第百五十話 奇跡の宴会
「おう大将、もっと飲みねぇ!そっちの旦那もドンドン飲もうじゃねぇか!」
大工のゲンさんの威勢のいい声が響き渡っている。そして、その周囲では多くの人々が酒を飲み、料理を食べ、笑い合い、語り合っている。アガルタ国の都では今、歴史上はじめての、とんでもなく非常識な光景が繰り広げられていた。
酒をガブ飲みし、見事に出来上がっている大工の棟梁の横で酒を飲まされている男は、この国の王である。そしてその横で、爆笑しながらゆっくりと酒を煽っているのが、ヒーデータ帝国皇帝、ヒーデータ・シュア・ヒートである。
皇帝と国王が野外で、しかも、大工と共に酒を飲むという光景が今まであっただろうか。しかし、この場はこれで収まらない。周囲にはさらに非常識な光景が繰り広げられていたのだ。
「ハイ、パスタが出来上がりましたわ!」
先ほどから優雅に大量のパスタを茹で、ソースを作っているのは、アガルタ国の王妃、リコレットである。かなりお腹がふっくらしてきているが、それをものともせず、手際よく料理を作っている。そしてその隣では、ペーリス、フェリス、ルアラをはじめとして、多くの女性が料理を作り、皆に振る舞っている。
「リコちゃん、アンタ身重なんだから無理しちゃダメだよ!」
「大丈夫ですわ!」
「そうだよ!あたしが若い頃はもっと動いていたもんさ!」
王妃が普通のおばさんたちと会話をしながら食事を作る・・・そんな光景を呆れた顔をしながら見ているのは、ヒーデータ帝国宰相、グレモントである。その近くでは、エプロン姿のおばさんたちにお腹を撫でられている女性もいる。
「メイちゃん、よかったねー。お腹を冷やしちゃだめだよ」
「ありがとうございます」
照れくさそうに返事をしているのは、アガルタ国の第二夫人であるメイリアスである。
皇帝も、王族も、宰相も、獣人も、魔物も、男も、女も、ありとあらゆる身分と種族が一堂に会し、宴会をしている。後にこれは「アガルタの奇跡」と呼ばれ、全世界に衝撃を与えた出来事として歴史に残ることになる。
・・・きっかけは、ほんの軽い気持ちだった。それがまさか、こんなことになろうとは思いもよらなかった。
アガルタ国内で、秋の収穫が終わりを迎えた10月の下旬。ようやく迎賓館が完成した。東京ドームの半分くらいの広さと、三階建ての建物であるが、石と木材を上手に使った見事な建物に仕上がった。ゲンさん曰く、この建物はまだまだ増築することが可能とのことで、時期と機会を見てそれは相談することになった。
そして、その完成を待ちかねたかのように、コンシディーとソレイユがやってきた。そして、その到着を受けてマトカルも同様にやってきた。
彼女らは侍女と共に迎賓館の中を見て驚嘆の声を上げ、一発で内装とその調度品のすばらしさに魅せられた。そして侍女たちは大喜びで自分たちが使う部屋や主人の荷物を運び込んだ。
迎賓館の完成に合わせて、帝都の屋敷の増築も完了した。部屋数を三つ増やし、トイレも一つ追加して作った。空いている一階部分については悩んだ結果、書庫とした。メイとペーリスの本が多くなってきたこともあって、そうしたのだ。
コンシディーとソレイユ、マトカルは帝都の屋敷を見て、これもかなり気に入ってくれた。中でも便座が温かくなる仕様については、三人共に大喜びだった。
そして、与えられた部屋に色々と私物を運び込みつつ、足りない物については帝都やアガルタの都で購入し、その都度部屋に運び込んでいった。
全ての準備が整ったのは、ちょうど十一月に入った時だった。そして、その日に俺たちは、仕事部屋を迎賓館に移した。今まで俺たちがいた建物は、正式にアガルタ軍本部の建物となり、その長にはラファイエンスが就任することになった。
そんな時、遅い昼飯を食べていると、大工のゲンさんが訪ねてきたのだ。
「大将!どうだい、俺たちが造った屋敷ぁ」
「ゲンさん、すばらしいものを造ってくれた!ありがとう!礼が遅くなってすまなかった」
「いいや、いいってことよ!それでよ、今度、大工仲間と集まって、皆でパーッと酒でも飲もうじゃねぇかってぇ話になってるんでぇ。大将、よかったら、顔だけでも出してやってくんねぇか?仲間の仕事を労ってやってくんねぇな!」
「そうか、そんなことならお安い御用だ。ゲンさん、ちょっと待っててくれ」
そう言って俺はリコの下に行く。そして、ゲンさんの話をすると、大喜びで賛成してくれた。
「ゲンさん、待たせたな。今、リコと話をしたんだが、迎賓館の庭を使ってくれ。そして俺たちも参加させてくれ。酒と料理はこちらで用意をするから、ゲンさんは仲間を集めてくれ」
「すまねぇな!じゃ、ありがたくそうさせてもらうぜ!」
とまあ、当初はこんな感じで話がまとまったのだ。開催は五日後としたのだが、その話が都中を駆け回り、我も我もと参加希望者が増えた。三日後、いつもの赤い顔を真っ青にしたゲンさんが、奥さんを伴って再び現れた。
「大将、すまねぇ。あの話が都中を駆け巡ってな・・・。みんな来るってんだ・・・」
「みんな?どのくらいの人数になるんだ?」
「わからねぇ。ざっと見積もって、1000ってとこか?」
「い、いっせん?」
「親方衆・・・。トメ公、ハチ、クマ、ジン公・・・。その弟子たち・・・。石屋、材木屋・・・かかわった奴らを上げりゃ、キリがねぇんだ」
「うーん。そうは言っても、何とか・・・するしかないな。今さら断れないだろ?」
「すまねぇ大将。かっちけねぇ・・・」
ショボンとするゲンさんを口惜しそうに見ていた奥さんが、ずいっと前に出る。
「大将、大丈夫だよ。アタシらが手伝うからさ!女房連中に声をかけりゃ1000や2000のおまんまを拵えるなんざ、造作もないよ!ただ大将にゃ済まないけど、材料とお酒の用意だけはお願いしたいんだ」
「わ、わかった。材料は・・・どんなのがいい?」
「なぁんでもいいよ!毒でなけりゃ、何でも作ってやるよ!」
女将さんの迫力に押される形で、俺は食材と酒を用意することになった。
このことをリコに話すと、調理する場所や食事をする場所、ごみ箱・・・など、色々と問題点とその対策を列挙し始めた。それについてはリコに任せることにし、俺は二日後に迫った宴会の準備に忙殺されることになった。
その間、帝都の陛下の所にも報告に行くと、今度は陛下が宴会に興味を示した。
「余も、行ってみたいの」
「なりません!そのような場所に陛下が行かれるなど!」
当然、宰相閣下は反対する。俺も、同意見だ。
「なに、身分を偽ればいいのだ。まさかヒーデータの皇帝がそこにいるとは思うまい」
「しかし、陛下の御身に万一のことがあってはなりません!」
「宰相、これも民の様子を見るよい機会ではないのか?よし、わかった。なら宰相、そなたも付いてまいれ」
「何故私が!」
「余が心配なのであろう?宰相が付いて来て余を見張れば、問題あるまい!」
「へ・・・陛下・・・」
こうして、ヒーデータのとある商人であるヒート旦那と、その番頭グレモントとして、やんごとなき身分のお方の参加が決まってしまった。
そして当日、集まったのは2000人を超える人々だった。広い、芝生に囲まれた美しい迎賓館の庭で、抜けるような秋晴れの下、俺は何故か乾杯の発声を任されるはめになった。
「え~あ~その~。皆さんお疲れ様でした。これからもよろしくお願いします。今日集まったみなさんは・・・」
「大将!長い!早くしてくんねぇ!」
どこからか罵声が飛んでくる。俺は目を泳がせながら
「か、乾杯~~~~~~!!!」
こうして、歴史に残る宴会は幕を開けた。檀上から見ると、集まった人々の顔がよく見える。どこでどう噂を聞き付けたのか、サイリュースの族長のヴィヴアルの姿が見える。その隣にさりげなく移動して挨拶をしているのは、ラファイエンスだ。早速ペーリスの料理を食べに行っているのは、帰国したはずのニザ公国宰相のユーリーだ。そして何故か鹿神さまがいる。ローニもいる。陛下は実に楽しそうにしている・・・。
そんなことを考えていると、下からゲンさんらの罵声が飛んでくる。早く一緒に酒を飲もうというのだ。そして俺はこの日、意識がなくなるまで飲み続けた。
泥酔状態になる直前、ベロベロになりながら俺は、新しい妻たちを壇上に連れて行った。戸惑う彼女らの腕を取り、問答無用に連れて行く。あとから聞くとそれは、連行に近い形だったそうだ。そして俺は、集まった人々に向かって口を開く。
「みなはん、こつらが、あたらひくむかへました妻たちでふ。今後とも、どうぞ、よろひくおねがひ、しまふ」
しばらくして、会場から割れんばかりの拍手が起こった。この日のことは、そこまでは覚えているのだが、あとはどこからが夢で、どこからが現実だったのか、覚えていない。