第百六十話 上記正に領収いたしました
村人たちは水を打ったように静まり返っている。まさか、顔見知りの人間が皇国のスパイであったということに、ショックを受けているようだ。
「ジィフィーロ・・・なぜだ?」
ジンビがガックリと膝をつき、項垂れる。ジィフィーロは俯いたまま微動だにしない。俺は彼女に鑑定スキルを発動させる。
「・・・ジィフィーロとか言ったな?皇国の人間から亭主のマロフを人質に取られているのか?・・・早く村に帰してやる代わりに、村人の行動を探れと言われたか?週に一度、皇国の人間と連絡を取り合っていたか・・・。ここ最近は大雪で連絡が出来ていない・・・か?」
ジィフィーロは顔を上げて俺を凝視している。
「り、リノス様・・・なぜそのようなことが・・・」
ジンビは何か怯えるような眼で俺を見ている。そんな彼に、俺はニヤリと笑みを見せる。
「ああ、あくまで俺の予想だ。外部の人間がいきなりスパイとしてこの村に入り込むのは難しいだろうからな。そう考えると、村人の誰かの弱みを握って利用するというのが一番簡単だ。さっき、このジィフィーロはマロフの女房だと言っていたから、おそらくそうじゃないかと思って言ってみたんだが・・・。あながち、ハズレではないようだな?」
ジィフィーロは目を泳がせながら、再び俯く。
「マロフを返してほしいか、ジィフィーロ?」
その言葉にジィフィーロは、キッと俺を見て口を開く。
「当り前じゃないか!もう二年、もう二年だぞ!兵隊に取られて!お陰でこの村は荒廃する一方だ。私たち女と爺様たちが畑を耕すだけじゃ食べていけない。ハワンを狩る者が居ないから金が入ってこない。マロフが、マロフが帰ってくればハワンが狩れる。そうすりゃ村は何とかなるんだ!」
女は涙を流し、床を拳で叩きながら俺に怒りをぶつけてくる。集まった村人たちも皆、俯いて何も言おうとはしない。
「ジィフィーロ、気持ちはわかるが・・・。その前に何故俺に相談してくれなかった?」
ジンビがジィフィーロににじり寄りながら尋ねる。
「言えるわけ・・・ないじゃないか!そんなこと、言えるわけ・・・」
「ジィフィーロ・・・」
ジィフィーロもジンビも号泣していた。そして周りの村人も、声を殺して泣いていた。俺はその光景を見ながら、何とかしてこの人々を救えはしないかと考えを巡らせていた。チラリと横にいるソレイユを見ると、彼女も心配そうな顔で村人たちを見つめていた。
「ご主人様・・・何とかしてあげられませんか?」
「う~ん」
腕組をしながら考えている俺に、村長のジンビが涙をぬぐいながら口を開く。
「アガルタ王、リノス様。この度の我らへの食糧のお恵み、心から感謝いたします。村を代表してこのジンビ、心からお礼を申します。これから先はこの村のこと。我らで決着を着けます。どうぞ、お気になさいませんように・・・」
「いや、そうは言ってもだな・・・。ヘタすりゃこの村は皇国軍に討伐されるぞ?そうなったらおそらく、ここの村人全員が殺されちまうぞ?それは俺も避けたいんだよな・・・。おいジィフィーロ、お前はラマロン側にどこまでこの村の内情を伝えたんだ?」
「・・・村長がアガルタから食料を調達してきたことと、これから皇国に付くかアガルタに付くかで村が揉めてるってところまでは伝えた」
「う~ん。なるほどな・・・」
ふと俺は自分の足元に視線を落とす。そこにはハワンの毛皮が敷かれていた。
「ジンビ、この毛皮・・・もらってもいいか?」
ジンビは一瞬言葉に詰まる。そして、絞り出すようにして答える。
「あ・・・わ・・・わかり・・・ました。お持ちください」
「村長!それは村に食料が無くなった時に売る最後の毛皮じゃないか!」
ジィフィーロが絶叫する。
「ジィフィーロ。いいのだ。今この村は存亡の危機にある。そこにリノス様は食料を持ってきてくださった。この毛皮を売る時は、今この時だ」
ジンビが諭すように話す。
「リノス様、どうぞ、その毛皮をお持ちください」
「よーし。わかった。それじゃ・・・」
俺は無限収納から紙とペンを出し、サラサラとそこに書いていく。
「村人たちが飢えない最低限の食糧の量ってどのくらいだ?で、あと、この毛皮っていくらで売るんだ?・・・大体でいい」
「食料は・・・米か小麦が20袋もあれば何とか・・・。毛皮は、10,000Gぐらいですか・・・」
ジンビの話を聞きながら、俺は紙にそれを書き入れていく。
「はい、できた。こんなもんでどうだ?」
「・・・これは・・・何でしょうか?」
「領収書だ」
「リョウシュウショ?」
「物を売ったり買ったりするときに発行する証明書のようなものだ。この毛皮を、この食料で買いましたっていう証明書だ」
俺が発行した領収書はこんな感じだ。
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【領収書】
ダイタス村村長 ジンビ様
領収物:ハワンの毛皮 1枚
但し、食料代として上記正に領収いたしました。
領収明細:
・米 10袋
・小麦 10袋
・野菜 10㎏
・肉 10㎏
アガルタ国国王 バーサーム・ダーケ・リノス
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「おい、ジィフィーロ。お前、字は読めるか?」
「・・・読めないね」
「ならちょうどいい。コイツをその・・・何だ?ラマロン軍のヤツに渡せ」
「どういうことだい?」
ジンビもジィフィーロも目を丸くしている。そりゃそうだ。領収書なんてものを見たことがないんだから。そりゃ、そうなるよね。俺は村人たちの顔を見ながら話をする。
「この村をラマロン軍の討伐から救う手立てを考えた。要は、ダイタス村がアガルタの国から食料を買ったことにすればいい。ラマロンの街じゃ食料なんて売ってないんだろ?だったら、アガルタから買ったってことにすればいいじゃないかってことだ。それで、軍の奴には、ラマロンに付くかアガルタに付くかという議論は、ラマロンに付くことにしたと言えばいい。アガルタはケチだって言っておけ」
「そ・・・そんなことで」
ジンビは既に肩で息をしている。話の展開に付いて来られないようだ。ということは、ジィフィーロをはじめとする村人は、もっと付いて来られないと考えてよさそうだ。その時、リリスが立ち上がって声を上げる。
「アタシたちは食料がないから毛皮を売って食料を買った。それがたまたまアガルタから食料を買ったってことだろ?何にも悪くないじゃないか!皇国で売ってないんだから!生きるために敵国から食料を買ったんだ。何で悪く言われることがあるんだ?敵の食糧を減らして、味方の食糧を増やしたんだぞ?何で私たちが討伐されるんだ?王様はアタシらに食料を売りましたっていう証拠をくれたんだろ?いいじゃないか!」
その言葉を聞いて、ようやく村人たちも理解できたようだ。リリス、グッジョブだ。
「そういうことだ。雪が解けたらジィフィーロはその紙を軍の人間に渡せ。それまで無くすんじゃないぞ?あと、アガルタはケチだって言うのも忘れるなよ?」
俺はニヤリと笑みを浮かべてジィフィーロを見る。彼女は目を丸くしてコクコクと頷いた。
「さて、持ってきた食料を渡そう。ジンビ、食料の貯蔵庫みたいなものはあるのか?」
「は・・・はい。ご案内します」
俺たちはジンビの家の隣にある建物に案内された。
「・・・見事に何もないな」
「・・・」
ジンビは黙って俯いている。俺はそこに、領収書に書かれていた食料を無限収納から出していく。
「ま、こんなもんか?」
「ありがとうございます。これでしばらく村は命をつないでいけます。本当に、感謝します」
「いや、これだけじゃもたないだろ?」
「もたない・・・と仰ると?」
「いや、これだけじゃひと月くらいしかもたないだろう?」
「雪が解ければ何とか・・・」
「いや、無理しなくていい。おいソレイユ」
俺は隣にいるソレイユに目を向ける。
「森の精霊たちに、食料を保存している場所を隠してもらうように頼めるか?サイリュースの里みたいに」
「ええ、お安い御用です」
「ジンビ、この食料は非常用に取っておけ。ラマロンの人間が見に来るかもしれん。その時はこれを見せればいい。あとの分は、この森の中に隠そう。森の中に何か目印になるような場所はあるか?」
「そうですね・・・」
俺たちは、ジンビの案内で、村を出てすぐにある大木の前にやって来た。
「おお、この木ならわかりやすそうだな」
そう言って俺はその前に大量の食糧を出していく。米、小麦、野菜、魚、肉、果物・・・。大木の周囲が食料でいっぱいになった。そしてそこに大きな結界を張って、食料をその中に閉じ込める。
「こ・・・こんなにたくさんの食糧を・・・」
「足りなくなったらまた言ってくれ。ちなみに、この結界の中の物は腐らないからな。安心してくれ」
「これで我らは飢えなくて済む。・・・ありがとうございます。ありがとうございます」
そこにいた村人全員が平伏し、口々に俺にお礼を言っている。俺は大テレにテレて、そんなことをする必要はないと何度も繰り返し、そして、ソレイユに村人以外の人間からこの結界を隠してもらうよう、森の精霊たちに頼んでくれと指示を出した。
数日後、ラマロン皇国皇都にある宮殿の一室では、皇国軍統括司令官のケーニッヒ公爵が、一枚の紙を見ながらため息をついていた。
「ご苦労様」
「・・・それだけ、ですか?」
眉間に深い皴を刻み、ケーニッヒを睨みつけているのは、ラマロン軍のアーモンド第三軍司令官である。
「他に何かあるのかい?」
「ダイタス村は、勝手に敵国と交渉したのですぞ?」
「仕方がないだろう?食料がないんだから」
「食料がないのであれば、なぜ皇国に要請しないのです!」
「そりゃ、皇国に食料がないことが分かっているからだろ?」
ケーニッヒ公爵は目を見開いている。コイツ、何言ってんだ?という表情を崩そうとしない。
「ダイタス村は、皇国に頼らず、自分たちの力で食料を調達したんだ。実に理にかなった、無駄のない行動だと思うよ?それとも何かい?アーモンド君は、皇国に、食料がないと分かっていて、それでも、食料を、く、だ、さ、い、と言ってくることが正しいとでも言うのかい?」
「自国の民を飢えさせないようにするのは、国として当然の務めです」
「ない物はしょうがないだろ?いや、君が自分で食料を調達してダイタス村を支援するというのなら話は別だけどね?すごく無駄な行動だと思うけれど、やるのは自由だ。一人でやればいい。皇国に食料は、ない。ダイタス村は、皇国に頼らず、自力で食料を調達した。偉いねぇ。勲章の一つでもあげたいくらいだよ。それにしてもアガルタはケチだな。ハワンの毛皮でこれだけしか食料を用意しないんだからな。そんなケチな国にダイタス村がなびくと思うかい?」
ケーニッヒ公爵はフフンと鼻を鳴らし、ニヤけた表情を浮かべてアーモンドを見た。まるで、アーモンドを見下すかのような視線であった。それを感じ取ったアーモンドは、黙ったままこぶしを握り締め、ケーニッヒ公爵を睨みつけるのだった。