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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第六章 アガルタ国編
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第百五十三話 動き出した歯車

窓の外は一面の銀世界だった。太陽が彩るその景色の美しさに、俺はしばし寒さを忘れた。


「リノス、どうかしたのですか?」


「いいや、リコ。見てごらん、一面の銀世界だ」


俺はリコの手を取ってベッドから起こし、肩を抱くようにして窓まで連れていく。


「まあ、キレイ・・・」


「もう、完全に冬だな」


「そうですわね」


そして俺たちは服を着替え、リコの手を取って階段を降り、ダイニングに向かう。



12月ももう半ばを過ぎた。もうすぐ年も明ける。そうするとリコは、いよいよ出産だ。それについては楽しみが半分、不安が半分というのが正直なところだ。この世界では、貴族は生まれた子供については、乳母を雇うのが一般的だが、リコは母乳で育てるようだ。それについては俺も賛成している。


リコのことは心配だが、新しく迎えた妻たちのことも忘れてはいない。彼女らとは、ローテーションで一緒にいることにしている。今のところの流れとしてはこんな感じだ。


月曜日:リコ or メイ

火曜日:コンシディー

水曜日:リコor メイ

木曜日:ソレイユ

金曜日:リコor メイ

土曜日:マトカル

日曜日:リコor メイ


まあ、時と場合によって変化することもあるのだが、概ねこんな感じで過ごしている。新婚なのに??という意見もあるかとは思うが、特にリコが俺と一緒にいないと不安がるのだ。


メイについては、リコに遠慮しているせいか、あまり三人では寝たがらない。それを知ってか、週に一度は必ずメイと一緒に寝るようリコが計らってくれる。ちなみに、メイもリコも、一人寝る時は、元々メイが書庫として使っていた一階の部屋で寝ている。本を全て運び出したところに大きなベッドを入れて、寝室としたのだ。ローニの診察もここで行われ、一応、分娩室にもなる予定だ。


彼女らがその部屋で寝る時は、必ず家族の誰かが一緒に寝ている。最初はただ、お腹の子供が心配でそうしていたのだが、いつしかリコ姉さま、メイ姉さまの相談部屋になっており、彼女たちの悩みを二人が聴いてやる時間になっている。当然そこにはゴンは入っておらず、女たちの連帯感だけが増しているような気がしてならない。



そんな中、アガルタに来客があった。目つきの鋭い、狩人のような恰好をした男たち三人が、俺に面会を求めてやってきた。ラマロン皇国にある村の代表者だという。俺はクノゲンとその配下数名を従え、迎賓館の一室で男たちを引見した。


「ラマロン皇国ダイタス村の村長、ジンビです。こちらは、村の若い者で、イジラとドンセイだ。私の護衛として連れてきた。目通りをお許しいただき、感謝する」


「この雪の中よく来たな。まあ、これで温まるといい」


俺はこの三人に甘酒を出してやった。三人はしばらく躊躇していたが、顔を見合わせながらゆっくりとそれを飲みだした。


「ちょっとクセがあるから、口に合わないかもしれないがな。で、この俺に何の用だ」


ジンビと名乗る目つきの鋭い男は、連れてきた若者たちに目配せをする。それを受けて若者らはゆっくりと頷いている。


「やはり、アガルタ王ご本人か。その・・・何というか・・・随分、気さくなのだな」


「ほう、俺の顔を知っているのか。それはうれしいな。お前たちは、俺に話があって来たんだろう?そりゃ俺が話を聞くさ。で、用とは何だ?」


ジンビたちはゆっくりと片膝をつき、右手を胸に当てて頭を下げる。


「アガルタ王。我らダイタス村、村長の私以下150名を配下に加えていただきたい」


「・・・また藪から棒な話だな。理由を聞いてもいいか?」


「ラマロン皇国に従っていては、我らは亡ぶからです」


聞けば、今年のラマロン皇国の、秋の収穫はかなり厳しいものであったらしい。このままでは飢饉が起こることは誰の目にも明らかであった。そこで皇国は各町や村に対して食糧支援を実施したらしい。そこまでは、よかった。


「しかし、与えられた食料は、到底我らが生きていけるだけの量ではありませんでした」


村に届けられたのは、村長のジンビが要請していた量の半分以下だったらしい。ダイタス村は山の中腹にあり、冬は雪に覆われてしまうため食料を確保することが難しい。その上、先の戦争で若い男たちが兵隊に取られてしまい、村は年寄りと女子供が大半なのだという。


「私は村長として、村人を守らねばなりません。このまま座して死を待つより、生きるための方策を探らねばなりません」


「それが、俺たちに従うということか?」


俺は真っすぐにジンビの目を見る。彼も俺の目を見つめて逸らさずに、ゆっくりと頷く。


「先の戦で、皇国軍がアガルタから引き揚げてきた。その時に、兵士の一部が村を襲い、食料を強奪していった。あれさえあればこの冬は越せたものを・・・。あれは兵士ではない。兵士の格好をした盗賊だ。そんな強盗と化す軍は軍ではない」


ジンビは吐き捨てるように言う。


「戦に向かった皇国軍の中には、村の若い者も居たのだ。しかし、何日たっても帰ってこない。てっきり戦死したのだろうと諦めていたのだが、その時ひょっこりとこの二人を含め5人もの若い者が帰ってきたのだ。しかも、背負いきれぬほどの食糧を持って。聞けば、アガルタの王が持たせてくれたと言うではないか。自領に攻め込んできた兵士を解放するだけでも破格の対応であるのに、それに食料を持たせて国境まで送るなど・・・前代未聞のことだが、その時、思ったのだ。この王であれば、我らは飢えずに済むのでは、と」


「まあ、このアガルタの国は、領民を食わせる、着させる、住まわせるというのを原則にしているからな。そいつらだって、戦争したくてしてたんじゃないことは分かっていたからな。家には家族もいるっていうし、それなら食料持たせて帰してやろうと思っただけだ」


「ありがたかった。本当にありがたかった」


ジンビは深く腰を折ってお辞儀をする。後ろに控えていた男たちも、ありがとうございますと、ぴょこぴょこお辞儀をしている。


ジンビは落ち着いた声で言葉を続ける。


「ここ数年、皇国は不作続きだった。我らも税が上がり苦しかった。それでも皇国のためならばと飢える寸前になりながら何とか命をつないできたのだ。そんな我らから食料を奪い、さらに、村を救おうともしない皇国に、私は絶望している。もう我らは飢えて死ぬしかない。しかし、その前に一度、アガルタ王に縋ってみようと思ったのだ。我らを飢えから救ってもらえまいか・・・」


ジンビの態度に俺は好感を持っていた。彼はプライドも何もかなぐり捨てて、村人を救おうとしている。この男は、信用できると俺は直感で感じていた。


「わかった。取りあえず一旦考えさせてくれ。時間は取らせない。三時間待ってくれ。おい、ラファイエンスとマトを呼んできてくれ」


クノゲンは三人を連れて部屋を出ていく。そして三十分後、ラファイエンス、クノゲン、マトカルが部屋にやって来た。俺はジンビの話を三人に聞かせる。


「どう思う?」


ラファイエンスはニヤリと笑う。


「もう、心の中では決まっているのでは?」


「さすがは将軍。俺は、支援したいと思う」


「ただ、ラマロン軍が黙っていないでしょうな。全面戦争になりますな」


クノゲンが腕を組みつつ溜め息をつく。


「おいマト、ジンビが村長をしているダイタス村はどこにあるんだ?」


「ダイタス村は、バンザビ山を越えてしばらく行ったところだ。ここらへんだな」


マトカルが簡単な地図を描いてくれる。


「なんだ。この前、ヒーデータの軍と睨み合っていた・・・ええと・・・イルベジ川の、対岸の山じゃないか。なるほど、村のちょうど裏側にラマロン軍が駐留していたんだな」


俺は顎に手を当てながら、マトカルが書いてくれた地図を眺める。


「しかしこれだけ山深い村では、軍事的な利点はあまりないな」


ラファイエンスが眉間にしわを寄せながら言葉を続ける。


「この山全てを占領するのであれば、兵站基地として機能するだろうが、我らにこの山全てを抑える力はない。それをするのであれば、ヒーデータの援軍が必要だが、果たして帝国は動いてくれるだろうか・・・」


俺はしばらく地図を眺めながら思案する。そして、マトカルを見る。


「おいマト、このイルベジ川ってのはどこに繋がっているんだ?」


マトカルはさらに地図を描いていく。


「この川はラマロン海に注いでいる。その河口近くには、ガルビーという大きな都市がある。ガルビーから、ジンビが村長をしているダイタス村のあるバンザビ山までは、高い山が連なっている」


「その間の山の中に、町や村はあるのか?」


「スイレボ村があるだけだ」


「どこだ?」


「ダイタス村から、西に進んだ、このあたりだ」


「かなり遠いな。山の麓にあるのか。スイレボ村からダイタス村までどのくらいだ?」


「山を登っていくのであれば二日、ダイタス村から行くのであれば一日くらいだ」


「なるほどな」


「リノス殿、この山の中にある村が一体、どうしたのだ?」


ラファイエンスが訝しそうな顔で聞いてくる。俺はニヤリと笑う。


「マト、もしダイタス村がアガルタに寝返ったら、ラマロンはすぐさまダイタス村を討伐するかな?」


「・・・私だったら、今すぐはしないな。まあ、この村を敵が大軍で占領しに来るというのであれば話は別だが、この村一つでは何もできないだろう。討伐するとしたら年貢の徴収の時だ。その時に行って収穫物を根こそぎ強奪する。いずれにせよ、ダイタス村がアガルタに付いたところで、すぐに討伐されることはないな」


「わかった。じゃ、こういうのはどうかな?」


俺は思いついた作戦を三人に話す。


「ハァッハッハッハ!面白いな。それは面白い!」


ラファイエンスが膝を叩いて喜んでいる。


「敵はビックリするでしょうね」


クノゲンも微笑みを湛えながら頷いている。


「リ・・・リノス様はとんでもないことを考えるな・・・」


マトカルは口をあんぐり開けて呆れている。


「マトカルよ、そなたが嫁いだ主人は、やはり軍神であろう?」


ラファイエンスがニヒルな笑みをマトカルに投げかける。彼女は呆れたように首を左右に振っている。


「ラマロンは大きなミスを犯したな。一つはマトカルを奪還しなかったこと。そして奴らは、もう一つ大きな失敗をしようとしている。さて、気が付くかな?」


意地の悪そうな顔で、俺は再びマトカルの描いた地図に、視線を落とした。

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