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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第六章 アガルタ国編
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第百六十三話 アガルタ攻略作戦

四月も半ばになってようやく、春を感じさせる暖かい風が吹くようになった。


ラマロン皇国皇都の宮殿からは、海が一望できる。その海に一艘の船が進んでいるのが見える。


船には、黒いボレロのような服を着た、長身の男が乗っていた。男は太陽の光を眩しそうに手で遮りながら、断崖絶壁の上に立つラマロン皇国の宮殿を見上げていた。そして、今年は例年よりも春が遅いと思いつつ、下船の準備に取りかかるのだった。


皇国の宮殿内にあるサロンには、正装したケーニッヒ公爵が客人の到着を待ちかねていた。このサロンは貴人をもてなすための部屋であり、大理石のような美しい光沢を放つ石で作られた、縦長の部屋であった。


「お見えになりました」


部下の、客人の到着を知らせる声を聞いて公爵は姿勢を正す。その直後、タイミングよく客人が入室してくる。


「これはこれは、アリスガード司教。遠方よりはるばるのお越し、痛み入ります」


「ケーニッヒ様、ご機嫌麗しく何よりでございます」


アリスガードと呼ばれた男は、長身の体躯を折り曲げるようにして、恭しく一礼をする。


「船でお着きになったその足で宮殿に来ていただけるとは・・・。恐縮の限りです」


「いえいえ。この報告を一刻も早くお伝えせねばと思っておりましたもので・・・。私の方こそ、ご迷惑も顧みずに押しかけまして、恐縮いたします」


そう言いながらアリスガードは、懐の中から恭しく一通の書簡を取り出す。


「我らが教皇、ジュヴアンセル聖下からの書簡でございます」


「拝見いたします」


ケーニッヒはその書簡をじっと見つめ、ニヤリと笑みをこぼした。


「さすがは教皇聖下であらせられます。くれぐれも、くれぐれもよしなにお伝えください」


ケーニッヒはアリスガードの手を両手で強く握りしめる。


「我らクリミアーナ教は、いつ如何なる時も、ラマロン皇国の味方です。主神様であらせられる、クリミアーナ様のご加護がありますように・・・。必要なものは、もうすぐ到着しますので、お待ちくださいませ」


アリスガードはケーニッヒの手を両手で握り返しながら、やさしく彼に微笑みかけた。



数時間後、宮殿の一室に、ラマロン皇国皇帝以下、主だった者が集められていた。そこには当然のごとく皇太后・レイシスが皇帝のすぐ後ろに控え、宰相のマドリンや、皇国軍総司令官のカリエスなども顔を揃えていた。


全員が揃ったためか、会議室の扉が静かに閉じられる。一瞬の静寂をおいて、ケーニッヒ公爵が立ち上がり、皇帝に一礼をした後、席に座る者たちを見回す。


「陛下にご臨席をいただき、諸侯に集まっていただいたのは他でもない。昨年から我らを悩ませている、アガルタ国の討伐について論じたいと思う」


その言葉を聞いて、宰相以下、集まった人々の顔が固まる。しかし、皇太后は相変わらず柔らかな笑みを浮かべている。その皇太后をチラリと見て、ケーニッヒはさらに言葉を続ける。


「すでに雪の大半は解けた。山国とはいえ、アガルタの雪も解けた頃だろう。今こそ、アガルタと昨年来の雌雄を決する時だと私は思う。諸侯の意見を聞きたい」


宰相のマドリンは目をパチパチさせながら、ケーニッヒの提案に反論する。


「公爵様。恐れながら、春の収穫がまだ済んでおりません。また、春の収穫だけでは、アガルタを攻めるだけの十分な兵糧にはなり得ません。食料を持たずに攻めるとでも仰るのですか?」


「それは、いくら何でも難しいだろう」


カリエス将軍がマドリンの発言を擁護する。それを受けてマドリンはさらに言葉を続ける。


「公爵様、一体どれだけの兵で攻められるのかは存じませんが、例えば一万の兵を率いて攻めたとして、最低でも二週間分の食料が必要になるでしょう。しかし、一万の規模でさえ、春の収穫で用意できるのは一日分です。それだけでは・・・」


「そのような無駄な議論はやめよ!」


ケーニッヒが強い口調で、マドリンの言葉を遮る。


「何度同じ議論を繰り返せば済むのだ!兵糧がない、兵糧がないなどと・・・!なければ何故、調達しようとしないのだ!我らはジュカの地を奪われているのだぞ?このまま敗北したままでよいのか?奪われたら奪い返す!それが皇国の取るべき姿勢ではないのか!」


部屋が水を打ったように静かになる。ケーニッヒは、集まった人々に視線を送りながら、さらに言葉を続ける。


「私は、諸侯に絶望している。諸侯に陛下に対する忠誠心はないのか!昨年、陛下は仰せられたではないか!アガルタを攻めよと!そのご命令から早、一年だ。この一年間、諸侯は何をしていた?陛下のご命令を遂行しようともせず、不作だ凶作だと言って、宮殿に備蓄している食料まで下賜していただくよう奏上する始末。陛下のお慈悲によって食料が下賜されたにもかかわらず、そのご恩を返そうともしない!今日は諸侯にそのご恩を返す機会を作ったつもりだったが、相変わらずの不毛な議論。私はもう、我慢がならない!これならば、大失敗ではあったが、それでもアガルタを攻めようとした亡きジゼウ軍団長の方が、遥かにマシだ!!」


ケーニッヒは、集まった諸侯を舐めるように見回している。そんな光景を皇太后は満足そうに頷きながら見守っている。


「それでは・・・統括司令官殿には、何か作戦があるとでも仰るのですか?それでしたら、承りたい」


半ばあきれたような顔をして発言しているのは、第三軍軍団長のアーモンドだ。ケーニッヒはアーモンドに冷たい視線を向けながら口を開く。


「皇国の騎兵部隊の全て、総勢五万をもって、アガルタの都を急襲する。占領後は、速やかにアガルタの各地を陥落させる。騎馬隊の機動力を生かして、疾風迅雷の如く奴らに襲いかかるのだ!」


「・・・公爵殿、お見事な作戦かとは思うが・・・。それよりも、肝心の兵糧はどうするのだ?」


落ち着いた声で発言するのは、カリエス将軍である。そんな彼をケーニッヒは鼻で笑う。


「食糧、食糧と・・・。あなた方はそれしか言わない。それ以外の話はできないのか?」


「最も重要なことだ。腹が減っては戦が出来ぬ」


「カリエス将軍も耄碌したのですね?私が食料のことを解決せずに、この作戦を立案していると思っていますね?食料の問題は解決しています。既に港から、十万人分の食料が皇都に送られているところです。量が量だけに輸送に手間取っていますが、本日の夜には到着するでしょう」


宰相のマドリンは目を丸くして驚いている。


「そ・・・それほどの食料をどうやって・・・」


ケーニッヒはヤレヤレといった表情でマドリンの顔を見る。


「クリミアーナ教に協力を仰ぎました」


「なっ!?クリミアーナ教?」


「ええ。我らが国教であるクリミアーナ教です。ジュカに出現した大魔王は、ヒーデータに占領されてアガルタと国名を改めても未だ生きている。その大魔王をラマロンが討伐する。ついてはその食料を支援いただきたいと教皇様にお願いしたのです。教皇様は即座に食料を送ってくれました。従って、食糧の心配はない。皇国は好きなだけ皇国の戦いができるのです」


「お待ちください!クリミアーナ教とは・・・」


マドリンが大きな体を机に投げ出すようにして声を上げている。しかし、その声をかき消すように、ゆっくりとした、しかし乾いた音の拍手が鳴り響いた。


手を叩いているのは、皇太后だ。


「すばらしい。すばらしいではありませんか!さすがはケーニッヒ公爵。貴殿だけですね、真に陛下の御身のことを考えておいでになるのは。国家の柱石とは、まさに公爵様のためにあるような言葉です」


「ははっ。勿体のうございます」


ケーニッヒは皇太后に恭しく一礼をする。


「して、公爵様。アガルタにはどのようにして攻め込まれるのですか?」


「はい。まずは各地からの軍勢を吸収しつつ、バンザビ山の麓まで参ります。そして、アガルタとの国境である、イルベジ川を越えたところで、馬にて都を急襲します。国境から都まで馬で駆ければ一日半です。夜陰に乗じて進めば、敵に戦いの準備をする時間を与えずに、都を占領することが出来るかと存じます」


「なるほど・・・。この春の時期にアガルタを占領すれば、秋にはアガルタの豊富な作物が手に入る・・・。実に無駄のない、見事な作戦かと思います。公爵様は、よくぞ陛下のお心に沿う作戦を立てられました。私は大いに満足です」


「ハハッ、恐れ入ります!」


皇太后は、集まった諸侯を見回しながら言葉を続ける。


「私は、公爵様の作戦は素晴らしいと思いました。その作戦の可否はこの場で論じてください?まあ、私は、その作戦を進めるのが妥当とは思いますが、何分素人ですから・・・オホホホホ」


そんな皇太后を察してか、皇帝がゆっくりと皇太后に顔を向ける。


「お母上様。ご心配には及びません」


皇帝は集まった諸侯に向けて宣言する。


「今後は、ケーニッヒ公爵の作戦を、いかに効率的に進めるか、この一点に絞って論ぜよ」


「お・・・恐れ入り奉ります、陛下。あの・・・公爵様、皇都の守りはどうなさるのでしょう?」


閣僚の一人が恐る恐る発言する。ケーニッヒはその言葉にうんうんと大きくうなずく。


「なるほど、心配ごもっともです。皇都の守りは・・・。カリエス将軍、貴方にお任せいたします」


「・・・」


カリエスは静かにケーニッヒを見つめる。


「貴方にお任せしている部隊は、皇国軍の中で最も臆病者が集まる部隊だ。戦場に出しても役に立たないでしょうから、大人しくこの皇都を守っていてください」


その時、すかさず皇太后が口を開く。


「おお、そういえば、カリエス将軍は以前私に、アガルタ王と刺し違えると申していませんでしたか?あのお話はどこにいったのでしょう?まさか、お忘れか?ご自身が仰ったことを実行できない・・・。そのような臆病な者が指揮する部隊が、果たして皇都の守りを任せられましょうか?」


皇太后は露骨に嫌そうな顔をしながら、横目でカリエス将軍を睨んでいる。しかしカリエスは彼女と一切目を合わせることなく、涼しい目でケーニッヒを見続けている。


「皇太后様、万に一つも、この皇都が攻撃されることはありません。昨年以来、各地で皇国に盾突く反乱分子どもは残らず捕らえて処刑しております。従って臆病者でも役目は果たすことは十分可能です。仮にも将軍の称号をいただいているのですから、せめて一つくらいの功績は立てていただきませんと」


「まあ、なんと慈悲深い。さすがはケーニッヒ公爵ですね」


ホホホホホと皇太后の、機嫌のよさそうな笑い声が部屋中に響き渡った。

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