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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第六章 アガルタ国編
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第百三十七話 大身槍の田楽刺し

漆黒の闇の中、降り続く雨の音が聞こえている。ラマロン皇国の国境に通じる森の入り口付近には、ラマロン軍5000が陣取っている。その軍司令官のネーヴェは、二人の魔術師を伴って森とは逆の、彼方まで広がる草原を睨みつけている。


「どうだ、なにかいるか?」


「・・・弱い反応はありますが・・・あれは狐か何かの生き物ですね。軍勢はいないようです」


ネーヴェは約一時間前に、斥候に放った部下からアガルタ軍が出撃しているという報告を受けていた。奴らは、馬で駆ければ自分たち先発隊と後続の本陣に数時間で到着する位置に陣を張っているという。


「寡兵とは言え、夜襲をかけてくるかもしれん。気配探知を怠るな」


魔術師にそう言ってネーヴェは、伝令に、本陣にも同じように報告するよう命じた。


その後、ラマロンの兵士たちの大半は、降りしきる雨の音に加えて、アガルタ軍の夜襲と森に棲む魔物の襲撃を警戒するあまり、一睡もすることなく朝を迎えた。


「すでに夜明けだ!皆の者、森の中に移動するぞ!」


予定よりかなり早い時間であったが、ネーヴェは先発隊を森の中に移動させることにした。彼をはじめとした、ラマロン軍兵士たちの頭の中には、森の中で雨露をしのぎたいと言う思いと同時に、やはりまだ、大魔王に対する不安があった。森の中であれば自分たちの姿を大魔王から隠せる。普通に考えれば他愛のない、子供だましのような思考だが、彼らにしてみれば、少しでも安全な場所に行きたいという思いが、その場を支配していたのだった。




「うん?もう森の中に軍を進めたのか、早ぇな」


マップに動きがあったのは、ちょうど朝めしを食おうとしていた時だった。ちなみに本日の朝食は、焼きおにぎり、モヤシと豚肉の蒸し焼き、卵焼きと言ったメニューだ。俺は片手に持った焼きおにぎりを口に放り込み、パリパリに焼けた米と焦げた醤油の味を楽しみながら、兵士たちに声をかける。


「よーし、ちょっと早いけど、出陣するか!メシを食い終えた奴から準備してくれ!」


「ふぁーああ、こういう感じなら、野営も悪くないなぁ」


「ああ、こんなに快適な野営は初めてだ」


兵士たちは、俺の結界の中で十分な睡眠を取ったため、随分と調子がよさそうだ。そして手際よく野営地を引き払い、俺たちは移動を開始した。




朝方まで降り続いた雨は、日が昇るころには止みだし、その後は太陽が顔をのぞかせた。ようやく訪れた好天も、アガルタ派遣軍総司令官のジゼウは苛立ちを隠さない。


前日は予定していた行程の半分しか移動できなかった。本来であれば、先発隊のすぐ近くまで軍を進めるつもりでいたのだ。しかし降りしきる雨とぬかるんだ道は、食料を満載した荷車の移動を困難にした。さらに間の悪いことに、先行部隊の騎兵たちが移動したおかげで地面が掘り返されてしまい、ジゼウたちは泥の中を移動するハメになったのだった。


先発隊も隊列を組んで移動すればよかったのだが、野営地に急ぐあまり、それぞれがバラバラになって移動してしまったため、広範囲に地面が荒れてしまっていた。従って、その部分を避けて移動すると、かなりの距離を取ることになる。ジゼウたちは迂回するより、泥の中を移動することを選んだ。その結果、泥と雨が、彼らの進軍をさらに困難なものにしていたのだった。


降りしきる雨の中、眠れぬ夜を過ごし、疲れた体を休めるいとまもなく、兵士たちはこの日も苛酷な移動を強いられていた。好天とはいえ雨でぬかるんだ道はそのままであり、荷車を引く馬も、それを後ろから押す兵士も、足を取られながらの進軍であった。


「もう少し何とかならんのか!」


ジゼウは周囲の部下に当たり散らしている。


「おい結界師!貴様、地面に結界を張って荷車が通れるように出来んのか?・・・チッ、役立たずめ!このままでは間に合わん。国境にヒーデータの援軍が着いてしまうぞ!」


「総司令官殿、森に入れば多少、移動は楽になります。それまでの辛抱です」


「くそっ、アガルタの土地はどうなっているんだ!こんな話、聞いとらんぞ!」


ジゼウはブツブツと不満を漏らしながらゆっくりと歩を進める。しかし、考えてみれば自分には輝かしい未来が待っていることを思い出した。この食料を皇国に届ければ、自分は国を救った英雄である。皇太后陛下は何と仰るだろうか。「ジゼウ、大儀じゃ。今後はそなたがラマロン皇国総司令官として指揮を執るがよい」・・・そんなお言葉をいただけるのではないか。そうなれば、ラマロン軍十数万を自分の号令一下、好きに動かすことができる。それだけではない。金、女、名誉・・・すべての物が思い通りになる・・・。そんなことを都合良く考えていると、突然部下が声を上げる。


「総司令官殿、あれをご覧ください!」


見ると正面の丘を下った場所に、アガルタ軍と思しき部隊が草原に展開している。敵は三隊に分かれており、そのうちの中央の一隊が突出しており、両翼の二軍が遥か後ろからゆっくりと追いかけているように見えた。この光景を見て、ジゼウは思わず失笑を漏らした。


「ニィッヒッヒッヒッヒ!なんだあれは。まるでまとまっておらんじゃないか。正面と両翼の部隊があんなに距離があいていては連携も何もあったものではなかろう。察するところ、全軍がまとまる前に中央の部隊が先行しすぎて、あとの部隊が付いてこられなかったのだろうな。しかも・・・中央の部隊はずいぶんと小規模だな。あれではすぐに撃破されてしまうな」


ジゼウは周りの兵士に向かって声を上げる。


「おいお前ら、誰かヤツらの所に行って戦いのやり方を教えてやれ!あれじゃ戦いにならんとな!ヒッヒッヒッヒッヒ!」


ジゼウのバカ笑いに、周囲もつられて笑い声が起こる。


「あいつらに、戦いのやり方を教えてやるか。騎兵部隊、各個撃破せよ!まずは、あの正面の部隊にかかれ!一人も生かして帰すな!」


ラマロン軍が隊列を整えながら、アガルタ軍に向けて突撃を開始した。




その光景を、正面に展開した部隊を率いるラファイエンスは、冷静に見ていた。


「よーし来たぞ。我らの大身槍おおみやりで奴らの田楽刺しを拵えてやる。我らの手料理、奴らにとくと振る舞ってやれ!」


オウ!と兵士たちは老将軍の言葉に応える。彼らの顔には笑みが浮かんでいた。


殺到するラマロン軍を前に、ラファイエンスの部隊はクルリと踵を返し、ものすごい勢いで後退していく。


「ヒヒヒヒヒ!何だあれは!逃げ出しおった!話にならんじゃないか!」


馬上でジゼウは笑い転げている。そしてラファイエンスの部隊は、ラマロン軍と一定の距離を取りながら、広く距離を取っている両翼の部隊の間を通過していく。ジゼウの地点からは、アガルタ軍がちょうどコの字形になったように見えた。そこに吸い寄せられるように、ラマロン軍騎兵部隊4000が追いかけていく。


老将軍の部隊が停止した。その瞬間、今まで逃げていた部隊が突然踵を返し、ラマロン軍に襲いかかった。それと同時に、両翼の部隊も攻撃を仕掛ける。一糸乱れぬ、見事な連携だった。


「総司令官殿!我が軍が敵に囲まれています。援軍を!」


「なっ!バ、バカな!!」


ジゼウは目を見開いたまま固まってしまっている。信じられないことであった。勇猛果敢で鳴る皇国軍が、自軍の半分の兵力しか持たないアガルタ軍に囲まれて殲滅されているのだ。三方を囲まれ、浮足立った皇国軍は、驚くほど軽快な動きを見せるアガルタ軍兵士たちの槍に貫かれ、なす術もなく命を落としている。


「司令官殿!援軍を!」


「何だ・・・一体どうなっているんだ・・・何が起こっている・・・」


部下の絶叫にも似た声も、ジゼウの耳には届かなかった。彼は、常識ではありえない、悪夢のような現状を受け入れられないでいた。


「おいお前!」


ジゼウに進言していた騎士が、隣の騎士の胸倉を掴む。


「な、何だ?」


「総司令官殿は今、頷かれたな?」


「何?」


「私の援軍の具申に、総司令官殿は確かに頷かれたな!」


「・・・あ、ああ」


「国に帰ったら、確かに頷かれたと、証言してくれよ!・・・援軍に向かうぞ!続け!」


1人の騎士に率いられたラマロン軍が、丘を降りていった。荷台を守る兵士も出撃してしまい、ジゼウの周囲には数人の騎士と結界師、そして、徴収した年貢を満載した夥しい数の荷車が残るのみとなった。


「こ・・・この儂に敗北はない。敗北など、しない。敗北など・・・」


軽いめまいを覚えながら、ジゼウは目を見開いたまま、その場に呆然と立ち尽くすのであった。

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