第百五十九話 ダイタス村でのおもてなし
上空からダイタス村を確認した俺たちは、村から少し離れた森の中に降り立った。ソレイユをイリモから降ろすと、森の中に黄色い、小さな光が無数に現れた。
「おい、ソレイユ。あの光は何だ?」
「森の精霊たちです。私たちを・・・出迎えているようです」
そんなことを話していると、森の奥からひときわ大きな光が俺たちに近づいてくる。よく見ると、黄色い光に包まれた小人のような女性だった。
「私はこの森を守護しています精霊・クレイドルです。神の祝福を受けたあなた方を歓迎いたします。僭越ながら、この森の中では、我々に案内をさせてくださいませ」
「私は、神龍様の加護を受けし、サイリュースのソレイユと申します。お言葉に甘えて、この森の案内を頼みます」
「承知しました」
「私たちをダイタス村に案内してください。なお、こちらは私の主人であります、アガルタ国王、リノス様。そして、その愛馬であるイリモ様です。くれぐれも粗相のないように願います」
「畏まりました」
クレイドルがフッと消えたかと思うと、森の精霊たちが一列に並んでダイタス村までの道のりを示してくれていた。
「ソレイユ、何か・・・すごいな」
「当然ですわ。精霊の中でも最上位の神龍と契約しているのですから、精霊たちには畏敬の念を抱かれるのは自然なことです」
「神龍って、単なる甘いもの好きな子供じゃないんだな」
「ご主人様・・・神龍様に怒られますよ・・・」
ソレイユに呆れられてしまった。確かに、多少のことでは動じないあのフェリスが、驚きのあまりおもらしする程の力を持っているのだ。そういう意味で、神龍のすごさをわからない俺は、センスがないのかもしれない。
「さあ、参りましょう」
ソレイユに促される形で、俺たちは森の中を進んでいった。
ダイタス村には程なくして到着した。村の入り口には、屈強そうな若者が立っており、村の警護をしていた。彼らは俺の姿を見ると慌てて駆け寄ってきた。
「もしかして、アガルタ国王様か?」
「ああ、そうだ。俺のことはリノスでいい」
「おお、リノス様だ。まさか本当に来ていただけるとは!お待ちしていました、さあ、どうぞ!」
ダイタス村の若い者に丁寧に案内されて村に入る。よく見るとそいつらは、村長のジンビと共にアガルタに来た男たちだった。そしてジンビの家に案内されると、彼は飛び上がらんばかりに驚いていた。
「おお、リノス様!リノス様ではありませんか!本当にお越しいただけるとは。昨日お手紙を見て、まさかと思っていましたが・・・。お目にかかれてこのジンビ、歓喜に耐えません。ありがとうございます。ありがとうございます!」
ジンビは膝をついて何度も腰を折る。
「よしてくれジンビ。俺が勝手に来たのだ。そんなに畏まらないでくれ。いや、ちょっと気になったんで寄せてもらったんだ。用が済んだらすぐ帰るから、気を使わないでくれ」
「いいえ、そういうわけにはいきません!ささ、どうぞ!」
ジンビに勧められるままに俺は囲炉裏の前に座る。
「村の者を呼んでまいります。少々お待ちください!」
俺は囲炉裏の火にあたりながら、ジンビの家を見回す。村長の家だけあって家は広いが、贅沢なものは何一つとしてない。狩猟用に使われると思われる弓矢や槍、天井近くまで積み上げられた薪・・・。生活する必要最低限の物しかそこにはなかった。
「ご主人様・・・これ、ハワンの毛皮です」
不意にソレイユが言葉を漏らす。彼女の視線の先には、俺たちが座っている敷物があった。確かに、フワフワして座り心地がとてもいい。
「ハワン?」
「とても暖かくて軽い毛で覆われた、シカのような魔物です。とても警戒心が強いので、狩ることが難しいのです。この敷物は・・・大変な高級品ですわ」
「なるほどな。それだけ俺たちは、大事な客ということだ」
そんなことを話していると、ジンビが大勢の村人たちを引き連れて家に入ってきた。
「皆、座ってくれ・・・。こちらにおられるのは、正真正銘のアガルタ国王のリノス様だ。我が村の窮地を救っていただいた御方だ。今回も村を心配していただいて、わざわざここまでお越し下された。皆からも礼を言ってくれ」
村人たちが口々に礼を言ってくる。見ると老人と女、子供たちばかりだ。若い男もいるにはいるが、かなり少ない。
「で、村の食糧事情はどうなんだ?」
ジンビはため息をつきながら首を振る。
「この大雪で、動くに動けない状態なのです。いただいた食料も、もうすぐ尽きるところだったのです」
「そうか・・・。やっぱり来てよかったな。心配していたんだ。ジンビが持って帰った食料じゃそろそろ限界だろうに、使者一人寄越さないから、もしやと思ったんだ」
「こんな、我らのような小さい村を心配していただくなど・・・」
ジンビの頬に涙が伝っている。
「まあ、心配しなくていい。ちゃんと食料は持ってきた。しばらくは飢えることはないだろう。安心してくれ」
おお~と村人たちから声が上がる。
「王様、ひとつ聞いていいか?」
声がする方に視線を向けると、中学生くらいの女の子が立ち上がっていた。
「リリス!黙っていろ!アガルタ王に無礼だぞ!」
「ジンビ、いい。リリス・・・とか言ったな?俺に聞きたいことってのは、何だい?」
リリスと呼ばれた少女は、ちょっと目を伏せたが、やがて意を決したように口を開く。
「アンタが何でうちの村に食料をくれるんだ?この村には何にもないぞ?私たちから何を奪うつもりだ?」
「リリス!」
ジンビの声が、広い部屋にこだまする。リリスは思わず目を閉じて、体を小さくする。
「・・・そうだな。リリス、お前が正しいよ。そう思うよな?いや、お前の言う通りだ。これは俺にもわからないんだ。何故か食料を支援しようと思ったんだ。だって、俺たちはお前らから見れば敵国だ。その敵国に食料を支援してくれって、なかなか言えるもんじゃないぞ?俺はそこにジンビの、村長として意地もプライドもかなぐり捨てて村人を守りたいという思いを感じたんだ。まあ、言ってみれば、ジンビのその意気に報いてやりたいと感じたからかな?」
リリスはしばらくじっと俺の顔を見ていたが、やがて小さく頷いた。
「わかった。変なこと聞いて、すまなかった」
俺はリリスに笑顔を送る。ジンビは少し安心したような顔をしたが、やがてすぐに緊張した面持ちになる。
「リノス様、お越しいただいた所で恐縮ですが、我々のお話を聞いていただきたい」
「どうした?」
「我々は、リノス様から食料をいただいてから、何度も話し合いを重ねました。そして、今後はアガルタ国のために仕えていこうという結論に至りました。リノス様、我々を配下に加えていただきたい。伏してお願い申し上げる」
ジンビ以下、そこに集まった全員が俺に平伏していた。
「あああああ、やめろやめろ。そんなことはしなくていい。・・・このダイタス村を配下に加えるのは構わないが、そうなるとラマロンが攻めてくるぞ?そうなればこの村は蹂躙される。その点はどうするんだ?」
「いえ、その点はご心配なく。我々は表向きはラマロンに従います」
「ほう」
「しかし、ラマロンの情報はリノス様に逐一お伝えします。若い者の中には、皇国軍にいる者もおります。その者たちから軍の情報を聞き出して、リノス様にお伝えします」
「つまり、スパイになるということか?」
「はい。我々が生き残る道は、それしかありません。皇国の追及をかわす手は、いくつか考えていますので」
「う~ん」
俺は天井を見ながら唸る。そして、視線を戻すと、そこに集まる村人全員の視線が俺に集まっていた。その時、俺は小さな違和感に気が付いた。
俺が視線を向けた先には、若い女が座っている。どこからどう見ても村人だ。しかし、違和感がある。俺はその女を無言で見続ける。女も俺の視線に気が付いて、俺の目を見たままじっとしている。
「・・・リノス様?」
俺はジンビを手で制する。その瞬間、女が村人の間を縫うようにして逃げ出した。
「逃がすな!捕らえろ!」
俺の声を聞いて、後ろに控えていた若い男たちがすぐさま女を追いかける。ジンビも追いかけていく。突然のことでその場は、騒然となっている。
しばらくすると、男たちに引き立てられる形で、先ほどの女が連れて来られた。
「おい、ジィフィーロ、どうして逃げたりしたんだ?」
ジンビが女に言葉をかけている。
「ほう、ジィフィーロというのか?」
「はい、我が村のマロフという男の女房です。まさか・・・」
「どうやら、普通の女房じゃないみたいだぞ?」
「ジィフィーロ!お前まさか俺たちを騙してたのか?おい、何か言ってくれ!」
「・・・」
ジィフィーロは俯いたまま黙りこくっている。
「ジンビ、無駄だ。口を割るようじゃスパイは務まらんからな」
「スパイ・・・。リノス様・・・どうしてこの女がスパイだと・・・」
ジンビは不思議そうな顔で尋ねる。
「ああ、お前の話を聞いている時、村人たちの呼吸は荒かった。そりゃそうだよな。お前たちの生き死にがかかってるんだからな。しかし、この女は呼吸が荒れていなかった。怪しいと思うのは、当然だろう?」
ジンビは目を見開いたまま、リノスを凝視し続けた。