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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第六章 アガルタ国編
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第百六十五話 無駄を利用する者、省く者

「ルルッル~ルルルルルッル~ルルルルルルル~♪ルルッル~ルルルルルッル~ルルルルルルル~♪ランラララ~ラララララァッ!チャラララララララララララ~♪」


聞いたこともない不思議なメロディーを口ずさみながら、都の湖を眺めているのは、アガルタ国の国王、リノスである。手を後ろに組み、体を揺らしながら相変わらず、不思議な音を奏でているが、その姿からは怒りや憎しみといった負の感情は微塵も感じられない。ようやく訪れた春を心から楽しんでいるように見える。


しかし、王の視線の先には、かつてあったジュカ王国の王城跡・・・現在では巨大な岩があり、その視線を下ろすと、湖一面に何やら怪しげな物が浮かべられている。普段は美しい湖面が、この物体のお陰で景観を大きく損ねている。ジュカ王国時代を知る者が見れば、激怒してもおかしくない光景が広がっている。


「春だねぇ~。春だ。いいなぁ、春は。何てったって花粉症がないのがいいね!やっぱりこの世界の気候かな~。環境かな~。この体のせいなのかね?でも、花粉症になっているヤツ見たことないからな~。この世界には花粉症はないのかね~」


一人でブツブツと意味の分からない言葉を羅列しているアガルタ王。彼は時折、こんな理解不能な独り言を呟くときがある。周囲の者は、日々の激務に晒されている王に気を使って、こういう時は生暖かい目で見守ることにしているのだ。


そんな王の背後に人の影が近づいてくる。その足取りは、特に王に気を遣うこともなく遠慮というものを感じさせない。


「おう大将てぇしょう!どおでぇ、コイツらの出来栄えはよ?」


「ああ、ゲンさんか。思った以上に大きいな。それに、こんなに作れと言った覚えはないんだけどな。こりゃ、こいつらが消えるまでは、一年はかかりそうだな。・・・まあいい。余ったら余ったで、考えるよ。ありがとう」


「いいってことよ!沢山あるに越したことぁねぇじゃねぇか!丈夫に作ってあるからよ?ちょっとやそっとじゃ壊れねぇよ!」


アガルタ王は苦笑いを浮かべて、まだ寒さの残るこの時期にもかかわらず、褌に半纏を一枚着ただけの恐ろしく薄着のこの男に、丁寧に礼を言うのだった。



執務室に帰ると、窓の外にフェアリードラゴンが中を伺っている。そして俺の姿を見つけると、鼻先で窓をノックする。俺は窓を開けてソイツを部屋の中に入れる。


『どうした?』


『ラマロン軍が動き始めました。ラマロンの都をはじめ各地の都市から、軍勢が出発しています』


『どのくらいの規模かわかるか?』


『まだ、そこまでは・・・。ひとまず、監視を続けます』


『ああ、頼む。決して無理はするな』


そう言って俺は窓を開けてやる。その直後、フェアリードラゴンの姿が消えた。


「全くこの時期に何をしようとしてやがるのか・・・。かなわんな」


そう言いながら俺は窓を閉め、机の鈴を鳴らして、ラファイエンス以下、主だった者を集めるように伝えた。



約一時間後、会議室にはラファイエンス以下、十名の者たちが集合していた。


「おそらく、アガルタに再度侵攻してくる軍勢に間違いあるまい」


ラファイエンスは、顎に手を当てながら、机の上に広げられた地図を見ながら呟く。


「私もそう思います。前回のごとくバンザビ山を迂回してイルベジ川に至り、そこから北進してアガルタに至るつもりなのでしょう」


クノゲンが、地図を指さしながら自分の予想を説明していく。


「まじか・・・ヤツらは今、アガルタを攻める気なのか?」


「何といわれるリノス殿、我らアガルタ軍はいつでも迎撃できる体制を整えている。今すぐ出撃せよと言われても十分対応できるのだぞ?」


ラファイエンスが胸を張る。


「食料については、全く問題ありません。最悪、この都が包囲されても、一年間は都の人々を養えるだけの食糧は備蓄しています」


ルアラが適確に現状を説明してくれる。


「わかった。う~ん、そうだな。一旦、敵の装備を確認したい。何か新しいものを開発しているのかもしれん」


「いや、リノス様。皇国軍の兵糧が心配だ」


「どういうことだ、マト?」


「もともと皇国は兵糧不足だ。にもかかわらず、この春の収穫も終わらぬうちに軍を動かすのだ。もしかしたら、ダイタス村の食糧を奪いに行く可能性がある」


「なるほど、その線も考えられるな。よし、まずはラマロン軍の装備と、進路の確認を取ろう。作戦はそれが分かってから決めても遅くないだろう」


そう言って俺は、フェアリードラゴンの頭領であるサダキチを呼び出した。




一方、ラマロン皇国の皇都を出発したケーニッヒ総司令官は、ほぼ丸一日かけて行軍したこともあって、夜には、皇都の北西にあるレイニーの街に到着していた。


「いや、さすがに騎馬隊ばかりだと行軍が早いね。歩兵を連れていると、到着が深夜になるところだったが、半分の時間で到着した。まずは幸先のいい出発だ」


予定よりも早くレイニーの街に到着できたことで、ケーニッヒは上機嫌である。


「さすがは総司令官殿です。この分ですと、アガルタの占領も予定より早く済みそうですね」


恭しくお辞儀をしながら副官が追従する。


「いや、戦いは予定通りに進むものじゃない。そのくらいの見識は私も持っているつもりだ。まずは、このレイニーの街で各地の軍を吸収する。出発は二日後だ。それ以降は山越えと野営の連続になるから、兵士たちには十分休養を取るように伝えろ。あ、それからアーモンド司令官を呼んでくれ」


「アーモンド司令官ですか?」


「そうだ。早々に呼んでくれ」


しばらくして、ケーニッヒの部屋にアーモンド司令官がやって来た。


「お呼びと伺いましたが」


「ああ。二日後、全軍をアガルタに出発させる予定だというのは、聞いたのかな?」


「はい、先ほど。私を呼びに来た者がそう伝えてきました」


「ああそう。それならいいや。アーモンド君、君は、帯同しなくていい」


「・・・どういうことでしょう?」


「明日、君に預けてある5000の兵でバンザビ山に向かってくれ」


「お話の意図が分かりかねます」


アーモンドは無表情で答える。その姿を見てケーニッヒは、ヤレヤレといったポーズを取りながら言葉を続ける。


「あのねぇ。私は君の作戦を採用しようと言っているんだよ?自分から作戦を提案しておいて、話の意図が分からないとは、私に対して失礼じゃないか?うん?」


ケーニッヒは首をかしげながら、目を見開いてアーモンドを睨む。


「このアガルタ攻略作戦における作戦会議は、実施されていません。従いまして、私が本作戦において発言できる機会は与えられておりませんので、私の作戦を採用すると仰る公爵様・・・総司令官殿のお話の意図が、私には分かりかねます。もっとも、明日、軍を率いてバンザビ山に至れというご命令が只今下りましたので、その作戦については遂行いたします」


アーモンドは一切の感情を表に表さず、淡々とした口調で言葉を返していた。その様子にケーニッヒはニヤリと笑みを漏らしている。


「全く・・・可愛げがないし、素直じゃないね、君は。まあいい。命令が理解できているのなら、それでいい。ただ、バンザビ山に向かえと言ったが、ダイタス村を攻めろとは言っていないから、そこは間違わないでくれよ?」


「どういうことです!」


「ダイタス村を攻めるには及ばない。時間と労力の無駄だからね。君は、バンザビ山の麓まで軍を率いて、ダイタス村を牽制すればいい。山に入ってダイタス村に行こうとする者や、山から下りて他の街に向かう者については、取り調べてもいい。ともかく、私からの使者が来るまで、君はバンザビ山の麓で待機しておいてくれ」


「・・・」


アーモンドは冷たい目でケーニッヒを見ている。


「私からの命令は以上だ。下がっていいよ」


ケーニッヒは右手をピラピラと動かして退室を促す。アーモンドは、一切表情を変えることなく、一礼をして部屋を後にした。


「無駄は、できるだけ省いていかないとな・・・」


誰に言うともなく、ケーニッヒは呟く。そして彼は椅子に座り、楽しそうな笑みを湛えながら、アガルタ侵攻作戦が完了した後の政策を、頭の中で思い描くのだった。

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[一言] リノスの部屋。
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