まで退きましょう」


長年自分に仕えている副官が近くにやってきて、声をかける。


「いや、アガルタに進軍だ」


「お待ちください。この川を進めば、落伍する兵士も多数出るかと思います。このまま兵を川に入れるのは、得策ではありません」


副官は必死の形相で訴えている。ケーニッヒはしばらく川を睨みつけていたが、やがて副官に命令を下す。


「司令官たちを集めろ。軍議を開く」


ケーニッヒは集まった司令官に対し、明日の朝までにこの川を渡る策を考えろと命令した。しかし、司令官全員の意見は、レイニーまでの撤退であった。ケーニッヒはあくまでアガルタへの侵攻を主張したが、司令官たちはケーニッヒの命令を聞くことなく、撤退を開始したのだった。


やむなく、レイニーまで撤退することにしたケーニッヒであったが、その心の中は激しい憎悪で満たされていた。


「アガルタも・・・司令官どもも・・・潰してやる。アガルタを潰し、そのあと、私の命令を無視した司令官どもを潰す・・・。こんな無駄なことをする奴らは・・・潰す・・・」


ケーニッヒは一人、撤退する道中の馬上で、ブツブツと物騒な言葉を吐き続けるのであった。

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