第百五十二話 呼ばれて飛び出て
チラチラと粉雪が舞う12月の初旬、俺たちは帝都の屋敷の庭に集まっていた。
この日は仕事がお休みで、全員が屋敷に揃っていた。ちょうどいい機会ということで、先日から試してみたいことをやろうと思ったのだ。
お腹の大きなリコとメイは、体に障るので屋敷の中に居ろという俺の指示を押し切って、二人とも外に出てきている。当然、二人には転んでも衝撃を吸収し、温度を一定に保つ結界を張っている。
そして、俺たちから少し離れた所にソレイユがいる。彼女は今、体中のMPを集めて、詠唱に集中しようとしている。
俺と夫婦になったことで、ソレイユの精霊術スキルのレベルがカンストしていた。これまで彼女は森の精霊を使役していたのだが、レベルが上がったことで、さらに高位の精霊と契約できるのだという。今まで契約してきた精霊とは一旦契約を白紙に戻し、新しい精霊と契約してみようということになったのだ。
もし、高位の精霊との契約に失敗したらという俺の心配は杞憂のようで、一度契約した精霊は再度契約してくれる可能性が高いそうだ。これまでソレイユと森の精霊はかなりいい関係を築いてきたそうで、おそらくその点は問題ないのだという。
先ほどからソレイユは両手を前に突き出しながら、深呼吸を繰り返している。どうやら魔力を下っ腹に集中させているようだ。そんなところに魔力を集中させてどうするんだと思っていると、ソレイユは詠唱を開始し始めた。
「نا حبك نا حبك نا حبك نا حبك ساعدني ساعدني ساعدني هيا هي ساعدنيا・・・」
・・・一体何を言っているのか、皆目見当がつかない。ソレイユの下腹に溜められた魔力が両手に伝わっていく。そして、両手の前に魔法陣が浮かび上がる。かなりデカイ。そしてそれが地面にゆっくりと降りていく。
「我の前に出でよ!!」
ソレイユのドスの効いた声が冬の空に響き渡る。その瞬間、魔法陣から眩いばかりの光が発せられた。
「ソレイユ!」
魔力を全て放出したソレイユがぐったりと倒れている。真冬のこの寒さだが、彼女の顔には汗がにじんでいる。俺はすぐさまソレイユに魔力を充填してやる。
「大丈夫か、ソレイユ?」
「・・・大丈夫です。・・・その・・・精霊は・・・」
周囲を見回すが、何の姿も見えない。
「・・・何も見えないぞ?」
「・・・申し訳ありません。召喚に、失敗したみたいです」
ガックリとうなだれるソレイユ。俺は外にいる皆を促して屋敷に入った。ソレイユは、俺がお姫様抱っこをして、連れて行った。当然、リコの許可は得ている。
「いやーまさか召喚が失敗するとはな。そういうことは、よくあるのか?」
俺たちは屋敷のダイニングでぜんざいを食べながら話をする。さっきまで寒いところに居たので、温かいぜんざいが美味しい。ちなみに今回は、焼いた餅を入れている。このちょっと焦げた餅にぜんざいがまた、合うのだ。
「そうですね・・・高位の精霊を召喚する時には、よくあります。精霊に認められないと契約してもらえないですから。きっと私が未熟なので、契約してくれなかったんだと思います」
ソレイユはショックが大きかったのか、ぜんざいに全く手を付けない。
「まあ、そう落ち込むな。今回がダメでも、また次やればいい。それより食べろ。ぜんざい冷めちまうぞ?」
「はい・・・」
「そう考えると、精霊から契約を頼まれたメイ殿は、すごいでありますなー」
ゴンが餅を食いながらしゃべっている。メイはにっこり笑って、
「いいえ。たまたまですよ。今回ソレイユさんが召喚した精霊は、かなりの高位の精霊だったのではないですか?」
ソレイユは少しずつ食べていたぜんざいを置き、メイを見る。
「そうです。神級の精霊を呼び出しました」
「神級?」
思わず俺は頓狂な声を上げる。
「おい、ソレイユ大丈夫だろうな?変な神様召喚しないでくれよ?」
ソレイユは驚いた顔をして首をプルプルと振る。
「そんな、大丈夫です。間違っても邪神などは召喚しません」
「いや、神様って色んなのがいるぞ?疫病神・・・貧乏神・・・死神・・・」
「ご主人!死神だなんて、縁起が悪いでありますー!」
・・・ゴンに怒られてしまった。俺はシュンとして小さな声でゴメンナサイと謝る。何故か皆は大爆笑だ。
「まあ何事もなかったので、よしとしよう。ぜんざい、いっぱい作ったからな。おかわりドンドンしてくれよー。餅もまだあるから、食べてくれよ?どうだ、美味いか?」
「おいしいです!」
「うまいでありますー!」
「本当においしいですわ!」
「おいしいー」
「うまそうなのらー」
・・・何か、聞き覚えのない言葉が一つ混じっていないか?俺は食卓を見回す。リコ、ペーリス、ゴン、メイ、フェリス、マトカル、ルアラ、フェアリ、子供、コンシディー、ソレイユ・・・うん?子供?・・・誰だ?
何故か真っ白な肌の色で、髪まで真っ白な子供がそこにいた。目が大きく、緑の瞳だ。ついでに、魔法使いのローブのような服を着ているが、それも白だった。
「おいしそうなのらー。我にも食べさせるのらー」
「・・・誰だ?」
キョトンとしていると、突然フェアリが俺の胸元に飛んでくる。一体どうしたんだと抱っこしてやると、フェアリが震えている。
「フェアリ、どうした?」
『あう・・・ああ・・・あああうあ・・・・』
何か混乱しているようで、フェアリから届く念話が理解できない。
「・・・ほう、そのドラゴンは、我がわかるみたいらな」
基本的にこの屋敷には悪意のある者、敵意のある者は近づけない結界を張っているのだ。舌ったらずな子供だが、俺の結界を通り抜けてくる段階で、かなり怪しい。
「・・・何者だ?」
俺はそう言いつつ、この子供に鑑定スキルを発動させる。その瞬間、目の前が真っ暗になり、頭の中に大爆音が響き渡った。
「うぁいだだだだだだだだだだだだだだだだーーーー!!!」
頭を押さえて思わず蹲る。周りのみんなが俺の名前を叫んでいるが、俺はそれどころではない。頭が爆発しそうだ。俺は鑑定を終了させる。その瞬間、全身から冷たい汗がにじみ出た。
「ほう、我を鑑定したのかー?丈夫なヤツらな。普通は爆発するのらがな」
ノホホンとした口調ではあるが、言っていることはとんでもない内容だ。俺は汗を拭いながら言葉を続ける。
「・・・お前は、誰だ?」
白い子供は驚いたような表情を見せる。
「我を呼んだのは、お前たちではないのかー。そのためにわざわざ、この姿になってやったのらぞー?」
「ええと・・・どちら様で?」
「我は神龍らー」
「ええっ?うそ!!」
驚いて立ち上がったのはソレイユだ。彼女はぜんざいの器を持ったまま、口をあんぐり開けている。よく見ると、近くでフェリスが腰を抜かしている。
「し・・・神龍って・・・まさか・・・」
「神龍らぞ」
「うわぁぁぁぁぁぁーーーー。ごめんなさい!ごめんなさぁい!」
ソレイユが神に祈るようなポーズで震えている。
「おい、どういうことだソレイユ!説明しろ!フェリス!おいフェリス!」
フェリスは固まってしまって動かない。その時、ゆっくり手を叩く音が聞こえる。
「せっかくいらしたのですから、とりあえずその方に、ぜんざいを食べていただいたら?お餅、いかがなさいますか?」
「おーう。おいしそうなのらー。食べるのらー」
「ではちょっと待っていてくださいませ」
リコは大きなお腹を抱えながらキッチンに向かう。そして、しばらくして餅入りのぜんざいを持って戻ってきた。
「熱いので、気を付けて食べてくださいね」
「おーう」
いつの間にか白い子供が俺の席に座っている。そして、出されたスプーンを使わずに、俺の箸を器用に使ってぜんざいをすする。
「うーん、うまいのらー」
「まだまだありますから、たくさん召し上がれ」
「苦しゅうないのらー」
俺は恐る恐るリコの顔を見る。
「リコ・・・怖くないのか?」
「怖くなんてありませんわ。かわいい子供ではありませんか。子供に悪い人はいませんわ」
そしてリコは白い子供の横に座る。
「差し支えなければ、教えてくださいな。神龍とおっしゃいましたが、どうしてここへ?」
「神召喚の呪文を聞いたのらー。美しい調べで、清らかな雰囲気らったので、来てみたのらー」
相変わらずソレイユは震えている。フェリスも固まったままだ。そして、フェアリも俺の腕の中で震えている。しかしリコは落ち着き払っている。
「そうですの。それはそれは。でも、子供のお姿なのですわね」
「来てみると人間がいたのらー。我の姿を人間が見ると即死するのらー。だから死なないように、極限まで力をおさえたら、この姿になったのらー。うまくしゃべれないのらー」
「まあ、そうだったのですか。あ、おかわりはいかが?」
「頼むのらー。白いやつも頼むのらー」
再びリコはキッチンに向かう。白い子供は何やら嬉しそうにゆらゆらと体を揺らしている。そしてしばらくしてリコがぜんざいを持ってきた。
「さあ、どうぞ」
「いただくのらー」
そして、神龍を名乗る白い子供はそれから、ぜんざいを食べ続けた。さすがにリコを何度もいかせるわけにはいかないので、それはペーリスに代わってもらった。その後、落ち着きを取り戻したソレイユの説明では、この神龍は、精霊の中でも最上位に位置するらしく、それこそ伝説の存在らしい。「神の使者」と呼ばれる存在であり、邪悪なるもの全てを消滅させる力を持つ精霊なのだそうだ。
「お呼びだてして、本当に、本当に申し訳ありません」
ペコペコと頭を下げながら、ソレイユは神龍に謝っている。
「いや、我が召喚されたのらー。気にしてはならんのらー」
「で、神龍様、これからどうされるのです?」
恐る恐る俺が聞いてみると、神龍はのほほんとした声で答える。
「決まっておろう。召喚されたからには、契約してやるのらー」
「ええええええええええーーーー?」
ソレイユが驚きまくっている。神龍はピッと人差し指をたてると、ソレイユの体が白く光った。どうやら、これが契約完了のサインらしい。
「我のことを感じ取ったそのドラゴンは、いいセンスをしているのらー。そして、そこで固まっているのも、ドラゴンらな?これもいいセンスなのらー」
上機嫌で神龍はぜんざいを食べている。結局、彼は寸胴鍋いっぱいに作ったぜんざいと、用意した餅を全て平らげて、ようやく姿を消した。本来であれば、おひいさまにお供えにする予定であったぜんざいを、全て食われた俺は再び、ぜんざいを作りに取り掛かるのだった。
ちなみに、動けなかったフェリスであるが、這う這うの体で自分の部屋に戻っていった。あとでリコに聞くと、神龍とわかった瞬間に椅子から転げ落ちたのだが、その時にどうやら粗相をしていたらしい。これは、リコと俺の胸の中でしまっておこうと思う。