第百四十五話 そして、大騒ぎになる
リコのお腹に子供がいる。正真正銘、俺とリコの子供だ。あの日の後、ポーセハイのローニに再度診察してもらい、リコの出産予定日が年明けの1月末ごろと診断された。
で、今のリコはというと・・・。まだベッドから出ずに安静にしている。
「・・・リノス、もう大丈夫ですわ」
「大丈夫なわけないだろう!リコの子供が流れでもしたらどうするんだ!安静に、安静にしてるんだ!」
「ローニも言っていましたけど、懐妊は病気ではありませんわ。それに動かないと、その・・・」
「その、何だ?」
「・・・また、お腹が痛くなりますわ」
「じゃあ、歩いてもいいけど、慎重に、慎重にな。決して転ぶんじゃないぞ!」
「わかっていますわ」
「なあリコ」
「何です?」
「お腹の子は、男の子か?女の子か?」
「そんなこと・・・。まだわかりませんわ!」
リコにとって俺は、かなりウザイ存在になっているようだ。とはいえ、この世界でリコの年齢は、かなりの高齢出産になる。ということは、色々なリスクも高いということになる。ローニも、普通の生活をする分には構わないが、無理はしないようにと言われている。その兼ね合いが難しい所だ。
ただ、リコの妊娠が分かってからは、今までが嘘であったかのように、家の中は明るくなった。何より、リコが嬉しそうだ。イヤ、本当に、悪い後は良いというが、本当だと実感する。
リコの妊娠を発表した数日後から、各方面から祝いの使者がアガルタに訪れるようになった。本来は、リコが安定期に入ってから発表するべきだったのだが、あまりの嬉しさに我を忘れてしまい、即座に発表してしまった。これは大いに反省している。
おひいさまとサンディーユには、すぐさま報告に行った。二人とも大笑いで、大事にはならずに済んだ。もっとも、二人が好きなお土産をどっさり持っていったので、ご機嫌は頗るよかったのだが。
リコも妊娠の兆候らしきものはあったらしいが、まさかこのタイミングで子供ができるとは思いもよらなかったらしい。彼女は意外にデリケートであり、環境が大きく変わると、俺たちのわからない部分で色々と変化はあったそうだ。今回も、アガルタに職場が変わったために妊娠とは思わなかったのだそうだ。
今の俺の一番の仕事は、祝いの挨拶を述べに来るアガルタの領主とヒーデータの貴族たちの引見である。その中には、サイリュースの族長、ヴィヴァルもいた。
リコの懐妊の発表から二週間、ヴィヴァルは上機嫌で俺のもとにやってきた。さすがに里で着ているエロい衣装ではなく、人間の貴族たちが着用するドレスを身に付けていた。おそらくこの二週間で自分を磨き上げたのだろう。ドレスで露出はかなり抑えられているが、それでも、隠しても隠しきれぬ色気は、訪れる領主たちのド肝を抜いていた。
「この度は、誠におめでとうございます」
いつも以上に、よく透き通る声でヴィヴアルは挨拶をする。
「ありがとうございます。族長様も、わざわざのお越し、痛み入ります」
「いえいえ、このくらいのことは何でもありません。サイリュースの里も、耕作地が広がり、作物も実っています。リノス様には、感謝してもしきれません」
「いや、妻のメイがやったことです。礼ならメイに言ってやってください」
「またご謙遜を。妻、といえば、この度は、娘のソレイユの輿入れのお話をいただき、我ら一族は歓喜に堪えません。いつでも、ソレイユは輿入れさせますわ」
ヴィヴァルは大張り切りである。俺はちょっと苦笑いをしながら、
「ええ、それはまた、改めてお話させていただきたいと思います。今は妻のリコレットが・・・」
「そうですわね。これは私としたことが。リコレット様はまだご懐妊されたばかり。お腹のお子様が落ち着かれるまで、まだしばらくはかかりますわね。そういえば、ニザ公国の王女様もお輿入れなさるとか・・・。そちらとの兼ね合いもありましょうから、その話はまた、時機を見て致しましょう。ホホホホホ」
ヴィヴァルの顔は笑っているが、目は笑っていない。そんなドワーフの女なんかに、私の娘は負けないわよ!と目が物語っている。俺は苦笑いを返すのがやっとだった。
そして、ヴィヴァルと示し合わせたかのように、ニザ公国の宰相、ユーリーがやってきた。そしてその隣には、白髪のナイス・ガイが控えていた。さすがにこれには俺も、椅子から転げ落ちそうなくらいに驚いた。
「ご無沙汰をいたしております。この度は誠におめでたく・・・」
「い、いや、ユーリー宰相。な・・・何で、何で、鹿神様がおられるのですか?」
「いや、孫娘がリノス殿と誼を通じると聞いて、嬉しさのあまり来てしまったのだ。リノス殿、この度のコンシディーの輿入れの話、ありがたく思うぞ!」
「い・・・いえ、そんな・・・」
「ドワーフ王も大喜びでして・・・。王はすぐにでも輿入れさせよと仰せだったのですが、それはさすがにと、お止め申したのです」
「さすがはユーリー宰相。ありがとうございます」
「何せ王女は行儀作法がまだ完ぺきではありません。聞けば・・・サイリュースとやらの、大変美しい精霊使いも娶られるとのこと。このままではコンシディー様の肩身が狭くなりますから、せめて、行儀作法だけでもきちんと身に付けてお輿入れさせたく、今はその猛特訓中です」
「そ、そうですか。それは、それは・・・」
「リコレット様もご懐妊されたばかり。落ち着かれるまでまだまだ時間がかかりましょう。お輿入れの時期はまた、改めてご相談いたしましょうか。それまで王女様はみっちり、私が仕込んでおきます!」
鹿神様は苦笑いしている。俺も苦笑いを浮かべるしかなかった。
「そ、そうですね。くれぐれも、無理はしないでくださいね」
ユーリーは任せておけとばかりに、大いに胸を張っていた。
二人が俺の部屋から退出すると、入れ替わりにルアラが入ってきた。
「師匠、これで今日の面会は終了です」
「ああ~やっと終わったか。サイリュースとドワーフが続けてくるとは思わなかったな。あの二人、何か打ち合わせでもしているのかね?」
「そりゃ、情報収集には余念がないと思います。おそらく、ニザの使者が出発したと聞いてヴィヴァル様は、使者が到着するこの日に合わせて来たのだと思います」
「なんでそんなことを・・・」
「相手を見極めるためだと思います。使者の人となり、身に付けている物、礼儀作法・・・。それだけでも、その国の在り様が分かりますから」
「ルアラ、お前もリコみたいなことを言うようになったな」
「どういう意味ですか?」
「いや、褒めてるんだよ。お前も成長したなってさ。ところで、ニザの二人は、これからどうするんだ?まさかこれからトンボ帰りってことはないだろう」
「そうですね。ちょっと聞いてきます」
「もし、都に泊まるつもりなら、ホテルクルムファルを使え。ポーセハイの転移術だとか何とか言って転移すればいい」
「畏まりました」
結局、ユーリー宰相と鹿神様は、ホテルクルムファルに滞在することを選んだ。そして、そこのサービスと景色に大満足し、料理に舌鼓を打ち、予定の日程を超えて逗留して、伸び伸びと羽を伸ばして帰国の途についた。
その夜、俺は寝室でリコに今日あったことを話した。
「さすがはサイリュースですわね」
「ルアラもおんなじことを言っていたよ」
「マトカルはどうしていますか?」
「うーん。マトカルは妙によそよそしくなってな・・・」
普段もあまり喋ってこないマトカルだったが、リコの書簡を受け取って以来、意識的に俺を避けるようになっていた。俺としては気にしていないが、何ともやりにくいのだ。
「無理もありませんわ。青天の霹靂だったでしょうから」
「リコはなぜ、マトカルを?」
「何となく、ですわ」
「何となく?」
「ええ。マトカルと話をした時に、リノスと初めて二人っきりで話した時に感じたような気分になりましたの。もしかしたら、リノスにとっても、私にとっても、良い存在になるのでは・・・と思ったのですわ」
「ふーん。ルアラとかペーリスとかではないんだ?」
「リノスが嫌でしょう?ルアラたちも嫌でしょうし、私も、それは嫌ですわ」
「まあね」
俺はリコの手を握る。
「リコ・・・。輿入れの話、断ってもいいんだぞ?」
リコは目を丸くして、俺の手を握り返す。
「そんなことできませんわ!こちらから話を持って行ったのです。今それを反故にすれば、アガルタ国は一気に信用を失いますわ!」
「でも・・・リコは大丈夫なのか?」
「私は・・・大丈夫ですわ。覚悟はできていますの。ですから、リノスは新しい妻たちと、どんどん・・・誼を・・・深めて・・・グスン、行って、いただければ・・・グスン、エグッ・・・うううううう・・・」
大粒の涙を流しながら、リコは俺に抱き着いてきた。俺は優しくリコの背中を撫でながら、
「大丈夫だリコ。妻が増えようと、俺の一番大好きな妻はリコだ。子供が生まれても、一緒に寝てくれな?」
「リノスぅぅぅぅ・・・」
俺はリコをギュッと抱きしめた。